徳永の「世界史」−日本の立場から見直す その三
世界史は西欧から始まったとか、人間はアダムとイヴから始まった、と言うような漠然とした認識を抱いて成人となった人々が多いのではあるまいか。それは近眼視的見解である。
なぜか、以下に所見を開陳する。   平成25年9月


平成25年10月

1日 アメリカも共産主義の影響を受けていた開戦時

民主党は世界恐慌後1933年、力をつけて左翼的な政策を取る、即ちニューディール政策である。ユダヤ人勢力の影響が強く見てとれる。

2日

それと太平洋で対峙する新興興隆国家・日本に対して密かに方向づけがなされたのである。日本は天皇の下の封建的な国家であると彼らは認識した。ここから出た対日政策こそ、「社会主義化」である。民主主義の名を騙る社会主義化であった。これは色々の研究成果で判明している。

3日 ルーズベルトのこと

民主党のルーズベルトはユダヤ色の浸透した人物で、これらの背景が日米開戦への道となるのである。その舞台こそ日米交渉であった。

4日 戦争の仕掛け

日米交渉のドン詰まりに出てきたハル・ノート、これは対日最後通牒であった。国務長官のハル、これはユダヤが掌握する金融の力を示すものであった、石油の対日全面禁止、日本の海外資産の全面凍結、これは到底受け入れる事の不可能な提案である。この解決は戦争以外のなにものでもない。

5日 アメリカはソ連を支持

当時の世界の政治情勢は、東西対立の冷戦状態とは逆であった。アメリカはソ連を支持し、支援していたのである。ナチスと対峙するソ連のユダヤ人と、アメリカの大統領府は連携していたのである。ハル・ノートを作成したのはソ連のスパイであった。これは事実である。このことは歴史を洞察する上で見逃してはならぬことである。ハル長官の夫人はユダヤ人、ルーズベルトはオランダから移住したユダヤ系である。

6日 ふたたび あやまち

広島に行くと、「ふたたび あやまちは おこしません」と原爆記念碑にある。私は、いつもこの文の主体者は誰かと思う。主語が人類なら、少し日本人は甘い、歴史の風雪の時間が足りない。日本人が主体者ならこれはバカに近い大甘であろう。本来ならアメリカであるべきなのだ。このような問題意識を持たない日本人は本当に困ったものである。

7日 アメリカは左翼であった

原爆投下のアメリカは、戦争を早く終わらせるためだという。通説に近い。これに私は納得できない。彼らは、日本は封建社会であると認識しその破壊のために戦争を惹起したのである。そして社会主義者・ルーズベルト大統領やハル長官が原爆投下責任者なのである。封建国家日本を徹底的に破壊しようとしたのであろう。そのシンボル的行為が原爆投下であうと自然の文脈から見て取れる。アメリカの政策であったのであろう。アメリカは左翼であったのだ。日本は犠牲になっている。アメリカは、国が浅いから思慮に欠ける点が多々その後も見て取れる。日本は翻弄されてはならぬのである。

8日 原爆

聞く処によると、当時のアメリカに、原爆に関わったのが左翼ユダヤ人のオッペンハイマー等左翼ユダヤ人科学者たちであった。

9日 アメリカ左翼に曲の影響を受け続ける日本の左翼

戦後、日本を占領下においた時、日本に対して強要した国体破壊の措置、東京裁判、財閥解体、学制改革、農地改革、そして憲法など、二段階社会主義化、社会主義革命の第一弾であったのだ。当時のアメリカへの再認識が必要である。