2006・8・14

今年もまた、大山に行って来ました。去年は民宿に一泊したけれど、今年は日帰りです。
行きがけに奧大山の公園でお昼休憩をしました。

2006・8・12

しゃんしゃん祭り 
オープニングセレモニーを飾る、鳥取市の年長保育園児による傘踊りに、
稜真も参加してきました。
一ヶ月前から園で練習を重ねてきたようです。
踊りが大好きなのか、張り切って練習していて、
先生方にも「大人が踊るようだ」と、感心して貰えていたようです。
車の駐車場所を考えるのがおっくうだったので、先生の提案もあり、汽車で移動することにしました。
初めて汽車に乗るので、嬉しそうな稜真でした。

2006・5・4

倉吉の帰り道、車で聞いたラジオから、用瀬の川に鯉のぼりが泳いでいると聞いて、
明日のお出かけコースは用瀬にしよう!と決めたのでした。
今日は暑かった!
お目当ての泳ぐ鯉のぼりを見つけて、川通りをてくてく。
途中で境港から来たという、大きな一眼レフを抱えたおじいさんが、子供達をモデルに何枚か写真を撮っていました。
あんまり暑いので、涼しい所に行こうと智頭の芦津渓まで足を伸ばしました。
また今日も、沢山写真を撮ったのでご覧下さいませ。

2006・5・3

広島の姉の家に遊びに行く予定だったゴールデンウィーク。
先日から耀君が胃腸炎にかかり、ついでに私も貰ってしまったので、
大人しく鳥取で過ごす事になりました。
11月18日に、倉吉市白壁土蔵群の赤瓦1号店でみゆうwithフリマどんな?の演奏があるので、
下見を兼ねてお散歩に出掛けました。
白壁土蔵群は商店街が一丸となって一つの観光スペースを作り上げていました。
竹炭で作った剣山
(殺菌効果があるから花持ちが良いんですって。アイデア商品だから特許も取ってるらしい!!)、
醤油アイスクリーム、赤瓦というネーミングの店舗など、
住民が資金も敷地も提供して造ったんだろうなぁと、町おこしの気迫を充分感じました。
打吹公園にも足を伸ばしました。
名物の打吹公園だんごを食べたのは言うまでもありません。
耀君はうまいうまい!と、一気に4本たいらげました。
すごい良い天気、新緑の季節、写真を見て下さい。

2006・3・21

岡山県西粟倉村?の、愛の村パークに遊びに行きました。
ここ2ヶ月近く、休日に立て続けに仕事や用事が入って、
子供達をどこにも連れて行ってやれて無いし。
今日言った愛の村パークは、花が咲き乱れる頃にはとても良い場所でしょうね。
まだ花が一つも咲いてなくて、ちょっと淋しい感じはあったけど、
遊具もあって、温泉にも入れて、あたしは気に入りました。

 

 

 

2005・9・20


お盆に大山に行きました。民宿に一泊して大山ミルクの里、トムソーヤ牧場へ。
1日目、民宿の周りを散策しました。山の中の神社やお寺を巡って、森林浴。トレッキングと言うそうです。
そうそう、大山は涼しくてクーラー要らず。それに、驚いた事に蚊がいない。
観光客もお盆という事でなのか、それほど多くなく、快適に過ごせました。
夜には、ろうそくの火を灯した竹筒が道にならんで幻想的な雰囲気を作っていました。
のんびりと静かな時を過ごしたい人には、大山の夏、特にお盆はおすすめです。

 


 


 

          

 

 

 

 

 

  

 


2005・5・3


岩井温泉簡保の宿にてオカリーナの依頼演奏。いつもの音響機材にプラスされた、最近買った電子ピアノを運び込んだ。
今日は私のピアノで、オカリーナの伴奏をしたのだ!
午前と午後の2ステージ。午前の演奏は大失敗してしまったが、午後からの演奏はなんとか演奏が出来た。
「明日」を弾き語りの予定だったが、午前の様子で今日は無理だと判断して、急遽ギターでみゆうさんに伴奏して貰い、
最後のアンコールで歌わせて貰った。
初めての、仕事でのピアノ演奏。ピアノが弾ける様になろうと、伴奏が出来る様になりたいと、その為に去年から習い直しているから、
今日、また一つ自分の努力で夢が叶った事が、とても嬉しかった。演奏が全て終わって、片づけをしていると、じわっと涙がにじんできた。
ステージが終わった安堵感と、夢が叶った嬉しさと・・・。
これからピアノを弾いて、歌も歌って、演奏のお仕事を沢山やっていきたいと思う。
音楽を仕事にする。これはこれからのあたしの夢。
ピアノの先生は精一杯応援すると言ってくれる。みゆうさんはこんなピアノの腕でも演奏させてくれる。
嬉しくて、他には何も考えられなくて、ただ、続けていきたい、頑張りたいと強く思う。
ステージが終わるたびに、私に音楽をさせてくれる周りの大切な人たちに、感謝の気持ちでいっぱいになる。
本当にやりたい事が出来ている時、充実している時、人って素直に感謝できるんだなと。それが幸せなんだなと。

2005・1・4


もう年が明けて新年になってしまった。
12月、沢山のステージ、岩美音楽祭やら、オカリーナのコンサートやら大きな仕事、
あっという間に過ぎていった。
フィガロの結婚を観たのなんて、一年も昔のことの様・・・。
広島でクリスマスを過ごし、お正月は松江、美保関で過ごした。
フォーゲルパークとみずのしげるロード。写真を沢山撮りました。

