秋の「歌」
長くて暑い暑い夏であった。地球の断末魔のような思いのする夏であった。
平成22年10月1日
1日 | 藤原敏行 古今和歌集 |
秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる |
立秋の日に詠んだ歌だが近年の季節感と異なる。この歌は、勝れて人口に膾炙している。 |
三夕の歌 秋は夕暮れ |
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2日 | 寂蓮法師 新古今巻四 |
寂しさはその色としもなかりけり |
この寂しさは、とりたててどの色というのではない。真木の生い立つ山の秋の夕暮れこそが寂しさそのものだ。真木とは杉、檜のこと、そこはかとなき寂しさを真木に感じており私には惹かれるものがある。 |
3日 | 西行 新古今 巻四 |
心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ |
山野を放浪した西行さん、私には強く同感するものがある。 |
4日 | 藤原定家 新古今 巻四 |
見渡せば花も紅葉もなかりけり |
海辺の秋は荒涼たるものがあるのであろう。寂寥感に溢れている。 |
5日 | 若山牧水 海の声 |
白鳥は哀しからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ |
空と海の青の世界に、ただ一点の白鳥の白が鮮烈、秋の清純な風景、水天一碧の彼方へ消える、魂の憧憬を覚える。 |
6日 | 若山牧水 海の声 路上 |
幾山河越えさり行かば寂しさの はてなむ国ぞ今日も旅ゆく 白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒はしづかに飲むべかりけり |
この歌は、子供の頃からよく覚えていた。寝室の襖に大きな字でこの歌が書いてあったからだ。寂しさの消え去る国へ辿り着くのであろうかと旅を続ける牧水。 この歌も秋に相応しい、物思いしながら静かに酒は飲むのがうまい。 |
7日 |
相馬御風 |
大そらを静に白き雲はゆく |
青い空を白い雲がゆったり流れている。あの雲のように私も生きるべきだなあ、同感である。これは秋のようだ実は初夏の頃の歌である。 |
8日 | 相馬御風 御風歌集 |
山茶花の一枝いけてつつましく |
実にいいなあこの歌は。庭に咲いている山茶花の一枝を花瓶に活けて、慎ましく今朝のお茶をいただこうかなあ。平安な朝のひととき、老成の境地、枯淡の味が限りなく慕わしい。 |
9日 | 大正天皇 | 神まつるわが白妙の袖の上に かつうすれ行くみあかしのかげ |
神祭りされる天皇の白い衣の袖の上に、ゆらめいていた雪洞の火の影が、夜の明けるにつれて次第に薄れてゆく。 |
10日 | 禁秘抄 順徳天皇 |
第八十四代の天皇、宮中のしきたりを書きとめられたもの。その冒頭に「凡そ宮中の作法、神事を先にし他事を後にす」とあると言う。 |
祭祀は古代から今日まで変らぬ天皇の最重要なお勤めである。 |
11日 | 大正天皇 |
降る雨の音さびしくも聞ゆなり かきくらし雨ふり出でぬ人心 |
国のまもりゆめおこたるな子猫すら 爪とぐ業は忘れざりけり |
12日 | 尾上柴舟 |
つけ捨てし野火の烟のあかあかと |
野火の煙は日暮れになり周辺が暗くなるので煙がより赤々と見えてくる。その頃の物悲しい気分の歌である。 |
13日 | 尾上柴舟 |
夕靄は蒼く木立をつつみたり 思へば今日はやすかりしかな |
日が暮れる頃、靄が蒼色に立ち込めて木々を包んでしまう。ふと思う、今日一日はなんと安らかな一日だったと。情感のある歌だ。 |
14日 | 佐々木信綱 新月 |
ゆく秋の大和の国の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲 |
大らかで、のびやかで、カラフルで、明るく印象の鮮明な歌だ。リズムがある、それは「の」が六つもあり独特のリズムとなっているからであろう。 |
15日 | 伊藤左千夫 |
おりたちて今朝の寒さを驚きぬ 露しとしとと柿の落葉深く |
庭に降り立って、思いかげぬ今朝の寒さに驚いた。みれば庭にはしっとりと朝露に濡れた柿の落葉が深く散って敷いている。 |
16日 | 伊藤左千夫 |
