ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

ゴジラ対ヘドラ(1971年)

DATE

1971年劇場公開

製作:田中友幸  監督:坂野義光  脚本:馬淵薫  坂野義光  音楽:真鍋理一郎  特殊技術:中野昭慶

キャスト  矢野徹:山内明  矢野敏江:木村俊恵  矢野研:川瀬裕之  毛内行夫:柴本俊夫  富士宮ミキ:麻里圭子

内容にはネタばれを含んでいます。  解説・感想  ストーリー  映画の中の自衛隊

【解説・感想】

 1971年4月に公開されたゴジラシリーズ第11作。当時、日本で深刻な被害をもたらしていた公害問題をテーマに据え、恐怖映画としての原点回帰を目指した意欲作。当時、ヘドロによる汚染が問題となっていた田子の浦港(静岡県富士市)の海から生まれた怪物ヘドラが、核実験の申し子でもあるゴジラと対峙する。当時の若者文化や芸術文化が色濃く盛り込まれ、時折挿入される不気味なアニメーション、独特な雰囲気を醸し出すテーマソングに音楽と、ゴジラシリーズの中でも特異な印象を受ける作品となっている。本作はゴジラシリーズにおいて、本格的にゴジラが人間の味方として戦った映画であるが、ラストの人間たちを睨み据えるゴジラの表情など、決して人間の味方・敵という二元論に留まらない怪獣映画となっている。

 1970年に東宝映画の特撮を支えてきた円谷英二氏が亡くなられた。邦画自体が斜陽となる中、東宝の特撮も主要スタッフの移動や退社によって特撮部門は壊滅状態にあった。東宝は生き残りをかけて組織の再編に取り組むとともに、『東宝チャンピオン祭り』や1971年のTBS系で放送されたテレビドラマ『帰ってきたウルトラマン』などを通じて新たなファン層の開拓に力を入れた。その努力が実り1971年ごろから第2次特撮ブームが始まった。『ゴジラ対ヘドラ』はそんな時代に作られた作品であり、これまでのゴジラとは一線を画した作品になっている。残虐さを感じてしまうシーンも多く、その独特の雰囲気に対して、ゴジラシリーズの中でも異質なカルト的人気を誇る作品である。

 作品は低迷する邦画の影響によって低予算での撮影を余儀なくされた。製作期間も5週間ほどの過密スケジュールの中での撮影であったという。その制約の中のため、登場人物が非常に少なく(群衆が逃げ惑うシーンなどがない)ため、スケール感という点では弱い作品になっている。しかし、特に映像面に力を入れた作品となっている。『ゴジラ対ヘドラ』で特に物議をかもしたのが、ゴジラが空を飛ぶあのシーンである。テレビ時代のスピード感という意味合いで賛否両論あったという。プロデューサーの田中氏は反対していたが、田中氏が入院しているどさくさに坂野監督が東宝の重役らに許可を取り付け、田中氏が退院した時には撮影は終了し編集不可能な状況になっていて、田中氏は大激怒したという。

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【ストーリー】

   海洋生物学者の矢野のところに、地元の漁師から駿河湾で採れたオタマジャクシ状の謎の生物が持ち込まれた。それと時期を同じくして駿河湾付近で謎の怪物によるタンカー事故が相次ぐ。矢野は、息子の研と一緒に現地に調査に向かう。そこで、研は巨大なオタマジャクシに襲われ、矢野は海中で謎の怪物に重傷を負わされた。研は、その怪物をヘドロの怪物ということでヘドラと名付けた。

 研は、好きなゴジラが「この海を見たら怒るだろうな」と漠然と考えていた。ある夜、工場の排煙を求めてヘドラが上陸してくる。ヘドラの有害物質にまみれた汚泥は人をあっという間に殺してしまう。そのヘドラの前にゴジラが出現。戦いを繰り広げ、ヘドラは海中に消えていった。

 矢野は、ヘドラの残骸からヘドラは宇宙から隕石に付着してやってきた鉱物生命だということを突き止める。オタマジャクシ状の生命体は、互いに合体し、巨大化していくという特性も確認された。それから間をおかずして、富士市に飛行形態へと変貌したヘドラが出現。ヘドラは富士市西南部を壊滅状態に追いやり、富士山に向かう。汚染物質であるヘドロを取りこみながら巨大化していく怪物を倒すために必要なのは乾燥であるという結論に達した矢野は、電極板の実験により有効性を確認し、自衛隊に助言する。

 富士山の裾野では、研の叔父にあたる行夫や、ダンサーのミキたち若者が100人ほど集まって公害反対の声を上げていた。そこにさらに巨大化したヘドラが出現する。それを追ってゴジラも。行夫を含めた若者たちの多くはヘドラの硫酸ミストにやられて、命を落とした。ヘドラの前に追い詰められていくゴジラ。そこへ、矢野の進言を受けて巨大電極板を完成させた自衛隊が攻撃を開始する。しかし、自衛隊の連携不足やゴジラとヘドラの戦いによって電線が切れたこともあり、電極板攻撃は不発に終わる……かに思えた。ゴジラの放射能熱線によって電極板は動作しヘドラに大ダメージを与える。しかし、ヘドラの中枢はまだ生き残っており、逃走を図った。しかし、飛び去ったヘドラを追って、ゴジラもまた空を飛んだ。  

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【映画の中の自衛隊】

 昭和ゴジラシリーズは全て自衛隊の名称は使われず防衛隊もしくは防衛軍の名称が使われていると思いこんでいたが、この『ゴジラ対ヘドラ』では普通に自衛隊と呼称されている(予備軍という台詞もでてくるが)。低予算映画というだけあって、あまり自衛隊は出てこない。今作では自衛隊は対ヘドラ相手に酸素爆弾攻撃と巨大電極板攻撃が実行に移される。結局、酸素爆弾は全く効果はなく、地上部隊との連携が取れずに電極板攻撃の邪魔をしてしまう。推理小説のダメ刑事よろしく、ゴジラの引き立て役の役割をしっかり果たしている。

 酸素爆弾がどんな理屈で、公害怪獣に効果があると考えたのかよく分からないが、上空から投下するよりも地雷型にした方がまだ効果があったような気がする。対怪獣というシチュエーションで、何処かに敵(怪獣)を誘導して待ち構えた部隊で撃滅する、という手段はどこまで有効なのだろう。例えば砲撃の音で追いたてる、餌などでおびき寄せる。怪獣の生態がある程度分かっているのならば、それなりに有効な手段のように思える。いずれにせよ、航空支援もなくわざわざ鈍重な輸送ヘリに重い爆弾を取りつけて飛び道具を持っている怪獣の鼻先を飛び回らせるような行動は戦術とは言えない。無謀という。

 ちなみに、本作で酸素爆弾を輸送している輸送ヘリV-107(CH-46)は1960年の初飛行から500機強が製造された軍民両用の多用途の中型ヘリコプターである。日本では川崎重工が1965年から生産販売ライセンスを取得している。陸・海・空の各自衛隊で採用され、警視庁や民間でも採用され、広く利用された。1985年8月の日本航空123便墜落事故でも陸上自衛隊のV-107が出動しているため、現在でも資料映像などで見ることがある機体である。

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