フォーゲルパークにて バアちゃんと稜真

目玉おやじと・・・

ネズミ男の前で・・・

初日の出

フォーゲルパーク 南国の鳥

2004・11・24


フィガロの結婚。生まれてこの方初めてオペラという物を鑑賞した。
私のボーカルの先生は、「フィガロは吉本新喜劇と同じだと思えばいい。」と言っていたっけ。
本当にそんな感じで楽しかった。
ストーリーなんか全く知らず、調べもしないで無知のまま体当たりで観に行ったが、
それでも存分に楽しむことが出来た。
クラシックはよく解らないとずっと思ってきたが、今日のオーケストラの演奏には感動した。
出番のないパートは腕組みをして首をうなだれて休んでいたりするのだが、余裕のある演奏で、
本物とはこういう物なのかと思える説得力があった。
演じている歌手の歌声も、演技も、何度も練習して、何度も上演しているのだろうなと。
余裕も、オーケストラとのあうんの呼吸も、演技の表情も全てが様になっている。
すごいの一言。
目に映る物、耳に入る物全てが心地よくて、あたしの気分はまるで一目惚れでもしたかのような、
ホヤ〜っとした気分だった。
やっぱり本物は良い。チケットは飛び上がるほど高かったが、今度オペラが来たら必ず観に行こう。
人の声ってすごいんだなぁ。・・・・・ボーカルのレッスン、大事に受けよう。
オペラを観に行ってよかった・・・。

2004・11・23


久々に、何もない休日。とても良い天気だったので、子供達を連れて実家近くの海岸に遊びに出掛けた。
最近買ったばかりのデジカメを持って行った。私は全く興味がないのだが、
ヨン様が今宣伝で手にしているサイバーショット、
色は同じくワインレッド。デジカメって、意外と簡単なのね〜。
ホームページ更新が進んでいなかったり、自分の子供の写真が保育園任せになっているのが
ずっと気になっていたので、
思い切って買ってみたのでした。ピントもクリアに調整してくれる。
気軽に撮れるのが良い。子供はじっとしてくれない。
これで子供のページの更新が出来るぞぉ。

海の写真そらの写真


2004.11.17


パソコンレッスンでみゆうさんのアシスタントをしていて出会った方からのメッセージです。

「あの時の出会いがなければ、話をしていなければ違った生様をしているかも知れない。
今、出会いの不思議さをしみじみとかみしめています。
自分を含めてまわりのすべての人々と何らかの縁があるのでは?
なんて考えると「出会い」に対してなんかしら運命的な感動をおぼえます。おおげさかな? 匿名希望」

で、あたしの返事。

「出会い、不思議ですよね。大きな出会い、今までも何度かあります。
生き様を変えるような出会い。つい最近も起こったばかりですね。
何の為に出会ったのか。
誰を親として生まれてくるかも、全て決まっているんだそうです。
誰と出会って、どう生きていくのかも。
何を学ぶ為に今があるのか。
そういう事を考えますね。
今自分に何が吸収できるのか。
精一杯歩きたいと、そう思います。そうやって前を見て歩いていける元気があるって、
幸せですよね。」

で、その返事。

「そんな難しいことはわかりませんが、あなたと出会えて良かった、あなたと友達になれて嬉しい。
ただそれだけのことです。」

えへ。ムッチャ嬉しい(*^_^*)出会えて良かったって、すごく嬉しい。

最近、色んな事の疲れからか、寝ても寝ても足りないし、ボーッとしてます。良い天気なのに・・・。
ちょっと元気不足だなぁ。ラーメン食べたい・・・。

2004・10・19


うちの空き部屋のエフセブン鳥取教室、今日、思いもかけない再開をした。
Yさん。高校の同期生。紹介されて偶然ここにやってきた。
相も変わらずバイタリティーにあふれて、おもしろい。

暫くこのページを更新していなかったけれど、彼女が読むというので更新しよう・・・(^^;)。

更新していない間、沢山のステージをこなし、仕事も入り、ばたばたした日々でした。

そして、台風23号。玄関先にある、3本の木の一本が風で倒れてしまった。
ロープで隣の木にくくりつけてみたけれど・・・。
バアちゃんに電話して、来て貰った。
バアちゃんの手にはのこぎりが一本。
「あの木はもう元には戻らないから、切ってしまおう!」
細い木だったので、あっという間にばっさりと切られてしまった。
バアちゃんもあたしもずぶ濡れネズミ。
残りの2本も近々切られる事になった。
今の場所では土が少なくて、狭いから、根が張らずひょろっと上に伸びるだけなので。
うちのトレードマークだった植木だけれど、背が低くなったらクリスマスの飾り付けもしやすくなるでしょう。

2004・8・27


今日は何も予定が無い日だった。天気も良くて、空が高くて、雲ものんびり・・・・。
夏の終わり、秋の始まり。みゆうさんのお誘いで、エスカルゴのランチを食べに。
店について、車から降りると、まず目に入ったのが、銭湯ののれん。「ゆ」と大きく書かれた・・・。
ログハウスの造りに何ともそぐわないその、青くて大きな2枚ののれん。
店の脇に小さな掘っ立て小屋が、離れのように建っていた。
素朴な味の美味しいランチを食べた後、みゆうさんに呼ばれてついて行った先はあの、のれんの小屋。
エスねぇさんの案内でのれんをくぐると・・・。本当にお風呂があった!
友人達が泊まらせてくれと頼むから、造ってしまったらしい。
まるで、温泉にある、家族風呂のような立派なお風呂だった。
ちょっと休めるござをひいた板間があって、そして、木製の手作り風のテラス。
そこの居心地の良さと、眺めの良さと言ったら・・・。聞けばエスカルゴのVIP席らしく・・・。
コーヒーを運んでくれたので、川の音と、風と、山の緑と岩肌と、空と雲を眺めながら、
言葉もなく、ただただポカ〜ンと口を開けてたたずんでおりました。
オカリーナ、演奏曲目は「風」。贅沢な時間。
今月はステージが沢山、とても忙しい毎日で。歌の世界がぐんと広がった月でもあった。
沢山の人との出会い。歌を歌って良かったと、しみじみ、しみじみ・・・・。

