『六韜・三略』   

中畧に云う、 

「世乱るれば則ち叛逆生ず。三畧は袁世の為に作る」。 

三畧は兵書というよりも政治の書物といった方がよい書物であります。だから中畧にも、世の中が乱れてくると、どうしても謀叛が起る。この頃で申しますと、ストライキから始まってすぐデモをやる。そういう衰えた世の中をどうするかという指導の為に三畧を作ったと書いてあります。 

下畧に云う、

「一善を廃すれば則ち衆善(すた)る。一悪を賞すれば則ち衆悪帰す。善なる者その幸を得、悪なる者その(ちゅう)を受くれば国安くして(しゅう)(ぜん)到る。衆疑へば定国(ていこく)なく、衆惑へば()(みん)無し。疑定まり、惑(かえ)りて国(すなは)ち安かるべし」。 

一つの善いことをやめてしまうと云うことは、一つの善いことだけの問題ではない、それに伴って多くの善いことがみな廃れてしまう。 

反対に、一つの悪いことを誉めると、際限もなく色々の悪いことが集まってくる。 

どうも近時の日本を眺めておりますと、何かあたらず触らずというか、時には迎合するような空気がありまして、犯罪だの、破壊活動だのというものを厳しく裁かない。その為に次第に善いことが廃れて、悪いことがはびこるという世相になりました。 

一令(いちれい)逆らへば(ひゃく)(れい)失し、一悪施せば百悪結ぶ。善・順民に施し、悪・凶民に加ふれば、令行はれて怨なし。民を治めて平らかならしめ、平を殺すに(せい)を以てすれば、民その所を得て、天下(やす)し」。 

「衆疑へば定国なく、衆惑へば治民無し」。 

民衆が、こんなことでよいのか、と疑心を持ったり、惑うたりする様になると、国は定まらないし、民は治まらない。 

処が、「(うたがい)定まり、惑還(まどいかえ)りて(くに)(すなわ)ち安かるべし」 

是を是とし、非を非として、はっきりと判断をさせると、ああでもない、こうでもないと云うように惑っておったことがはっきりして、国中が安定するてであろう。 

一令逆(いちれいさか)らへば(ひゃく)令失(れいしっ)し」、道に逆らった、真理に違った一令を出すと、百令即ちどれもこれもが失敗します。 

(いち)(あく)(ほどこ)せば(ひゃく)(あく)結ぶ」、一つの悪いことを施すと、百悪が結集する。 

従順な人民には善を施し、凶悪な民衆をぴしぴしと懲らしめるという風にすると、命令が行われて、人民は納得し、怨がなくなる。 

そして政治を行うのに、努めて平和を旨とし、その平和は汚れたり濁ったりしては駄目で、清い平和を以て行いますと、人民は安心しますから、天下は太平であります。漢代の昔も、日本の現代も変わらぬ真理であります。 

        安岡正篤先生の言葉