今朝の朝の露ひやびやと秋草や すべて幽けき寂滅の光 |
秋も深まると人間の感情も物悲しくなるのは自然なのであろう。そして自分の命と重ねて考えてしまうのである。 |
17日 | 釈迢空 |
葛の花 踏みしだかれて色あたらし この山道を行きし人あり
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赤紫の花が踏まれてまだ新しい、この深い山道に先に歩み入った人があるのだ。 これは山男の私には実感がある。 |
18日 | 昭和天皇 |
遠つおやのしろしめしたる大和路の 歴史をしのびけふも旅行く |
この御製の時の昭和天皇の御幸は記憶がある。昭和56年のこと。畝傍山で神武天皇をお偲びあられた日本国ならではの歌である。 |
19日 | 昭和天皇 |
遠つおやのいつき給へるかずかずの 正倉院のたからを見たり |
「遠つおや」とはなんと洵に美しくも尊い詞であろうか。このような先祖を持ち系図によりそれを辿ることの出来る天皇家、何千年も続いた悠久の歴史から生み出された存在に我々は誇りを持つ。 |
20日 | 吉野秀雄 |
鶴岡の霜の朝けに打つ神鼓 あなとうとうと肝にひびかふ |
霜の降りた寒気の張り詰める朝開けに、神事の太鼓の音、どーん、どーんと肝を揺り動かすように鳴り響き轟き渡るさまは緊張感があつて清々しい。 |
21日 |
詠人知らず |
なにごとのおはしますかは知らねども |
おはします気配のある崇高な「なにごと」は疑う余地もなく神さまのことだと子供の時から分かっていた。西行説もあるが西行の歌集には掲載なし。この歌から溢れ出る、純粋な、優しい気持ち、人間を超えるものに対する日本人の心をやさしく表現している。 |
22日 | 私の好きな言葉「かたじけない」 |
天地自然、万物に神々は宿るという日本人の素朴で大らかな宗教心、自分が生きて行けることを「かたじけない」と感ずる謙虚な心情、これこそ我々の遠つ御祖先から連綿と抱き続けてきた民族の心ではないか。 |
自分が生きていることの感謝、平穏な生活の感謝、この時、「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」とふと、口ずさむのである。忝く有難い日本の国である。 |
23日 |
忝い国・日本 |
佐久良東雄 野村望東尼
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平野国臣 高山彦九郎 |
24日 |
吉田松陰 |
我今国ノ為ニ死ス。死シテ君親ニ背カズ。悠々タリ天地ノ事。観照、明神ニ在リ。 |
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし大和魂 |
25日 |
吉田松陰] |
「平生の学問浅薄にして至誠天地を感格すること出来申さず。非常の変に立到り申し候。嘸々御愁傷も遊ばさるべく拝察仕り候」 |
親思ふこころにまさる親ごころ |
26日 | 明治天皇 |
あさみどり澄みわたりたる大空の 広きをおのが心ともがな 年々に思ひやれども山水を汲みて遊ばむ夏なかりけり |
思ふこと思ふがままに言ひ出づる幼心やまことなるらむ この朝けひとむらさめや降りつらむ松の若葉の露のたまれる |
27日 |
昭憲皇太皇(明治天皇妃) |
みがかずば玉も鏡もなにかせむ |
あかねさす日かげもにほふ天地に |
28日 | 森鴎外 |
夢の国燃ゆべきものの燃えぬ国 木の校倉のとはに立つ国 |
正倉院の校倉造りのこと。「み倉守り」達の伝統、古代文化に対する日本人の敬虔な尊重の心、職人たちの職務への忠実さに真の日本の伝統精神が潜んでいる。 |
29日 | 日本人とは |
敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山ざくら花 |
本居宣長は、江戸時代の学問を代表する巨人、本来の日本の心、本来の日本の在り方、これらを明らかにした古語、古文献を科学的実証的に研究した。 |
30日 | 能因法師 |
都をば霞とともに立ちしかど |
旅の詩人の大先達法師。洒脱な愉快な人物。 |
31日 | 和泉式部 |
待つ人の今もきたらばいかがせむ 踏ままく惜しき庭の雪かな |
詞花和歌集、足跡をつけるのが勿体ないくらい美しい庭の白雪。やがて新雪の季節が到来する。 |