安岡正篤先生「易の根本思想」8
平成20年10
周易「上経」
1日 |
一 、 |
天上天下 乾為天 発動・開顕(分化発展)の原則 |
人間の感覚に現れる形体的な天を、その本質・作用に即して乾という。乾は健であり、万物を生成化育して息むことがない。 |
2日 | 乾は「元」 |
乾は元である。元には大要三つの意義がある。 |
その一は、部分的な雑多に対する渾然たる全一、西洋哲学で言えば the complete whole である。そこで日本語では、これを大と同じに訓む。 |
3日 | 「元」その二、三 |
その二は、空間的・立体的に根本・基をさす。即ち「もと」である。その三は、時間的・生起的意味で、始まり、即ち「はじめ」である。 |
これらの三義を統一含蓄しているので、大・多・勝の三義を含む「摩訶」と同じように「元」と音読する。 |
4日 | 乾は「亨」 |
乾は亨である。亨は進行であり、通達である。即ち「とほる」であ。 |
窮する・ゆきづまる・終止するということが無い。 |
5日 | 乾は「利」 |
乾は利である。利の禾は穂を垂れた「いね」を表し、のぎは刀のことで、刀を砥石にぴったりと合わせたものである。刃物を砥石にびったり合わせれば、よく光って、鋭くなり、よく切れる、役に立つ。故に利を「とし」、「きく」、或は又「かがやく」と訓むわけである。 |
天の万物を生成化育する偉大なる力はどこまでも見事な、きびきびした、有用・有意義なものである。 |
6日 | 乾は「貞」 |
貞は安定であり、不変であり、永久である。故に「さだ」、「かたし」、「ただし」と訓む。元来、貞は鼎を省略した文字とされており、卜と貝からきておる。貝は卜ひの時、神に捧げる供物を意味し、卜ひ問う意味に使われておった。即ち貞ふに利しである。 |
尚書や左伝によると、内卦を貞(外卦を侮)と称している。永く一貫して変わらぬ正しい行事であって、始めて卜ふに足るのである。 |
7日 | 乾の「四徳」 |
この元・亨・利・貞は乾(坤についても同じ)の四徳と称されるものであるが、経文を義理(実践哲学)の立場よりも、本来占辞(占断の言葉)として見るべきものであるという理由を以て「乾は元に享る。 | 貞に利し」と訓む。他の卦も皆同然である。 朱子も元亨利貞は天道の常なりと説くと同時に、この訓訳を主張している。 |
8日 | 天行は健なり |
易経総論とも言うべき繋辞伝を承けて、その各論とも見られる文言伝には、「元」を善の発展(善の長)、「享」を善の協調(善の会。嘉す。)、「利」は義の実践を積んでゆく結果(義の和)、即ち義を実行してゆくことが自然に誠の利になるのであり、「貞」は物事の成立する大本・幹(事の幹)であると論じている。 |
天の運行は是の如く健である。君子は自ら強(彊も同じ)めて息まない。自然と人間とをこういう風に相即一貫して省察する所に易哲学の妙旨がある。象曰天行健。君子以自強不息。 |
9日 | 龍は造化の象徴 |
この限りなく自己を創造化成してゆく人間の道徳的努力(乾)の過程を更に六爻が龍を假って明解している。 |
龍は偉大な活動力、決して全義を現すことのない神秘性、極まることのない変化性など、つまり造化の象徴である。 |
龍の六爻 |
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10日 |
初九 |
潜龍である。用ひてはならない。即ち社会的に表立って活動してはならない。 あくまでも自己を表さず、潜行密用せねばならぬ。ひそかに深く内面的に自己を養はねばならぬ。 |
世を遯れて悶えず、是しとせられずとも悶えず、確乎としてどうすることもできない不抜さを要する。 |
11日 | 九二 |
初九のひそかな自己修養の結果、おのづから人の注目する所となって、その姿を表すに至った見龍である。大人に就いて学ぶほどよい。 |
そして、言は常に信有り、行は常に謹み、邪を閑いで、その誠を存し、善・大(世)なるも伐らず、徳博くして、おのづから他を化するようでなければならぬ。 |
12日 | 九三 |
調子に乗って出すぎる嫌ひがある。終日努力し、夕べに反省してタれる所があれば、いが咎はない。能く徳に進み、業を修めることである。 |
変わらざる向上努力(忠信)によって徳に進む。言語を修めて真実を表現し得ることによって業も維持できる。終始を全うすることが與にできるようにならねばならぬ。 |
13日 | 飛龍 |
これまでは、内卦・下卦であるから、内面的・準備的段階である。 |
この後、四爻に至って始めて社会的存在・活動の舞台(外卦・下卦)に移る、即ち「飛龍」となるのである。 |
14日 | 九四 |
外卦の初爻であり、下卦の初九に応ずるものであるから、飛躍して宜しいが、尚、未だ淵に在る、 |
即ち内面的な謙虚な工夫がなければならぬ。さすれば咎はない。 |
15日 | 九五 |
従来の工夫努力によって、おのづから飛龍・天に在る境致である。 |
しかも尚を二爻に応じて、勝れた人物に見えて教えを受けねばならぬ。 |
16日 | 上九 |
