この国を思う その五 安岡正篤先生 

平成21年11月

日本的民主主義 日本的民主主義 日本的民主主義
 1日 議会について 今後、議会の最も大切な根本問題は外国の浅薄な模倣に過ぎない民主主義ではなくて、日本の伝統と個性に応じた日本的民主主義を実現することであります。本来、民主主義なるものは多くの識者が言明しておりますよう に、それは単なるイデオロギーや、政治の一形式に過ぎぬものではなく、人々が何事かあれば寄り合うとか、物は相談という風に民族と生活と歴史の中から自然々々に出来上がった政治的良識と習慣との体系化したものであります。
 2日 民主主義の

流派「英国流」
自由諸国の民主主義を要約すれば英国流と米国流との二つがあります。堅実な個人主義に立ってローマのシーザー以来度々の侵略服従による王権政治とこれに対する反攻闘争の民権主張との長い軋轢の間に、両者の良識が、問題の幸福な解決のために暴力では到底得られない結論をお互いの 隔意のない十分な討論を以て導き出しその決定に対しては潔く服従してゆく文字通り議会制度を発達させたのが英国流である党が反対党の説に耳を貸そうとしなかったり反対党が耳を貸せられないような暴言等をやるようになったら英国流の民主主義ではありません。
 3日 民主主義の

流派「米国流」
アメリカの民主主義は辺境フロンティアに向って勇敢に進んだ開拓者パイオニアの開拓した自力自治的社会から段々に拡充された協同体自治州、合衆国に自己の信頼する代表者を送って議会を作り政党が出来それに公正 な討論を行わせ、その結論に服従し協力してゆくことを本領とします。議員が国民の信頼を負わず、公正な討論が行われず、国民に自治能力が無ければアメリカの民主主義ではありません。 
 4日 日本の民主主義は 日本はその何れでしょうか。
何れでもないことは明瞭です。

日本は日本民族の生活と歴史の中から妥当な日本的民主主義を具現せねばなりません。
しかして何れにしても民主主義は畢竟近代イタリア建設の先覚マッチー二が巧みに道破致しました通り、progres  of  all、through all、under the leading of the best  and  wisest でなければならぬのであります。
 5日 民主主義とは 1 民主主義とは政治家が民衆に迎合し、民衆を放埓にすることではありません。
それは民衆自体の破滅であります。

1議員定数を相当数に減少し、議員の品格責任を正し、公費の濫費を戒める。

2議員資格を正す適当な法規を定め責任ある推薦母体制を採らせる。

 6日 民主主義とは 2

3醜悪な自薦運動を禁じ、当分小選挙区連座制を厳にし、選挙費の軽減を図る。
4議員は官吏を兼ねるを得ぬものとする。
5両院議員の公人としての責任を厳正にする。

6議会の図書館、調査会等を活用し、議員の教養と活動との向上を図る。

7選挙民の政治教育の普及向上を図る。

 7日 財政経済

義と利 
今日、財政経済を以て日本の将来を決定すると思う者があるならば、それは本当に財政経済を知る者ではありません。 時代を動かす最も根本的動力は常に精神的道徳的努力であり、深い精神的情操的生活が総ての物質的生活問題の有効適切な解決を助けるのであります。この意味に於いて誠に「義は利の本」であり(左伝)、「利は義の和」であります(易経)。
 8日 日本人の特色を 技術的経済的発展が益々各国民の差別を無くすればするほど、我々日本人は他国人に比べてどういう特徴を持つか、我々の独自の特色は何かということを熟考しなければなりません。 技術的国際化の過程において日本の特色を無くすることではなく日本の特色を国際的発展の内部においても益々力強く発揮することこそ日本にとってのみならず、あらゆる国民にとって大きな利益であるのであります。 
 9日 財政経済の精神 1 国民が生産勤労を楽しめるようにすることが財政経済の精神である。

2.真面目な行政整理(人員よりも寧ろ機構や冗費)を実行し思い切って国費の節約を図る。

10日

3.徴税政策を一新し、間接税を本位とし直接税を軽減する。

4.産業の堅実なる助長を旨として金融及び租税政策を立てる。
11日

5.都市の腫瘍的膨張を警戒抑制し農民人口は全人口の四割を維持し農村経済の公正な振興を図る。

6.農業の科学的進歩を促進すると共に農工商業の有機的経営を図る。
12日

6.農業の科学的進歩を促進するとともに農工商業の有機的経営を図る。例えば、酪農とその多面的製造工場、綿農業と綿工業、穀産と粉食工業等。7.資本家企業はいわゆる資本主義的悪弊を戒め

東洋本来の正しい経済(経世済民)観念を養い教養の進歩を図り政府及び学者と協力し産業科学の研究その他教育教化に貢献し産業の発展、文化の進歩のために尽さねばならぬ。
13日