2004・7・30


鳥取城北高前の堀内歯科を入った所のサロン・ムッシューにて。
またまたみゆうさんのステージで蘇州夜曲を一曲歌わせて貰った。
当たり前の事だが、場所が違うと緊張感も違ってくる。
そこは、オーナーの音楽に対する情熱というか、愛情というのか、
穏やかなのだけれど、どこか「好い加減な演奏は出来ないな・・・。」と思わせるような、
重圧感も感じられて、ものすごく緊張した。

みゆうさんの前のバンドは、ラバーソウル。
アコースティックギターと、ボーカルのデュオ。
夫婦かなぁ、恋人かなぁ・・・。
とにかく名コンビだった。
「シャバダバ」という曲があたしのお気に入り。「恋地蔵」も良かった。
何がいいかって、面白いのだ。笑わせてくれる。
「昨日牛乳飲み過ぎた」とか、「シャバダバ〜♪」というかけ声が、私を笑いのどつぼだか、るつぼだかに陥れてくれる。
ライブでこんなに笑ったのは初めてでした。また共演できると良いなぁ。また聴きたい。
「あたし育ちが良いのです。きっちり片を付けましょう」、これは「恋地蔵」。
ドキリとするこのせりふ、ボーカルのお姉さんが書いたらしい。何でも浮気の歌だとか。ステキ・・・
ギターのお兄さんが作曲、ボーカルのお姉さんが作詞を担当しているらしい。
すごいなぁ、と思う。どうしてあんなに曲や詞が書けるのだろう。
コードや、リズムだとか、難しい事が、あたしには解らない。
楽器が出来る人って、すごいなぁと思うのだ。
あたしは歌しか歌えない。この日も「声だって、立派な楽器だ!」と言われたが、
私にとっては(きっと誰でもそうだと思うが。)、歌を歌う、音を取るというのは、
歩いたり走ったり、ボールを投げたり、頭で考えなくても出来る動作と一緒なのだ。
楽器は、まず、頭で考えないと使いこなせないと思う。
コードの音と、指の形とか、覚えないといけない。
すごいなぁ。コード進行や、リズムの問題も考えないと。
そこの所を考えると、歌しか歌えない、というせりふになってしまう。
あたしも楽器が弾きたいと、ピアノを習い直してはいるが・・・?

さて、本日の蘇州夜曲。一番緊張したが、一番想いが込められた。
声がうわずったり、ふるえたり、伸びや響きが悪かったり、
歌としては良い出来ではなかったと思う。セッションしていたオカリーナの音も耳に入っていなかった。
唯一、歌詞を間違えなかった、と言えるのが、この日の歌の出来だと思う。
だけど、聞きに来てくれたお客様が一人、あたしの歌に涙を流してくれた。感動したと、言ってくれた。
驚いたのは、あたし。思いも寄らない事だった。
あたしの歌で、人が涙するなんて・・・。そんな大それた事があたしに出来るなんて・・・。

自分の歌を、大事にしようと思った瞬間だった。

2004・6・25


鳥取県八頭郡若桜町の、カフェ・エスカルゴにて。
オカリーナ吹きのみゆうさんのアシスタントとしてライブに参加した。
歌を一曲、蘇州夜曲を歌わせて貰った。
最近、私は、スピーカーとミキサーと、マイクのPAセットを大枚はたいて購入したのだ。
音楽を、歌を、本気で生活の一部にする為に。
みゆうさんに使って貰った。
ログハウスの建物、音がよく響く。スピーカーを、マイクを使わなくても音は十分聞こえるのだけれど・・。
迫力が全然違ってくる。音が、響きが、耳を通さず、直接体に流れてくる様な、そんなステージになった。
もののけ姫、オカリーナの音と、久石 譲の旋律とぴったり合う。
ジムノ・ペディも良かった。
あたしになにか楽器が出来たらなぁ。一緒にセッション出来るくらいの腕があったなら・・・。
あたしは歌を歌う。歌しか、歌えない。
歌には言葉がある。でも、その言葉が邪魔に思える時もある。
楽器は素敵だ。物言わぬ、説得力があるからだ。
言葉がない、説得力が、そこにある。
聞く人も、その心をつかもうと心で聴くのだ。
だから私は英語の歌が大好き。自分で歌っていても、人が聴いても、直接言葉の意味が伝わらない。
どんな事を言っているのか解らないから、楽器になれる。
この人の、オカリーナの演奏を聴く度に、訳もなく切なくなっている自分に気づく。
心が開いてなかなか閉じない。
ステージの後でみた、蛍の光が、とてもきれいで、あたしは暗闇で、一人ぽつんと涙を流していました。

りょうまの写真。Sea Zoo での一時。あたしのお気に入りの写真です。


2004・5・6


ゴールデンウィークが終わった。広島の姉一家が家にやってきて、いっぱい遊んだ。
沢山お出かけもした。子どもの国、氷ノ山、Sea Zoo、おおち谷公園でお弁当を持って、散歩。
稜真も耀もとても元気で、姉夫婦の子どもと団子になってきゃーきゃー遊んでいた。
うちは一気に保育園と化していた。子どもにはやっぱり子どもだね。子ども同士で遊んでいるととっても楽だわー。
一ヶ月前から日記を更新してなかったようだけれど、時間をおいて、改めて読み返してみると、
子育てに対する気持ちが、ずいぶん軽くなっているのに気づく。
最近の私は、とても充実しているからだろう。
何事も、バランス、なのかもしれない。何かが欠けても、安定しないのかも、しれない。
学びたい事があって、目標があって、ホッと出来る場所があって。
今の生活が、このままずっと続けばいい。今日のような、爽やかな晴れの日の気持ちで、ずっと過ごせたら。
今日の私はとても幸せだった。

