カミ・神・ゴッド  平成14年1月4日 日本海新聞 潮流に寄稿

@ お正月には蔵やクドのカミ様にお餅をお供えしている家庭が今でもあろう。地鎮祭、木霊、刀鍛冶の火にもカミを意識しカミに近づくためミソギをして穢れを払い清浄になろうとする日本人。深層心理は無意識にカミを感じている。古大木とか、イワクラと呼ぶ巨岩、滝とか雷にも古代の日本人はカミの宿りを感じた。これが伝来の日本のカミである。太陽もカミとして日々祈っている人も多かろう。

実りの秋になると新嘗祭として五穀豊穣の感謝祭を行う。天皇が即位された時に行う大嘗祭は紛れも無く農耕民族の自然崇拝の産物である。天地の恵みをカミに感謝するお祭りだ。日本人はこのようにして自然をあがめ自然現象をもカミとしてあがめその恵みに手をあわせてきた民族である。人間を超えた大きな存在が天地宇宙に存在しているのは事実だ。

その天地自然の到る所にカミを感じてきた日本人、将に八百万のカミガミがおわす日本国なのである。日本とはこのような意味で縄文時代からカミガミの国なのは歴史的事実である。異議を唱える人々は真の日本を知らぬか、為にする輩か偏向したイデオローグで素直でない。日本は紛れもなくカミガミの国である。故に2千年前の日本国の創始者達は自然のカミガミをあがめる司祭者を天皇としたのであろう。2千年前から連綿としてこのような国である。歴史的に天皇を非政治的存在としているのは日本人の偉大なる英知である。

A話が外れるが他国の元首である大統領が金銭的汚職とか非人道的なことをして国外追放される。共和制で、お金、武力、権謀術策を駆使して元首になった人物が国の象徴として誕生したら多くの日本人は尊敬の念を起こさないであろう。クリントン、毛沢東、スターリン等が好事例だ。さすれば日本は大混乱し永久に人心は安定すまい。

日本は実に素晴らしいシステムを古代から創造している。世界に冠たる仁と忠恕の徳を備えた、生まれながらのお方が象徴として存在するだけで違う。天皇を神格化してはならないが人間としての努力と献身があり他国に比して尊敬に値する存在である。諸外国は心中羨ましく思っているのを知らないのは日本人。この天皇を悪用する方が悪いのだ。それは戦前は軍閥や政治であり戦後は大マスメディアとか進歩的文化人だ。

B横道にそれたが、カミ様にお祈りするノリトは祝詞と書くが清浄のために払えたまえ清めたまえの繰り返しである。カミの道には戒律や教義は無くひたすらカミへの畏敬と豊穣の感謝と繁栄への祈りである。一方、西欧の神、キリストでもユダヤ教でもイスラムでも天地創造をした唯一絶対神ゴッドである。
仏教でも同様だが神道以外の宗教は必ず戒律を持ち信者に対して戒律を破ると煉獄とか地獄に落ちると脅している。これが他の宗教の本質である。キリスト教は歴史的に宣教師を尖兵として後進国を植民地化した。明治以降、日本古来のカミを西欧のゴッドと同様なものと、米国宣教師が誤訳してしまった。その為にそれまでの縄文以来の大和ことばのカミが持つ概念が消え去った。そして西欧的概念のゴッドと同様になってしまった。これは津田左右吉氏も指摘している。

ここに現代の悲劇がある。戒律、教義のない神道は厳密には宗教に非ず、自然そのものであり、宗教法人に相応しくない。日本人は西洋神ゴッドと日本のカミを峻別して理解しなくてはならない。又、明治以降特に軍閥と政治が天皇という歴史的に非政治的な存在を国の発展途上で悪用してカミの道を誤解させ誤解を世界に拡散させてしまった。戦後は一部ジャーナリズム等に責任がある。日本人はこの事を確りと認識し誤解を世界に向けて解かねばならない。それには国民一人一人の自覚が大切である。

C昨年7月13日から靖国神社のみたま祭があった。思い立った私は妻と急遽上京し参拝した。質朴で、カミの道らしいものと誇りさえ抱いた。簡素、清潔、清浄、荘厳こそ日本のカミ様の姿である。日本のカミガミとは先祖の事でもある。私が死ねば徳永圀典命「ミコト」のカミとなる。これを他国の文化とか宗教意識で非難される筋合いは毛頭無い。

D日本は中国と異なり死者を鞭打たずの民族的歴史的な感性がある。死者は平等である。中国のように墓を暴いてまで死者を侮辱せぬ心情が存在する。我々の伝来の文化、信仰を他国から云々されるのはご免蒙る。

E米国のミアーズ女史はカミの本質を正しく洞察している。日本の伝統神事は肉体的満足の対象である食物、精神的満足を齎す自然美への感謝の儀式だと。日本の優れた伝統の本質を知って欲しい。日本人が黙っているのは民族としての矜持とアイデンティティの放棄である。これでは益々他国に馬鹿にされる。たかが戦後五十年で二千年の歴史を捨ててはならぬ。正しく日本国を学べと言いたい。

                  鳥取木鶏研究会 代表 徳永圀典