安岡正篤先生の言葉 平成28年11月 徳永選

女性は根源的

 よく考えてみると、女性の方が男性よりは根源的ですね。その証拠に、いくら英雄・哲人でも子は生めない。子を生むということくらい自然なことはないですから、やっぱり女性、そこで根源的なものは女性が本能的にみな持っております。

 だから女性はクリエイティブ、創造的、つまり造化ですね。あらゆる意味に於いて造化であります。だから人間の欲望という根源的な衝動から言うと、女性は男性に比べて無欲です。

 それから知と情、知能と感情という我々の精神的要素からいうと、どうしても感情の方が理知よりは本質的、根源的、創造的・クリエーティブなものですから、情は本能的に婦人の方が豊かに具えておる。

 情でも、末梢的な情は男が非常に鋭敏ですけれども、優情というような、床しい情というようなものになると、これは女性が本具しておる。本能的に具しておりまする

 知でもそうでありまして、男は理知に長け、論理的な知識に長けますが、女は直感に富んでおる。だから女の女らしさというものは、直感、優情、無欲、そういうところにあるわけです。  十八史略

父とは

 それに加えて近代の急速な大都市化、これに伴ってサラリーマン、ビジネスマンが都心から離れて接続都市へどんどん移る。いわゆるメトロポリタンからメガロポリタンになるにつれて通勤に時間を要する。一時間、二時間とかかるようになる。往復二時間、三時間となる。そうすると朝早くから出てしまい、夜遅くでなければ帰れぬ、帰っても書類を抱えて、夜も仕事にかかるというわけで、次第に子供からinvisible、見えない父、会えない父になり、やがて lost fatherになってしまうということが悩みの一つ。

 それから、近代の社会生活の激変に伴って、家庭生活もだんだん変化し、子供と父というものが何かにつけて疎隔してゆく。父そのものも仕事に追われ、世の中の変化に賢明に順応してゆくことができない。次第に自負心・自尊心を失って、よく目に映る言葉で申しますと、「the authority relinquishing fathers」、authority、権威というものを放棄、relinquishする。「父たる権威というものを放棄する父親」が多く出来る。

 家庭においても、子供は本能的にその「愛」を母に、その「敬」を父に自ら求めておる。父は子にとって本能的に「敬」の対象でなければならぬのです。言葉とか鞭で子供に対して要求したり説教したりする前に、父自身が子供から「敬」の対象たるにふさわしい存在たることが肝腎です。

 父の存在そのものが子供に本能的に敬意を抱かしめる、彼の「敬」の本能を満足させる存在であること、それが父たるもののオーソリティ、authorityである。だから父の存在、父の言動そのものが子供を、知らず知らずのうちに教化する。やさしく言えば、父の存在・父の姿・行動が、子供をして本能的に真似させられるものでなければならぬ。  運命を開く