2004・4・9


海に行った。ホッとしたかった。絶好の天気で、お弁当をつくって、稜真とピクニック。
とても穏やかな気分で、楽しい一日が過ごせて、良かった。
昨日。てんやわんやの一日。勝訴と棄却。どちらの気分も味わってしまった。
ざぶん、ざぶん、と、波の音に包まれて、おむすびをほおばりながら、稜真を膝に、海を見ていたら、
”ああ、終わった”と、すーっと爽やかな開放感。良かった・・・。

ここ数日で、思うこと、一つ。
子供がいて、良かった、かな・・・。
最近耀君が、人の体をトントンとたたき、何か言っている。
私が稜真を怒っているとき、稜真が私に怒っているとき。
トントンと、体を叩き、つぶらな眼で顔をのぞき込み、あーでもなく、うーでもなく、何か伝えようとしている。
「あんまり怒らないで。」「そんなにしちゃ、いけないよ」
決め手に天下一品の、あの笑顔。
腹が立って、張りつめた気持ちも、あの笑顔でやめようよ、と言われれば、ふっと力が抜けていく。
私の気持ちには、二人とも、とても敏感だ。稜真と私はよくぶつかるけれど、その度に耀が、
トントン、あー、ニコッ。
明るくて、優しい子。その笑顔に何度も助けられている。
親子3人で、喧嘩しながら、いつまでも仲良く・・・。

2004・4・2


今日は、ピアノのレッスン、第1回目。2時間のレッスン。
コードのことを勉強した。説明を受けても半分しか、解らないが、
実際に鍵盤を自分で押さえてみると、解るような気がしてきた。
マイナーの和音は真ん中の指が半音下がるとか、
音と、鍵盤の位置関係。コードでピアノが弾けるように、なりたい。
ずっと、やりたかったこと。習いたかったこと。
30手前にして、またピアノを習おうとは・・・。
コードをうまく扱えるようになったら、きっと、世界が変わる。
もっと自由に歌も歌えるようになる。すごく、楽しみ。

2004・3・28


近所にシロアリが出た。サニックスの営業マンが、家にやってきた。
ただだ、と言うので家の床下を見てもらう。
家にはシロアリらしきものはいなかったが、床下収納庫を開けたのだが、
そこから入ってくる空気が、とてもかび臭い。
シロアリは、そのカビ臭をたどって住み着くそうだ。
去年購入したばかりの中古住宅。屋根も瓦葺ではないので、防水処理をしないといけない。
外壁の手入れも、いるらしい。
見積もりしてもらって、シロアリ処理と合わせて、ざっと、130万は、下らない。
あと20年は、庫の家をもたせたい。
きちんと可愛がってやらないと、家は、もたない。
しかし、130万・・・。
私がもっと稼げていたら、躊躇することは、無いのだろうけれど・・・。
雨漏りやシロアリに家をだめにされるのは、痛い。130万も、痛い。
まいったなぁ・・・。

2004・3・21


岩美町の渚交流館で、ピアノの発表会でゲスト出演し、メモリーを歌った。
みゆうさんに貰ったこの曲、自分なりに解釈して、表現するのにとても苦労した。
まだ、歌いこなせていないけれど、そう簡単ではないから、これから・・・。
渚は音がとてもよく響く。歌いやすい。MCもして、祥子ちゃんの紹介もして大活躍!
そして本番。祥子ちゃんのピアノが鳴り始め、私は目を閉じた。深く息を吸って、そっと声を出す。
この日はみゆうさんは大阪に出張で一緒に演奏できなかった。大阪まで、届くように。
祥子ちゃんのピアノに乗せて。
この日は出来が良かったらしく、祥子ちゃんがえらく褒めてくれた。
それは良かったのだけれど、肝心の録音が出来ていなかった・・・。ばか・・・。

2004・3・14


岩美音楽祭で歌を歌った。メモリー・オブ・ユー。
いーっぱい間違えて、あんまりいい出来ではなかったけれど(変なとこで出たり、出られなかったり、
何歌ってんのか、解らなかった)、
ま、とりあえず、きっかけのステージで、歌えた、ということで。
ピアノの祥子ちゃんには、いっぱい助けられた。
みゆうさんには、叱られた。はは。
場所に飲まれたのかなぁ?そんな事は一度もなかったけれど。ピントが合っていない、そんな感じで、
気がついたら演奏が始まってた。
まぁ、いいさ。これから沢山、色んなところで歌うから。
来年もあるし。
楽しかったから。
また歌えるようになって、私はすごく、幸せ。

2004・3・2


夜、携帯が鳴った。知らない番号。出てみると、保育園の園長先生だった。
夕方、迎えに行ったとき、稜真が「帰らない」とふざけて私をおちょくっていた。
それを見ていたT先生、稜真を叱り付けた。
「帰りんさい、そんなに保育園がいいんだったら、夜、来てみんさい。お母さん、
いっぺん、夜に連れてきてみて。
夜の保育園を見せてあげて。誰もおらんだで。こわいだで。」
決して、子供に対して、優しく言い聞かせると言った、穏やかな口調ではなかった。
それが他の先生の耳に止まり、園長先生のところに話しが行き、「行き過ぎた指導ではないか」
と言う話になったのだ、そうだ。それで、お詫びのつもりで、園長先生は携帯を鳴らした。
T先生は、「谷口さんは、解っておられると、思います。」と、言い切ったらしい。
私は、T先生を信用している。気持ちが、解るのだ。
何故、人の子供に、その親の前で、叱り付けるのか。
気持ちがそこにあるのだ。稜真にけじめを教えたい。保育園より、家のほうが良いと、思って欲しい。
怖い先生になって、母親の優しさを感じて欲しい。
優しく諭すなら、誰にだって出来る。他人の子供なら、尚更だ。
でも、T先生はそうしない。怖い先生に、なるのだ。そこまで身を挺して、教えてくれる先生は、
滅多にいない、と思う。
解っておられる、と、言い切ってくれたのも、嬉しかった。通じて、いる。
決して器用な先生ではない。普段の口調も言い回しも、誤解されることの方が多いだろうな、と、
思うような感じだ。
でも、そこに、優しさがある。一体何人の人が、その気持ちに気付くだろうか。
「T先生を信用している。安心して、子供を預けられる。そこまでしてくれる先生は滅多にいないと、
本心で思っている。
宜しくお伝え下さい、気を使って頂いて、有難うございました。」
そういって、電話を切った。

