思いつくままに 平成10年12月2日 日本海新聞潮流に寄稿


 はやきもの
それは水の流れ、百代の過客、光陰などと書き連ねると大層な調べとなるが還暦と共に一市井人となりて過ぎ去りしここ七年は矢の如しであった。この間敬愛してやまないまだ若いと言える知人友人の死をただ呆然と然し厳粛に受けとめた。悠々たるかな宇宙のことなどと思いを馳せていても天地自然の創造進化の必然は一刻の休みもなく粛粛と行われている。人の生死の後先などはつかの間のことなのであろう。

 微妙なるもの

初夏のこと、とある昼さがりクラシックを聞きながら屋敷の庭をいじる。驟雨〔しゅうう〕に驚くがままよと濡れるにまかせるも冷えるので切り上げる。明るい浴室で暖かいシャワーは心地よい。衣を替えて実に爽快な気分で書斎に入る。机上には友より文きたる。急ぎ封をひらけば懐かしい数々が心を豊かにしてくれる。持つべきは心の友なりとふと窓をみれば夕立は去り早や薄日がさしている。庭の樹木に眼をやれば雷雨は雨滴となり青葉、青葉を伝わり落ちて時折キラッと露光る。思わず硯を持ちて受けとめたい衝動が湧く。五滴六滴で海は既に満潮。落ち着いた心で墨をする。友への筆をとる。陽はまだ高い。

人間の暮らしとか営みには微妙なるものがある。自然で素朴なのがよい。現代諸悪の根源は成長至上主義にある。人物育成も経済も追求が余りに急すぎた。組織の自己増殖の過程でそれを失ったであろう現代人の悲哀が聞こえる。微妙なる営みの中に人間らしい含蓄、風韻が生まれる。その為には発酵と熟成の時が要る。それには自然になることよ、虚を以て養うことよとの内なる声が囁き呟く。 

 失せてゆくもの

若さとは何と素晴らしきものか。未来がある。いのちが溢ふれている。万金のカネ地  位など比較にならぬ。若さのさ中はその価値に気づかない。失いて初めて知る。加齢と共に父も母も失い友も失ってゆく。老齢になり健康も一つ二つと失ってゆく。それが生けるものの定めだと沁々と知る。

 ついのもの

近年日本の古きものに一段と関心を深める。人間は加齢と共にルーツを求めるのであろうか。自分を産み且つ育てた大自然への愛着。友なる山川草木。そこに生まれる生きとし生けるものへの熱い眼差し。人間は皆同じと言う連帯感。どんなお方も人生で尊いものを學んでおられる。人間互いに師であり友であると切に思う。人間の表層に付着する世俗的なものは一過性に過ぎぬ。これに囚われるとものの本質を見失う。人間の在り方の基本は恭倹であり慎独だよとおっしやった安岡正篤先生の俤の浮かばぬ日はない。

先般車中で無心に読んでいる老婆に驚嘆する。近来、苦心探求中の正法眼蔵ではないか。日本の庶民はレベルが高い。仏教に関心を以て久しいが般若心経は高神覚昇師で自分なりのものとし朝の読経は懈怠ない。東大寺前管長の平岡定海師が二月堂ご住職の頃、般若心経の中から所望通りに揮毫して頂いた私の究極の悟言を軸にした

[心無 礙 無 礙故 無有恐怖 遠離一切]である。一切は心より転ずと頭で理解していても解脱は至難である。只管打座もせず身心脱落出来る道理はない。まさに迷悟は我にありだ。そこにさる高僧の話で多少安堵する。曰く、成仏とは生きて悟る即ち人間らしい人間になる事だと。今からでも遅くはあるまい。来たるべき日までの一日一日を修業と心得たい。 

 生きてこそ


密かに思う。迫りくる更なる老いと旅の終わりを。人生への諦観が自然に深められ静かな心で迎えたいと。大河への合流が自然であれと。身は大自然に還るとも心事は留めたいとも。そして静かに人知れずお暇乞いをとも願う。瞬間は自他も時空も越えたまどろみの中であろうか。

母なる大自然に同化される日まで、生かされる日々を生き生きて生きたい。往生は一定(いちじょう)なるが故に生きてこそ日々是好日(にちにちこれこうにち)でありたいと願う。
                鳥取木鶏クラブ 代表 徳永圀典