8.労働組合の健全な発達と、教養の向上を図り、唯主義的階級闘争的思想行動を排脱させねばならない。
9.有力な経済政策研究機関を動員して、国民経済の安定と国際経済

に対処する大計を常に攻究立案させる。経済のような最も活きた現象を講壇学者の定型的イデオロギー(資本主義と社会主義共産主義)に依って律せられる考は愚であること。
14日 10.科学技術を精究して資源の不足を補い、深山幽谷島根(長大な沿岸遠浅部面)を開発して、内は失業問題を救い、自給自足経済を充実しつつ外は世界経済の分業的発展に努力し帝国主義的植民地を排斥して世界の未開発地域の開発貢献のためら有徳有能の移民を要請実行する。 一例を挙げれば、原子力を待つまでもなく、既に現在無煙突ボイラーが発明されている。これが成功すれば、煙突と煤煙は無くなり低カロリー石炭や亜炭で十分効用を発揮し良質石炭の欠乏を歎ずる必要はなく、塵芥まで一切熱力化し一つの偉大な産業革命となる。
15日 皇居を信州安曇平に 例えば、沼津の田中清一氏多年の調査研究の結果になるのは日本の脊梁山脈に沿って縦走する超高原道路の敷設、これに伴う無尽蔵の資源電源の開発,治水の達成等の案はすでにアメリカG・H・Q天然資源局の偉大な共鳴を博し目下政府も漸くこの研究に着手している。この田中案の要旨は左のようなものである。 氏の意見では、皇居は信州安曇平に造営すること。この信州安曇平は日本の真中であり、日高見にして誠に清々しいところで、本州中の大河川は殆ど、これを源として流れ出で、周囲には日本アルプスの霊峰聳え立ち尊厳極まりない清浄地に拘らず、比較的降雪も少なく寧ろ東京より少ないように思われる。
16日 国土計画

(戦後早々の所見)

かかる清浄地を皇居と定め、これを根本として国土計画に依る道路を敷設する。まず大阪より近江平野を通り、濃尾平野の中心を通り、信州伊那谷を経て諏訪湖に至り、旧中仙道を小諸より軽井沢に出て高崎足利を経て那須を通り、仙台盛岡を経て青森に至る。
いわゆる脊髄とも称すべき一線に、百間幅の超高原道路を建設し、

その両脇二十間宛を往還の道として真中六十間は緑地帯とし、平地にして水利の便ある所は農耕地とし丘陵の地は牧場または果樹林とし北と南の重要港よりは肋骨型に適当幅の道路を設けて運輸交通の便を計り、そして諸官庁及び学校、総て生産を伴わざる施設はこの道路ら添う現在不毛の土地、または常に不在の土地に移すこと。
17日

そして国内の南に面する平坦肥沃にして一年間二毛作を収穫し得る所は、挙げて農耕地となし今日の如き食糧の不足を来たすことのない食糧自給自足の画期的国土計画を立てる。大河川の河口デルタ地帯は農耕地として最も適当なことは論を要しない。

しかし建築敷地としては地盤が弱く不適当であってわが国では最近百年程の間に十数回の大地震に依る家屋の倒壊及び大火災と大海嘯(だいかいしょう)の災害を被って、その都度国民の塗炭の苦しみを受けてきたのである。
18日

今後と雖も、度々周期的に必ず起こるものとせねばならぬ。それに引き換え丘陵地及び海抜百メートル位より以上の所は概ね地盤堅く、建物の建築には至って安全である。

取りも直さず平坦肥沃にして耕しよく、しかも収穫高の多い所は農耕地として耕せよとの自然の教訓であり真理である。
19日 然るに日本の農耕地の五十パーセント以上は冬寒く斜面の段々田畑であるので、一年間一毛作であり常に不作地なのであり、十メートルも隔たずして石垣または畦に突き当たる等牛馬による農耕すら満足に出来ず。 至って不能率であり、いわんや機械化農業等は到底望むべくもなく一片の机上空論に過ぎぬ。ことに斯かる農耕地は冷害及び旱魃にて逐年飢饉は免れない。これが日本の現在における農業の有様である。
20日

およそ食糧自給政策を第一義とする国土計画を立てようと思えば、まず平坦地と、海抜百メートル以下の所は出来得る限り農耕地とするという国憲を定め、農業、漁業、製塩業その他の海産物採取業、これに直接関係する海産物処理工場、肥料工場、造船等に従事するも

の外は、平坦の地には住まないということにし、ことに南面豊穣肥沃の地は挙げて農耕地となし食糧自給対策を根本とする国土計画を立てることによって食糧自給国家となり真に平和愛好の民族として世界平和に貢献することが出来る。
21日

