ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

ゴジラ(1954年)

DATE

1954年劇場公開 配給:東宝

監督:本多猪四郎(本編)  円谷英二(特撮)   製作総指揮:小林一三   製作 田中友幸  脚本 村田武雄 本多猪四郎  音楽:伊福部昭

キャスト  尾形秀人:宝田明  山根恵美子:河内桃子  芹沢大助:平田昭彦  山根恭平博士:志村喬

観客動員数:961万人

内容にはネタばれを含んでいます。  解説・感想  ストーリー  映画の中の自衛隊

【解説・感想】

 1954年に公開された本作は、ゴジラ映画の第1作。ゴジラシリーズで「未だ第1作のゴジラを超えるものは存在しない」と評されるゴジラ映画史上最高傑作の一本である。アメリカでヒットした怪獣映画の古典の名作『原始怪獣現る』などにインスピレーションを得て、『戦争や核兵器の恐ろしさや愚かさ』をテーマに、当時、ビキニ環礁の核実験で被爆した第五福竜丸事件や発足したばかりの自衛隊(作中では防衛隊)という日本の再軍備など、普遍性を持たせたテーマと時事的な要素を取り込んだ映画となっている。単なる怪獣映画・パニック映画の域を超えた映画である。観客動員数961万人は当時としては異例の大ヒットで、アメリカでも再編集して公開された。

 その後のシリーズにおいて、ゴジラ映画は1954年版を起点にしなければならず、常に1954年版に縛られ続けた印象を受ける。戦後10年ほどしかたっておらず、戦争経験や復興の日々を知っている当時の観客に与えたインパクトは、いま、DVDで観ている自分の想像するよるよりはるかに上回っているだろう。ラストの芹沢博士の死もまた、自分の感覚からしてみればわざわざ死ぬことはないのに、という感じを受けるが、戦争が核兵器を生み出した現実を直視すれば、「人間を信用することはできない……自分自身も」という芹沢博士の思いも、戦争を知っているが故のような気がする。戦争を知っている人たちが作った映画という気がするし、だからこそこの完成度だったのではないだろうかと思う。

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【ストーリー】

 太平洋上で貨物船「栄光丸」が原因不明の沈没事故を起こした。さらに救助に向かった貨物船「備後丸」と大戸島の漁船も次々と消息を絶った。幸いにして救助された面々は口々に、怪獣に襲われたと証言する。それを聞いた島の老人は、それは大戸島に伝わる伝説の怪物『ゴジラ』ではないかというのだが。

そして、島が嵐に襲われた夜、島は怪物の襲撃を受ける。嵐のものとは全く違う破壊力に、島は家屋が破壊され、死者まで出た。古生物学者の山根恭平博士は調査団を結成、娘の恵美子や南海サルページ所長の尾形秀人らとともに大戸島に向かう。調査団の前に出現したのはあり得ないほど巨大な怪物だった。山根博士は、その怪物の身長を50メートルと推定。島に伝わる伝承からゴジラと命名し、太古の恐竜の生き残りが核実験により目覚めたのではないかという調査結果を国会に報告する。政府はゴジラ抹殺を決定し、大戸島西方沖の海上でフリゲート艦による爆雷攻撃を行う。それをテレビで見た山根博士は、貴重な生物を抹殺しようという政府の方針に心を痛める。

その頃、恵美子は元婚約者の芹沢大助博士のもとをおとずれ、秘密の研究成果を目撃する。それこそが、酸素破壊剤『オキシジェン・デストロイヤー』だった。芹沢は、絶対に他言しないようにと恵美子に念を押す。しかし、東京にゴジラが上陸し、防衛隊の抵抗むなしく二度にわたり街を破壊し、多くの犠牲者を出して東京湾へと消えていく。犠牲者たちの悲惨な有様を目の当たりにし、恵美子はとうとう尾形に『オキシジェン・デストロイヤー』の秘密を明かしてしまう。尾形は、芹沢に『オキシジェン・デストロイヤー』を使用するように迫るが、核以上の兵器となり得るオキシジェン・デストロイヤーの使用は絶対にできない、と拒否する。しかし、テレビで被災した人々の光景を観た芹沢はある決意とともに、オキシジェン・デストロイヤーの使用に応じることを決める。

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【映画の中の自衛隊】

 この映画『ゴジラ』では、自衛隊の呼称は使われず防衛隊と呼ばれている。第15作の『メカゴジラの逆襲』まで、ゴジラシリーズでは防衛隊、もしくは防衛軍の呼称が使われている。ただし、『ゴジラ』の制作にあたり、自衛隊、海上保安庁からも、シナリオの閲覧を条件に全面協力を受けているそうだ。

ゴジラ出現にあたり、当初はせいぜい機関銃で応戦するくらいしかできなかった防衛隊だったが、第二次上陸に備え、東京湾沿岸に5万ボルトの高圧電流を流すための鉄条網を突貫工事で張り巡らせるという大技に打って出る。いったいどこから来るかわからない敵とはいえずいぶん思い切った手を使うが、実際に効果はあり、一旦は撃退できるかに思えた。しかし、ゴジラはこれまで見せなかった火炎放射で鉄条網を破壊してしまう。まさしく、切り札は先に見せるな、である。

さて、対ゴジラの切り札の一つとして、オキシジェン・デストロイヤーに匹敵(?)する新兵器が、終盤登場するジェット戦闘機F−86セイバーである。日本の航空自衛隊の発足が映画『ゴジラ』が公開されたのとおなじ1954年。本格的に配備が始まったのが翌年の1955年からで、それから長きにわたって日本の空を守り続けた。第一世代のジェット戦闘機としては最も有名な機体だろう。もちろん、この後の50年代〜60年代にかけての東宝特撮映画でも、数多く登場している。動きのリアルさなどに関しては現代の特撮・CGを駆使した航空機の動きと比べるべくもないのは仕方がないが、防衛隊VSゴジラの一番の見せ場になるはずのこの場面、一向に盛り上がらない。ミサイルをぼこぼこ撃っている割に一向に当たらないし、長距離からの攻撃ができるのが航空戦力の利点でありながらゴジラの攻撃が当たるまで接近しているのは、一体何をやっているんだとちょっとイライラ。映画でも航空防衛隊(?)自体まだまだ発足したてで、プロペラ機の運用データしか持ち合わせていなかったに違いない。いや! おそらく、この時点で既に作戦は変更されており、パイロットに課せられていた任務はゴジラを海へと誘導する任務だったのではあるまいか。彼らは命がけでゴジラの鼻先を飛び回り、ただひたすらにゴジラの気を引くためだけに命を落としたのに違いない。机上の理論で兵士に無理難題を要求するのは、第二次世界大戦当時と何も変わっていないのだろうか。

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