2004・2・23


あ〜、忙しかった。
耀君のお熱と、仕事と、あっちやこっちや東奔西走、どっぷり疲れちゃいました。
子育てと仕事って、両立するの、とっても大変。
21日には、森田ゆりさんと言う方の講演会で、要約筆記に参加してきました。
これが私の数少ないお仕事の一つ。要約筆記。耳の聞こえが良くない人のために、
会場の耳代わりになって、PCを使って、文章で表現をして、お手伝いをする、そういう仕事です。
人権、DV、虐待、虐待や、差別の気持ちは何処から作られるのか、内容の濃い講話でした。
私自身も、少し気持ちが軽くなれた気がするなぁ・・・。
子育てが苦痛だったのが、何故だか、自分で理解できたような思いでした。
肝心の要約筆記のほうは、散々な結果に終わってしまったけれど。
もう少し、スキルアップが必要です。楽しいお仕事。ずっとやって行きたい。

2004・2・5


今朝の目ざましテレビに釘付けになった。側でりょうまが「おへそが痛い、うんち!」
と言っているのも耳に入らなかった。
彼女の名前は平原綾香。19歳なのだそうだ。5オクターブも声が出るらしい。
でも、私が一番驚いたのは、そんな事ではない。本物なのだ。それも、時空を越えた本物。
たまに、私という人間は、妙な感覚で物事を捉えることがある。今日もそうだった。
彼女の魂は、1000年近く、時代を超えて、現在に生きている。常に、歌を歌って、だ。
「明日」のプロモが、テレビに流れたとき、その歌っている姿を見て、そう感じた。
中国で活躍していた時代があったのか、そんな匂いもする。
逆に言えば、そんな長い時間を歌って来ているのだから、あの歌唱力も、5オクターブの歌声も、
その自身も、柔らかさも、
当たり前なのだ。何にそんなに感動したかと言うと、歌に対する心構えと言うか、姿勢、気迫、信念、
目に見えない、耳に聞こえてこない、そういう所の「本物さ、」に感動したのである。
さぁ、ここまで来て、読者の方々は、「こいつ、大丈夫か?」と思っているだろう。
大丈夫ですよ、多分・・・。
「大丈夫か?」ついでに、「私もあんなふうに歌いたい!歌えんかなぁ?」と言ったら、
"こいつ何を考え取るだい"という顔をされてしまった。
いいじゃん、そう思ったんだから。逆立ちしようが空を飛ぼうが、無理なこたぁ、解ってまさぁ!
彼女の歌声を、生で聞くことがあったら、圧倒されて、失神してしまうかもしれない。
ほんの何十秒かの映像で、そこまで思ってしまったのでした。

2004・2・4


「所詮人間は一人だ」と、私の姉はそういう。
当たらずとも遠からじ、大部分、正解だと私も思う。
人の心など移ろいやすく、そう簡単に信用できるものではない。
で、一つの疑問が浮かぶのだ。何故人は結婚し、子供を作るのか。
「子供が欲しい」と思うことなく、私は2児の母だ。「欲しい」と思う感情が、未だ理解できずにいる。
こんなに手がかかって、うるさくて、責任重大で、わずらわしい物、どうして欲しいと思うのか。
結婚しなければ、私は子供を持つことなど考えなかったろう。結婚した以上、「作ろう」と言われれば、
断る明確な理由を、当時私は持っていなかった。でも、結婚した理由はハッキリと解っている。
長い人生、一人で生き抜く自身が無かったからだ。もっとも、今は、一人の方が気が楽だ、と思っているが・・・。
事実、結婚とは保険のようなものかもしれない。法律で守られているのは、恋愛ではなく、結婚なのだ。
「じゃあ、どうして結婚しただ?」と、姉と話をする時いつも聞きたくなるのだが、何となく聞けない。
聞いてはいけない質問のような気がするのだ。
 裏切られてもそれ程傷つかないように、肝に銘じていた方が、人生楽かもしれない。
お人好しで、お節介な私は、すぐに人を信用し、疑うこともあまりしなかった。
今でもそれはあまり、変わらない。
ただ、裏切られてもそんなに傷つかない、「あ、そう。」的な気持ちで流すことが出来るくらいは、
心臓に毛が生えている。
疑えばきりが無い。めんどくさいのだ。

2004・2・2


パソコンに向かいすぎで、周りがぼんやり白く見える。
この調子でいくと、今まで何をしても悪くならなかった目が、眼鏡が必要になるだろう。
あ〜しかし、忙しい。でも、これは嬉しい悲鳴なのだ。
ヴォイストレーニングの本が届いた。読んで練習しなければ。
CADを教えてもらえるようになった。勉強しなければ。
入力の仕事は時間が無いからキャンセルした。
エフセブンのレッスンを再開する。年末に医療事務に重きをかけて、レッスンを休んでしまったのだが、
今はパソコンのスキルを上げるよう、そんな流れが押し寄せている。
流れを逃してはいけない。
それにしても、私の周りの人が、本当に親切に色々と考えてくださる。
私の家族が、私の稼ぎで生活していけるように、協力をしてくださる。
嬉しいのを通り越して、自分は恵まれていると、神妙な気持ちにさえなる。
協力してくれる人の気持ちに、早く、応えられるようになりたい。
タイムリミットはあと2年!目指せ、年収300万!

