平成の大乱 平成11年1月14日 日本海新聞潮流に寄稿

@日本歴史の乱と称するものは私の調べでは一八ツある。最大のものは応仁の乱。近世最 後は大塩平八郎の乱である。皮肉な話だが平成に入り経済、社会は大乱と申してよいの ではないか。最早、戦さの内乱は無いとすれば経済、社会の大混乱は乱と称してよいと 思われる。私は本欄に、天の法廷、襲いかかる肉食獣、指導者のブザマな国、マネーウオー敗戦、滅びの原理、混迷の奥に見えるもの等々ここ一年に寄稿したが結果的にそれ を証明している。

A聞く処では日本の官民のマネー約一兆ドルが米国に流れていると云う。一九七一年ニク ソンショック時、世界の外為市場は総て閉鎖したのに大蔵省は1週間開放したままで洪 水の如くドルが流入してバブルを発生せしめた。この時は日本は成長中であり切り抜け る事が出来た。この外為会計の膨大な資金、資金運用部のカネ等は誰も詳しく語らぬ。共済年金への不透明な年々の資金供給、国家外郭団体の甚大な不良債権。資金給付側の 国民資産は恐らく腐りきっているであろう。真の国益に役立っているのか疑わしい。それでも真のメスを入れようとしない日本。
これらのカネを一部中枢官僚とか為政者が恣意的?に米国支えの為に多年に亘り放出していると云うと間違いであろうか。この運用で真の国益を守ると云う原則が確立していたのか、多分そうではあるまい。米国に脅さ れ安易に利用した不透明なカネが巨大に累積されていると私は洞察している。


B余りに巨大な大蔵省の行政権限。そし国益を真に考慮しないで米国の独善的な手法に同 調し協調した結果が現在の経済現象の遠因であろう。何れも強烈過ぎたが故に反動が起 き両者は自己崩壊しつつある。大ローマ帝国が滅びたのは他に非ず己れにあった。


C近年は社会現象でもオーム事件初め淳君事件、毒カレー事件等々枚挙に暇が無い。このまま推移すれば間違いなく日本は本当におかしくなる。矢張り親も社会の親たる指導者 も自己責任を果たしていないからではあるまいか。マアマア現職の時は無難にと云う、真の責任と見識を発揮しないと云う処にあるのではなかろうか。皆が渡れば恐くないと 云う農耕民族の特色か。

 私のような一老人は何らの力もないが若い青年も覇気を失い立ち上がらない。あの全学 連の東大紛争は良くは無いが元気が無い現代の学生がなさけない。国民全体が小金を持ち小成に甘んじてしまっているのが実態か。このままではトコトン行き着く処迄行かね ばならないのか。

Dさて今年はどおなるのか。私は今年は運命の転換点と思っている。物事の趨勢と云うか 流れは水の流れと似ている。昨年は千代川の洪水の濁流の勢いと同じ。一旦始まった巨 大な社会経済現象の奔流を塞き止めるのは実にその水流の数倍のエネルギーが必要。現 在日本人はその認識と覚悟を先ず真剣に確立しているか。私はそうではないと思っている。
能力も高く多分本当の処では多くの人は分かっていると思う。それだけに見てみぬ 振りして物事が惰性で悪化して行くのが残念なのだ。経済も社会も教育もだ。こんな事 で良いのであろうか。


E今年の日本が成功するようにひたすら祈っている。行き着く先は誰にも分からない。然し私は悪い予感を持つ。日本は最早、国にカネは無い。国債評価が下がった。当然であろう、凄い発行額だから。後は大増税か大インフレか、ご破算で願う事になるのか分か らない。然し最後は国民が尻を拭わなくては国は保てない。国家あっての国民と云う事が忘れた頃にやってくる。

それにしても昭和とは書経の百姓昭明、協和万邦が出典だが戦争に明け暮れた昭和であった。さて平成は、国の内外にも天地にも平和が達成されると云う趣旨である。

国の内はご案内の通り、国の外は近くを初め物騒だ。天地は如何。何やら巨大なものが近づきつつあるらしい。日本人の目を覚ますのはそれを待つしかないのであろうか。

将に平成の大乱と云うにふさわしい近年である。我々は大乱の入り口にいるのか、真っ只中にいるのであろうか。そうであって欲しくないと心から願っている。
                  鳥取木鶏クラブ 代表 徳永圀典