ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

自衛隊機乗り逃げ事件(1973年6月23日)


1973年(昭和48年)6月23日夜。宇都宮飛行場がある陸上自衛隊北宇都宮駐屯地(栃木県宇都宮市)の滑走路からLM-1連絡機が突如飛び立った。管制塔はすでに閉められており、もちろん命令によるものではなかった。急ぎ調査が行われた結果、航空学校宇都宮分校(現宇都宮校)所属の20歳の3等陸曹が行方不明になっていることが確認された。3等陸曹は、当時飲酒をしていたという。格納庫は緊急事態に備え、閂がかかっているのみで施錠はされていなかった。また、3等陸曹には整備士であり、操縦の経験はなかったという。

 飛行機は南に向けて飛び立ったことが目撃証言から明らかになったが、超低空飛行で移動したらしくレーダーでは補足されなかった。また、無線の使い方がわからなかったのか意図的だったのか、呼びかけにも応じなかった。操縦訓練を受けたことのない整備士が、飲酒して、単独での夜間飛行という最悪な状況だったが、幸いも市街地に墜落という報告が入ってくることのないまま、同機に搭載されていた5時間20分相当(約1300km分)の燃料が尽きた。

 1ヶ月にわたり捜索が行われたが機体は発見されず、2016年1月現在に至っても発見されていない。そのため、海上に墜落したと考えられている。8月1日付で行方も生死も不明のまま、3等陸曹は懲戒免職とされている。防衛庁・陸上自衛隊は「酔った勢いで突如航空機を操縦してみたいという衝動に駆られ、乗り逃げした」と断定し、7名の関係者に航空機の管理責任を問い、処分を科している。

 不可解な事件であり、3等陸曹の突発的な犯行とする結論に疑問の声もある。格納庫の門は簡単に開くものではなく、何の準備もなく行えた犯行であっただろうかという声である。積みこまれていた燃料の量なら、何とか北朝鮮までの飛行も可能である。

自衛隊事件簿