2004・1・30


うちにピアノがやってきた。私が生まれる前に、姉の為に母が買った、ヤマハの箱ピアノ。
じっと座っていることが苦手だった姉は、半年でピアノを辞め、その6年後に私が弾き始めた。
忘れもしない、小学1年の初夏、幼馴染のやっちゃんが、家でピアノを弾いていた。
その姿を食い入るように見ていたのを覚えている。「私も弾きたい!習いたい!」
体に稲妻が走るとは、この事だろう。思ったその時にスグ、やっちゃんと一緒にピアノ教室に行き、
先生にいきなり「私も習う!」と、直談判した。それから今に至るまで、音楽とは切っても切れない関係になった。
別に、ピアノが上手い、歌が上手い、そういう事ではないけれど、音楽に触れていないと、何だか寂しいのだ。
私が母のお腹にいた頃、母は訳も無く、「英語、英語、」「ピアノ、ピアノ」と、頭の中でぶつぶつつぶやいていたらしい。
そのまんまやんけ。私が母に植え付けたのか、母が私に胎教したのか、英語はイーオンに通うくらい執着したし、
ピアノも高校を卒業するまで辞められなかった。どちらも大して物になっていないのが落ちなんですけど(^。^)。
さて、久しぶりに、5ねんぶり?に調律士さんに会った。相変わらずちっちゃくて(背が伸びるか!)、ハンサムだった。
堤大二郎に似ている。音感の話、子供の話をした。結婚話も。「あれ?後取りじゃなかったっけ?」等と聞いて来るから、
喋らないといけない。どうでもいい話を良く覚えていらっしゃる。
「後取り同士になったから、私が折れて、大事にしてもらってるんです(^。^)。」な〜んて。
私もちょっぴり嘘が上手くなった。

2004・1・28


今日は、色んな事を考えた。
実生活以上に、私の周りはごたついている。
限り無く、黒に近い灰色、誰がどう見ても、そうであることに違いは無いのに、
判断を下すには、証拠が足りない。手が、届きそうに無い。
普段は何ともない事が、こんな日は、耐えられなかったりする。
感情が表に出てしまう。自分をコントロールするのが苦手な方だ。
子供二人相手に孤軍奮闘している自分の姿が、とても惨めに感じて、思わず子供の前で泣いてしまった。
りょうまが、血相を変えて、私に飛びついてきた。
親、特に母親に泣かれると、子供としては何をおいても一大事、なのだろう。
それ以上、泣けなくなったけど、おかげで落ち着くことが出来た。
後でりょうまに謝って、許してもらった。
君の様に、泣かせてくれて、支えてくれる男など、この先一人も現れないだろう。
Little My Darlin, You are All Of Me ・・・。

2004・1・24


またチビが熱を出した。
私も疲れているのか、風邪を貰ってしまった。
食欲ないし、体はだるいし、力が入らない。嫌だなぁ。
でも、ビッグニュース!
3月14日(日)、ステージに立つことになった。
歌を、歌うのだ、しかもジャズ。頭がクラクラしそう!
みゆうさんと、ピアノの方と、3人らしい。
実は私、若かりし頃、バンドでボーカルをしていたのです。
歌が好きでねぇ、ずぅ〜っと、歌いたかった。
昨日、みゆうさんと渚交流館で少しだけ、練習した。
もう何年も歌っていないし、ボイストレーニングすらしていなかったから、
ボロボロ、何て物ではなかった。
それでも、「いい声だ」と、褒めて頂いた。
お世辞で、それ位しか言える事が無かった、のかもしれないが、それでも、ステージに立つ機会を与えてくれた。
どうしよう、どうしよう・・・。
う〜わ〜!!!
実家から、ピアノを運ぶ手続きを。急いで調律士さんに電話。
練習しないと、腹筋しないと、声を戻さないと!
風邪なんか引いている暇は無い、期限は3月14日。
た・い・へ・ん・だぁ〜!!!

2004・1・16


ふう、ちょっと一息つかせて頂戴。
子供が二人とも肺炎になるなんて、入院するなんて。
ハッキリ言って、2日の夜から14日の夜まで私はろくに眠っていない。
それでも動ける、笑う余裕もある、仕事にだって行ける。
人間そう簡単にくたばらない。母は強し、だ。
あまりに長引く咳と高熱に、大丈夫でしょうと言う医者を押し切って、検査をさせ、「論より証拠」を見せ付けた。
医者の見立てより、親の直感の方が信頼出来る事の方が多いものだ。
医者から見た私の姿はまるで、鬼子母神の様だっただろう。
顔は笑っていても、目は怒りに満ちている、そんな表情だったのか、
担当の若い男の先生は、終始、申し訳なさそうだった。
さあ、今年も頑張るぞ!家事に育児に母親に仕事に勉強、そして、時々父親。妻という役割がない分だけ、
一般家庭の奥様よりも、私は楽だ。甘えた旦那ほど、家庭に邪魔なものは無い。世の男性たちに睨まれそうね。(^。^)

