美しい日本かみなづき 神無月  おくのほそ道
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふるものは、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せりあり。予もいずれの年よりか、片雲の風にさそはれて、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やや年も暮、春立る空に・・・・・。登山やら旅行の好きな私もいつの日にか、登山好きの心友と芭蕉の歩いた通りにおくのほそ道を歩いてみたいと思っている。そのおくのほそ道、断片的ながら要所を紙上にて訪ねる

1日 旅立
千住大橋
弥生も末の七日 明ぼのの空蝋蝋として 月は有あけにて ひかりおさまれる物から 富士の峰幽に見えて・・
旅立ち、庵の柱に懸置いた句
草の戸も住替る代ぞ雛の家
矢立の初めの句
行春や鳥啼魚の目は涕
(ゆくはるやとりなきうをのめはなみだ)
2日 室の八嶋 此神は木の花さくや姫の神と申て富士一躰なり。 句碑あり、ものいへば唇さむし秋の風
3日 日光 卯月朔日 御山に詣拝 往昔此御山を「二荒山」と書しを空海大師開基の時「日光」と改給う。黒髪山は霞かかりて雪白し。 夏山に足駄をおがむ首途哉-かどでかな
剃捨て黒髪山に衣替
-ころもがえ-曾良
4日 日光 千歳未来をさとり給ふにや 今此御光一天にかかやきて恩沢八荒にあふれ 四民安堵の栖穏也 猶憚多くて筆をさし置ぬ かさねとは八重撫子の名成べし 曾良
あらたうと青葉若葉の日の光
5日 日光 二十余丁山を登って滝有。岩洞の頂上より飛流して百尺千岩の碧潭に落ちたり。 暫時は滝にこもるや夏の初
(しばらくは滝にこもるや夏の初め)
6日 雲岸寺 卯月の天 今猶寒し 十景尽る所 橋をわたって山門に入。
啄木-きつつき-も庵-いおり-はやぶらず夏木立
句碑あり。山も庭もうごきいるるや夏ざしき
7日 殺生石 殺生石は温泉-いでゆ-の出る山陰にあり、石の毒気いまだほろびず。 落ちくるや高久の宿のほととぎす
木の間をのぞく短夜の雨
 曾良
8日 芦野の里 田の畔に残る--この柳見せばや-などと折々にの給ひきこえ給ふを、いづくのほどにや-と・・。 田一枚植て立去る柳かな
9日 白河の関 心もとなき日数重なるままに白河の関にかかりて、旅心定まりぬ。 風流の初やおくの田植うた
卯の花をかざしに関の晴着哉 曾良
10日 須賀川 とかく越行ままにあふくま川を渡る 世の人の見付ぬ花や軒の栗
11日 しのぶの里 あくれば、しのぶの里に行。 早苗とる手もとやむかししのぶ摺-すり
12日 佐藤庄司が旧跡 尋づねたづね行に丸山と云に尋あたる「是庄司が旧館也麓に大手の跡」など人のをしゆるにまかせて泪を落し又かたはらの古寺に一家の石碑を残す
堕涙の石碑も遠きにあらず寺に入てちゃを乞へば爰に義経の太刀・弁慶が笈をとどめて什物とす
笈も太刀も五月にかざれ帋幟-かみのぼり-
13日 笠嶋 是より右に見ゆる山際の里をミのわ・笠嶋と云 道祖神の社・かたみの薄今にあり」と をしゆ。 笠島はいづこさ月のぬかり道
14日 岩沼の宿 武隈の松こそ目覚る心地はすれ。 桜より松は二木を三月越し
15日 宮城野 歌枕として聞こえた木下の薬師堂にも句碑あり。 あやめ草足に結ん草鞋の緒
16日 多賀城 壷碑-つぼのいしぶみ-市川村多賀城あり。・・むかしよりよみ置る歌枕、多く語り伝ふといへども、山崩川流て、道あらたまり、石は埋て土にかくれ・・ うたがいなき千歳のかたみ、今現前に古人の心をけみす。行脚の一徳、存命の悦び、羈旅の労を忘れて泪も落るばかり也。
17日 松嶋 日既午にちかし、船をかりて松嶋に渡る、其間二里余、小じまの磯につく 雲折々人を休め類月見可南
18日  山上の登米神社に芭蕉の句碑あり。 雨降らずとも竹うへるひとのみのとかさ
松島や鶴に身をかれほととぎす 曾良
19日 中尊寺 三代の栄耀一睡の中にして大門の跡は一里こなたに有 秀ひらが跡は田野になりて金鶏山のみ形を残す。 夏草やつはものどもが夢の跡
20日 兼て耳驚したるニ堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め三尊の仏を安置す・・ 五月雨の降残してや光堂 
21日 尿前の関 尿前-しとまえ-の関にかかりて出羽の国に越えむとす。 蚤虱馬の尿-ばり-する枕もと
22日 尾花沢 尾花沢にて清風というものを尋ぬ。かれは富めるものなれども、心ざしいやしからず。 涼しさを我宿にしてねまる也
這出よかいやが下のひきの声
まゆはきを俤にして紅粉の花
23日 立石寺 山形領に立石寺と云山有。 閑さや岩にしみ入る蝉の声
24日 最上川 最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云、おそろしき難所有。 さみだれをあつめて早し最上川
25日 羽黒山 本坊にいて俳諧興行。 有難や雪をかほらす南谷
26日 月山 月山に登る。木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、強力というものに道びかれて・ 涼しさやほの三か月の羽黒山
雲の峯幾つ崩て月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂哉
湯殿山銭ふむ道のなみだかな
曾良
27日 鶴岡 川舟に乗て、酒田のみなとに下る。 あつみ山や吹浦かけて夕すずみ
暑き日を海に入れたり最上川
28日 象潟 江山水陸の風光数を尽して、今象潟に方寸を責む。 象潟や雨に西施がねぶの花
汐越や鶴はぎぬれて海涼し
29日 象潟 祭礼 象潟や料理何くふ神祭 曾良
30日 象潟 岩上のみさごの巣を見る 波こえぬ契ありてやみさごの巣 曾良
31日 越中 越中の国一ぶりの関に至る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。 文月や六日も常の夜には似ず
荒海や佐渡によこたふ天河