早春賛歌   平成14年6月4日 日本海新聞 潮流寄稿

まだ新緑には早いと思いながら奥日光は湯の湖界隈を散策したのは皐月の半ばであった。ここら辺の高度は海抜1500米はあるから新緑満開には少し早い。それでもホテル界隈の桂の大樹林とか裏山の白樺とか新緑の芽立ちであるが全山が白い樹皮と淡い緑で画のようだ。木漏れ陽のさしている中の逍遥に私はいつも満足する。湯の湖を背にして多くの素人画家が山々を写生している。ここを下って行くと湯滝、光徳沼、戦場ヶ原そして小田白原から竜頭の滝を下れば中禅寺湖となる。電気自動車で小田白原樹林の中を静かに走り抜けつつ鑑賞し中禅寺湖の西端に至るのだが白樺貴婦人とか唐松の新芽が美しい。人間は緑の木々に囲まれるとどおして至福の気持ちになるのであろうか。ブナ林が主体だがツツジも咲いているし青い針葉樹も散見されてバランスがいい。途中で下車し竜頭の滝まで川沿いに沿って歩む。セセラギの音がまた心を慰めてくれる。鳥の囀りがまた堪らない。戦場ヶ原の森では梢からカッコウ、カッコウと心地よい涼やかな音楽も聴かれる。いろんな鳥の鳴き声を懸命にパソコンで聞くのだが中々覚えられない。

竜頭の滝近くになるとツツジも一段と多く華やかで大勢の観光客が激流と奔流の渓谷美を楽しんでいる。中禅寺湖畔の散歩道も雰囲気がいい。鱒の養殖場で一服し昼食のお握りを食べる。きれいな水が流れる池が沢山ありツツジも映えて有料だが素敵な憩い場となっている。湖岸の西に到ると男体山の雄姿が西日に映えて美しい。ホテルに帰り明日は湯の湖の奥、憧れの金精峠を抜けて群馬に行く予定を車の便がなくやめる。かわりに日光の田母澤元離宮や輪王寺庭園の新緑を楽しむ。アジサイの葉を一枚頂いて自宅に移植した、どんな花か待ち遠しい。

夏はやはり信州であろうか。登山好きな私には上高地から唐沢、穂高岳となるのだが妻との旅行ではそうもいかない。軽井沢は今や通俗だが、当初はあの大木のモミとかヒマラヤ杉の鬱蒼たる冷やりとした夏には感動した。自転車でスイスイと涼しい散歩もしてみた。可能なわけはないが、夏はココに住みたい、羨ましいなと思ったが大別荘の所有権が転々と変わる栄枯盛衰を聞いたり軽井沢の厳冬を聞いて怖気づく。万平、鹿島の森、プリンスホテルなどを経験すると、奥地の星壷、星野温泉で小鳥の囀りを聞けるなど実質的なものに変化していきた。新幹線の駅が出来てから昔の情緒も無くなり魅力を感じなくなった。それでも旧碓氷峠見晴台から眼下に見た軽井沢とか妙義連山に夕闇せまる深い山並みには暗愁を感じて忘れ難い。

信州はなんと言っても浅間山だ、白い雲と抜けるような青空とこの山はとても良く似合う。近年は蓼科が私達のお気に入りとなっている。庭園と彫刻の素晴らしいホテルだが温泉もある。バラクラ庭園も近くにあり楽しんだものだが近年は商売本位となり魅力も薄れた。以前は若い女性が堆肥のプンプンするような耕作をして花の栽培をしていたのに販売主体となってしまって味気ない。ここらは日本の中心で白樺湖も近いし車山の展望は360度だ。富士山から八ヶ岳は言うを待たないが、南アルプス、中央アルプス、御嶽山、北アルプスと遠望できる。リフトで登頂できるし高山植物も多く老夫婦にはもってこいだ。諏訪湖の夏は藻の繁殖で緑色となり汚く失望する。厳冬の神渡り神事の湖とは思えない。諏訪神社の神様もお嘆きであろう。

失望したのは小諸である。小諸なる古城のほとり雲白く遊子かなしむ、の島崎藤村の詩は大昔の話で懐古園内は動物の臭いと管理の知恵の欠落を印象づける。眼下を流れる信濃川の雰囲気は素晴らしいのだが。小海線は時間がかかるが、小淵沢から甲斐駒ケ岳の雄姿を楽しみつつ、八ヶ岳も見られるし、清里など避暑地の樹林を眺め徐々に高度をあげて日本最高標高駅も通過してノンビリとしていい。私達は老人であり人ごみを避けたく夏休みとか冬休みとか連休の旅行はしない。だからサービスがいいのかもしれない。