2004・1・6


お正月が明けた。文字通り、寝正月だった。
やっと外に出られたのは4日の午後。神社に初詣に行った。
本当に外に遊びにいけなかったのだ。
元旦に、親戚の家に御呼ばれに行ったっきり、まさに家の中に缶詰。
ばあちゃんが扁桃腺を腫らして高熱を出して倒れ、同時にりょうまが溶連菌感染症でダウン、
続いてようくんが、突発性発疹と、ウイルス性の風邪で、40度の熱とひどい咳。
私もウイルスを貰って、喘息を併発。
もう、笑うしかない、ハッハッハ!
「正月くらいしか寝込めないもんね〜!」と、ばあちゃんと、朝の雑煮のぜんざいをすすりながらしみじみ話す。
肩で息をしながら、それでも動けるのは私くらいなので、せっせと働いた。
私に熱が出なかったのが不幸中の幸い。
今日から保育園が始まったのだけれど、ようくんはお熱が下がらないから家にいる。
熱の疲れで今、ソファーに横になってスヤスヤ。
来年の正月には、もう赤ちゃんではなくて、子供だ。ちょっと寂しいなぁ。
お兄ちゃんに気を使わずに、抱っこしてやれるのは病気の時くらいだから、不謹慎にもそれが嬉しいかあたんなのでした。

トナカイが眠って起きて走って・・・。 雪山の小屋


2003・12・28


今日もまた、砂丘のイルミネーションを見に行ってきました。
夜9時に思い立って、車を走らせ・・・。
子供がいる休みの日などは、どんな小さなイベントでもいいから、車を走らせてお出かけをしたい。
出たがりなのか、休日を家でだらだらと過ごすと、ストレスが溜まってしまう私です。
最近気付きました。(^。^)
それにしても、カップルが多い・・・。と思ったら、そうでもない。金髪の若夫婦が、赤ちゃんと一緒に車の中で見物。
「若いのに苦労しとるなぁ・・・。出来ちゃった結婚だろうか、」等と下世話な想像。
子連れじゃないカップルが目に飛び込んでくると、「はぁ、」とため息一つ。
私にもこんな時があったなぁ。いいなぁ。WAMや、山下達郎が、頭の中にBGMが流れる。
オシャレな曲が流れるのだ。
ちょっと置き換えて想像してみる。あの女の人がもし、私だったら・・・。
頭の中には「さざんかの宿」や、「天城越え」が流れた。
まるでドリフの「もしも・・・」シリーズだ。
恋愛がしたいとか、子連れが嫌とか、今の自分の状況に不満があるわけじゃないけれど、
若いって、いいなぁ。
いいのよ、私はドリフで。嬉しかったもの、この前のドリフの復活番組。

2003・12・23


鳥取砂丘に行ってきました。10万個のイルミネーションを見てきました。
子供連れが多かったかな。沢山の人。光の粒で飾られた通路を皆してぞろぞろ・・・。
例に漏れず私とばあちゃんも、子供を抱っこしてその列に並んだのでした。
来年は家にもイルミネーションをしてみようかな・・・。
子供が喜ぶし・・・。

2003・12・21


今日でようくんは1歳になりました、おめでとう!
君がお腹に出来てから、かあたんには色んなことが有ったよ。
何でもかんでも忘れてしまいたい性質のかあたんでも、何時までも忘れられない一年だろう。
これからもよろしく。
 話はごろっと変わりますが、今日の晩御飯はすいとんでした。
作るのも食べるのも初めてのすいとん、味噌味で作りました。
団子のように柔らかいのかと思いきや、結構弾力があって食べ応えあり、とても美味しかった。
ばあちゃんは子供の頃よく食べていたそうだ。

2003・12・17


厚和寮今年最後の日。みゆうさんがオカリナで、クリスマスソングを一曲演奏した。
とてもステキなフレーズ。皆聞きほれて、演奏が終わると拍手喝さい。
思わず涙ぐんでしまいそうになるほど、心にすうっと流れた。
ツリーの飾りのように、キラキラとした一時でした。
 そしてもう一つ。保育園の先生との会話。息子さんとの事を話して下さった。
「カッターで手を切った痛みより、叱られる事の方が怖くて、傷の事を隠し通した」との事。
「痛いと言って貰えなかった、ひどい母親でした」と、自分を責めておられた。
りょうまと私の関係と、よく似ていると思う。りょうまにとって私は理解者ではなく、怖い存在なのだ。
それは常々感じていること。暗にそれを伝えようと話して下さったのかもしれない。
「甘えさせてやれなかった過去の自分を責めるより、子供の頃の心の痛みを癒してあげられる、今のご自分を褒めてください。」
伝えるタイミングを失ってしまったが、私はそう言いたかった。
子供を上手に包んでやれない苦しみは、味わった者にしか解らない。
私もその一人だ。
保育園の年中の頃の話を、中学になってから言ったらしい。
それって、凄いことだと思う。余程の信頼が無ければ、そんな小さな頃の心の痛みなど、息子が母親に話すだろうか?
私も、こわばったりょうまの心を少しずつ、ほぐしてやれたら、そう思った。
また、色んな話を聞かせてください。

2003・12・14


毎日自衛隊派遣のニュースが流れる。朝、子供らとパンをつまみながら思った。
何故、戦争になるのか。何故殺し、死ななければならないのか。何を正しいと信じてテロリストはテロ行為を続けるのか。
ブッシュ大統領は何故戦争を強行し、劣化ウラン弾の使用を認めたのか。
人間大なり小なり、生きて、生活して、人と交われば喧嘩はある。
かつて、私の友人は「喧嘩と戦争は同じだ」と言った。
私はそうは思わない。喧嘩なら、大いにすれば良いと私は思う。
前向きな喧嘩なら、自分も解ってもらって、相手も解ろうとする喧嘩なら、認め合う気持ちも生まれるだろう。
ただ、どんな喧嘩をしようと、命を奪ってはいけない。劣化ウラン弾を使うなど、論外だ。
命の重さが、どんどん軽くなっている。何を中心に考えて人は生きているのか。
自衛隊派遣に、私は賛成する。武器を持っていくのは疑問だが・・・。
イラクの人々が苦しんでいるからだ。その苦しみを自衛隊が少しでも軽くすることが出来るなら、私は派遣するべきだとさえ思う。
政治の世界のややこしい事は解らないが、戦争の後始末は皆でしなければならない。
そして、戦争をした事を許してはいけない。兵器なんか作るから、使いたくなるのだ。皆壊してしまえば良い。
テレビである学者が言っていたが、生きていくため意外に、無駄な戦いや殺し合いをするのは人間だけだ、と。
全くその通りだと思う。もっと地球レベルで政治をしてほしい。

