神・気・色 その一
形相について述べてきたが、「色相」と言うものがあるんじゃ。
人間の顔に微妙な色になって現われるのじゃよ。
更にだ、その上へとなるし「神相」と言うての、それは、それは微妙にして神業と思うようなものがあるのじゃ。
人間って言うものは、形に現れ、色に現れ、神に現れると申すしかないものがあるんじゃ。これは中々観察が難しいものでの、達人の境地でないと読めぬ。
「相好しと雖も、気色好からざる有り」。
気色ってえのは、心の外に現れたものじゃ。相が好くってもだ、心が悪く、気色の悪いものがある。
「天晴明を得ずんば日月を得ず」と申しての、
天も晴れなければ、折角の日月も見ることが出来ぬ。
同様にじゃ、「人気色を得ずんば運通ずるを得ず」で、人間、気色がよくなければ、運が通じない、開かない。
更に、「気開け色潤うを待ってまさに時に通ずるを得」て初めて運気が通じる。
「気滞すれば九年」と、色が滞れば九年間は駄目とも言われる。
「神昏ければ一世」なんじゃ。
この、神・気・色の三件、が暗いと運が開けないのじゃ。
即ち、「三件倶に暗ければ、窮苦老に到る」、年とるまで運が開けないのじゃ。
岫雲斎