11月20日 忘れるということ

 一体、人間に忘れると言うことのあるのは、いかにも困ったことでもあるが、また実に有り難いことでもある。造化の妙は我が侭勝手な人間の到底窮知(きゅうち)することのできないものがある。

老荘者流は頻に「忘」の徳を説いているが、肩の凝りを解くものがある。是非を忘れ、恩讐を忘れ、生老病死を忘れる、これ実に衆生の救いでもある。

どうにもならぬことを忘れるのは幸福だとドイツの諺にも言っているが、東西情理に変わりはない。忘却ある処に記憶がある。それでまた妙である。

              経世瑣言