また水力電気五百万キロを増加せしめることが出来、三に失業問題が一挙に解決し、四に十年斧鉞(ふえつ)入れざる大森林の開発による木材業が活発化し

五に、その新道路を開く片端から土質を検査して行けば新たな地下の資源が続々発見せられるに相違ないーーと。 

22日

また、例えば水産界の篤志家宮城新昌氏により、四千キロにも及ぶ日本沿岸の島根(たな、遠浅部面)を利用して、海藻魚貝類を養殖し、食料肥料薬品等水産工業を興す偉大な研究がある。

また最新の葉緑素工業において日本の養蚕は葉緑素源として英米の牧草の比ではないことが実証され、養蚕処理法が進歩すれば、大きな未来が約束されている。
23日

それよりも、食糧問題に世界的光明を与えている不思議な水藻クロレラが将に工業化しようとしている。人間の叡智と努力とはいかなる逆境からも意外の創造を成し得るものであり、自然は人間のために正しく宝の無尽蔵なのであります。

またその一例として昔から日本にありたれた葛について申しましょう。こういう例は楮についての宮城白石の佐藤忠太郎氏の、野生竹に関する恵氏の研究など現在決して少なくありません。
24日 「葛は日本の山野に自生しているが米国ではこの日本の葛が砂防用に最適の植物であり、さらに土壌の改善に有効である事実も知って、この二十年来栽培し増殖してきている。本来の日本では一向に顧みられなかったのは全くおかしな話である。 葛の用途としては第一にパルプ、これは布と紙の原料になる。第二は澱粉、第三にタンニン、第四に飼料である。さらに砂防用とし、第六には、根瘤(こんりゅう)による肥料の形成者として、第七には葉緑素の原料として新興の葉緑素工業に有望視され出している。
25日

百万町歩の土地に葛を栽培するとパルプが二百万トン澱粉が二百万トンとれる。その素を肥料にすることによって四千五百万トンの飼料それによって六百万頭の牛が飼え百五十万トンの肉が得られる。日本の風土には誠によ

く適応していて、どんな荒廃ちにも強く繁殖する。山の多い日本ではその斜面を利用し堤防を利用し池や川のほとりを利用すれば同時に治山治水の役目を果たしながら衣料繊維原料のパルプ食糧飼料の大増産に貢献する。
26日

百万町歩の土地に葛を栽培するとパルプが二百万トン、澱粉が二百万トンとれる。その素を肥料にすることによって四千五百万トンの飼料、それによって六百万頭の牛が飼え、百五十万トンの肉が得られる。
日本の風土には誠によ

く適応していて、どんな荒廃ちにも強く繁殖する。山の多い日本ではその斜面を利用し堤防を利用し池や川のほとりを利用すれば同時に治山治水の役目を果たしながら衣料繊維原料のパルプ食糧飼料の大増産に貢献する。
27日

さらにこれを麦畑などに栽培すれば、段に五、六十本で一面に広がりながら、その根の根瘤バクテリアによって肥料を土中に生産して地味を改善しながら麦を育て、葉は牛を肥やし、茎は強靭な繊維を作るというほどに多角的な有用植物である。

日本の農地は全面積の十五パーセントに過ぎないと言われるから、葛の栽培の可能な面積は莫大なものであろう。米国では既に栽培面積は八百万エーカーに達し更に拡張中だという。
28日

繊維としての葛の性能は朝の八十パーセント、マニラロープの代用になる程である。衣料資源に乏しい日本としては、新興の合成繊維工業と結んで、葛からのパルプを衣料化する点に着目しなければならない。

さらに最近燎原の火のように利用範囲を拡大しつつある葉緑素の資源としてその含有量において注目されている。葛の栽培は、ただ植えつけるだけで手入れもいらないし施肥もいらない。
29日

ただ植えておきさえすればよいのだから、農家の労力を要しない。取り入れるための努力だけであるから、積極的に葛を繁殖させ、これを収穫し利用する方途を講じさえすればいい。全国的に組織的に葛を生産する施設を明日とも言わず即時に実施すべきである。

葛の増産によって治山治水の目的を達しつつ、繊維資源の開発、飼料の増産、葉緑素資源の増強、澱粉増産等々、一石五鳥六鳥のこんな結構なものが足元に転がっているのに誰も手をつけようとしないのは気がついて見れば不思議な話である。
30日

葛をうんと作って、畜産を盛んにし、肉類、酪農製品の大増産を実現して多く安く供給すること、これが食糧問題を根本的に解決むすると共に、

日本の栄養を改善し体位を向上させ健全な精神を養う独立日本の第一に着目すべき基礎工事であろう」。と。経済に行き詰まりはありません。人間が行き詰るのです。