2003・12・10


今日は珍しく、先生に主張してもらってパソコンのレッスンを自宅で。
途中、ヤクルトレディーのお姉さんがやってきて、パソコンを習ってみたいと言うので、玄関からパソコン教室エフセブンの
営業をした。パソコンを持っていないというので、うちで一緒に習ってみない?と誘った。
我ながらスゴ〜ク親切な申し出だと思ったが、なんでかな〜、ついついそういう言葉が出てしまう。
だぁってさぁ〜、ちょっとした事が、例えば時間が合わない、教室までが遠い、一人で通うのは何となく・・・
なんて事が壁になる事って有るじゃない。目の前の人がやってみたいことが有って、それに私が協力出来そうなら、
最大限の申し出を、しちゃうんだなぁ〜。何でだろう・・・。
 HTMLソースの使い方をちょこっと習った。バアチャンの記録のページ、まだ出来ていないけれど、ソースで
挑戦してみようと思う。ナカナカ面白そう。講師を目指して気長に頑張るぞ!!

2003・12・2


私がパソコンを習い始めて3ヶ月がたった。振り返ってみると、「私ってすごい!」って思った。
・イータイピングにトライして、5級から3級になった。
・ワード、エクセル、が使えるようになり、そして、自分のホームページを公開した。
・週2回、パソコン講師補助をするようになった。
・入力の仕事をするようになった。
・要約筆記にも参加する。
一人で子育てをしながら、限られた時間と体力に折り合いをつけて、たった3ヶ月でここまでの事をしてきた。
もちろん、母や、姉の助言に何度も助けられて。
そして、すばらしい人との出会いにも救われた。
この調子で10年突っ走れば、きっと凄い事になっていると思う。
私がクリアしてきたものは、誰にでも出来ることではない。
自分に自信を持とう。ふと、立ち止まって3ヶ月を振り返り、真っ先にそう思った。
自分で自分を褒めたいと自然に思う、それは、本当に頑張ってきた何よりの証拠だと思う。
自分で自分を褒めたいって、有森祐子が言ってたなぁ。
頑張っている人が、自分で自分を褒められないのは、ホントに頑張っていないか、うつ病のせいだろう。
一年程前は、死にたいと、毎日泣いていた。
文字通り、這い上がった。泥を舐め、石にかじりつく思いもした。
これからももっと酷いこと、もっと良い事、沢山有るだろう。
負けまい、そう思う。

2003・11・20


パソコン講習の仕事の日。午前のクラスはとても居心地がいい。3月まで延長できるという事だけど、私の方が
お願いしたいくらい。皆さん面白いこと大好きで、茶目っ気があって、私の冗談にもちゃんとついてきてくれる。
私なんかよりも、みんなパソコンに詳しいので、実際、私には何も出来る事が無い。
今度から来なくていいと言われて無いからピエロ役として役に立っているのだろう。
木曜日の午前中、とにかく楽しいから、この時間はず〜っと続いて欲しいと思う。

午後のクラス。障害が重度。私は井上さんと言う、おじ様にマンツーマンで教えている。今日が4回目で最終日。
ビックリしたのだが、井上さん、ドラッグが出来るようになっていた。きっと、たくさん考えて、
自分で方法を考えたのだと思う。キーボードを打つときも、一つ一つ私に指で指されて、「見えますか?」
ナンテ言われて、悔しさも有ったと思う。講師補助の高田さんに「井上さん、いっぱい練習してるよ」
と気づいてもらって、井上さんは満面の笑みだった。私は高田さんの様に井上さんの努力に殆ど気付かなかったから、
チョット、情けなかった。障害が有ろうが、年を取っていようが、やりたいと思ったことは挑戦する。
自分を諦めない。そのたくましさに背中を押してもらった気持ち。私の方から「有難う」と頭を下げて、
井上さんとお別れした。

2003・11・16


悲しい事件があった。実家に飼っていたラブラドールの(翔)が死んだ。
癌にかかっていたらしく、全身に転移していて、もう、安楽死するしかない状態だった。
昨晩から痙攣を起こしていたらしい。日曜だから、かかりつけの病院は休業で、ほかの病院に運んだら、
「老犬だから手術出来ないという事はない。」と言った。かかりつけの医師は「耐えられないかもしれない」
と説明していた。3年もの間、翔は、癌の痛みに耐えてきたのだ。悲しみと怒りで心が重かった。
死ぬ時くらい側に居てやりたかったが、要約筆記の用事があったので、母と相談してそちらを優先させた。
知らない場所(病院)で、知らない人間(医者)に、死なせられるなんて、かわいそうだ。
出来るなら、私や母の手で処置をしてやりたいと思った。
結果論だが、要約筆記を優先させて私は後悔している。ドタキャンでも何でも断って、翔の側に居てやればよかった。

2003・11・13もみじの紅葉


今日はパソコン講座の仕事だった。
かなり打ち解けた感じで、講師も受講生も楽しめている感じ。
直ちゃんとは個人的な話も出来てうれしかった。頑張ろうね!
雨が降っていてとても寒くて、冬のにおいがした。