活動・顕現の極致である。亢龍である。悔いがある。創造は変化である。長く終止し、固定することがない。久しからずして変ずる。上九変ずれば、澤上・天下の夬の卦となる。 |
人と競わず功に驕らず、悦んで「徳に居て、自ら忘るる」概がなければならぬ。去って新に初爻を立てば、天上・風下のこうの卦となる。遇ふ所を慎んで、やはり己を虚しうし、私を去らねばならぬ。 |
17日 | 用九 |
これは乾坤(用六)二卦のみ置いてある。つまり九(陽)と六(陰)との行動原理を明らかにしたものである。 |
用九の場合、「天徳・首たるべからざるなり」と説いて、どこまでも謙虚に、自ら誇示してはならないと教えている。 |
18日 | 各爻比喩 |
各爻を過程としてに止まらず、地位身分として見るも理相通ずる。即ちこれを政府に適用すれば、初爻は一般役人、―二爻は主任・課長級、三爻は部局長級、 |
四爻は各省大臣級、五爻は総理大臣、上爻は顧問・先輩級に当る。推究すれば、一々妙旨を覚えることができる。 |
19日 |
二、 |
地上地下 坤為地 守静・成物(統一含蓄)の原則 |
乾(天)がすべて陽なるに対して、坤(地)はすべて陰なる卦である。乾が陽性の卦の代表なるに対して、坤は陰性の卦の代表である。 |
20日 | 坤は乾の裏づけ |
陽性が活動・分化・競争・発展なるに対して、陰性は、守静・幽潜・統一・調和・含蓄である。 |
この坤の裏づけがあって、始めて乾の生成発展も行われる。 |
21日 |
万物の発生は坤 |
天・造化は陽性の面から言えば「大いなるかな乾元」(乾卦象伝)であるが陰性の面から言えば、確かに「至れるかな坤元」(坤卦象伝)である。万物の発生はこれに資る。 |
造化に順って、これを承け、無限に物を包容して、生成化育を遂げてゆく。「天行」に対して言えば「地勢」である。 |
22日 | 利貞 |
坤もとより元にして享る。 |
利貞であるが、「牝馬の貞に利し」(象辞)。 |
23日 | 牝馬は坤の象徴 |
乾の象徴が「龍」であるに対して、坤を象徴する一は「馬」である。牝馬である。女性である。貞にも色々の種類があるが、坤の貞は女性の貞である。 |
剛健の貞でなく、従順の貞、すべて安んじて貞なるがよろし。先をきることは陽の作用であるから、陰には向かない、迷う。後にまはれば、応ずる者・主を得、常(一貫不変)であることができる。 |
24日 | 君子は徳を厚く |
地勢は坤である。 |
乾の大象、天行健・君子自強息まずと相待って益々妙である。 |
25日 | 坤道の原理 |
文言伝はよく坤道の原理を要説している。「乾の剛」に対して、「坤は至柔」である。しかも動けば剛である、力が強い。乾の動に対して至静であって内面的には能く純一を保ち外に対しては正しい関係を整えてゆく。 |
後にまわって主とする所を得、常を有し、万物を包容して、その造化のはたらきは偉大である。坤道は「順」と言うべきものであろう。天を承けて間断なく遂行すると。その坤道順行の過程を各爻について考察しよう。 |
26日 | 初六 |
霜を履んで堅冰至る。霜が来れば、やがて堅い冰がはるようになる。物事は最初目立たぬようでも、だんだん推し進めてゆくと大変なことになるものである。馴致ということを慎まねばならぬ。積善の家には必ず余慶があり積不善の家には必ず余殃(積んだ余りの災)がある。 |
臣にして、その君を弑し、子にしてその父を殺すのは、一朝一夕の故ではない。 その由来するところのものが積もり積もってのことである。これを覚って早く処理しないからである。習慣の大切なことはこの理による。もし早く良い習慣をつけて、これを育てあげてゆけば、どんな大善を成すこともできるのである。 |
27日 | 六二 |
初に生の徳を順に養ってゆけば、やがて内面的には正直に、外に対しては良く治まるようになるものである。 |
無理しないでも効果のあがらぬことはない。 |
28日 | 六三 |
初と二との段階を経て、光彩(章)が出る処であるが、それをあくまで内に包んで(含章)、従来と変わらぬようでなければならぬ。さすれば、ここという時に、おのづから外に発してわかるものである。 |
場合によっては国家の問題にも従事するが、表立って行らずに、新陳代謝の激しい陽性に代って、安らかに能く終を有たねばならぬ。 |
29日 | 六四と六五 |
六四。これから外卦に移るので、自然に従来三爻の成果が表れる段階であるが、尚且つ充実した嚢の口を締め括って慎めば害はない。 |
六五。此処まで慎んで内実を充たしてくれば、黄裳を着して元吉である。(黄裳は王者の衣装。黄を中色とする。) |
30日 | 上六 |
然るに坤道の極は陽に通じ多年の陰徳を遺れて |
その功徳に驕り、龍・野に戦うて、その血・玄黄なるようなことになるものである。 |
31日 | 用六 |
そこで坤道・陰徳というものは、いつまでも変わらぬものでなければならぬ。かくしてこそ終を大にすることができる。 |
上六の場合、誤れば上爻変じて、山上・地下・剥の卦となる。折角多年の功徳も剥落する。去って新に初爻に就けば、地上・雷下・復の卦となる。行り直しである。 |