美しい日本 しもつき 霜月  おくのほそ道2

1日 けふは、親しらず子しらず・犬もどり・駒返しなど北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引きよせて寝たるに、一間隔てて、・・若きをんなの声・・ 一家-ひとつや-に遊女も寝たり萩と月
2日 是より五里磯づたひしてむかふの山陰に入、あまのとまぶきかすかなれば、芦の一夜の宿かすものあるまじ。と言いをどされて、かがの国に入。 わせの香や分入右は有そ海
3日 去年の冬早世したりとて、其兄追善を催すに、 塚もうごけ我泣声は秋の風
4日 ある草庵にいざなはれて・・ 秋すずし手毎にむけや瓜茄子
5日 途中吟 あかあかと日は難面-つれなく-も秋の風
6日 小松という所にて しほらしき名や小松吹萩すすき
7日 ここ太田の神社に詣。・・・樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁起に見えたり むざむやな甲の下のきりぎりす
8日 山中のいで湯に行ほど、白根が嶽跡にみなしてあゆむ 石山の石より白し秋の風
9日 いでゆに浴す。その効有間に次と云。 山中や菊はたおらぬ湯の匂
10日 曾良は腹を病て、伊勢の国長嶋と云所にゆかりあれば・・ ゆきゆきてたふれ伏すとも萩の原 曾良
11日 行ものの悲しみ、残るもののうらみ、せきふのわかれて、雲にまよふがごとし。予も又、 けふよりや書付消さん笠の露
12日 曾良も前の夜此寺に泊りて、 終夜-よもすがら-秋風聞やうらの山
13日 ・・折ふし庭中の柳散れば 庭掃て出ばや寺にちる柳
14日 又、金沢の北枝と云もの、・・見送りて・・ 物書て扇引さく名残哉
15日 五十丁山に入て、永平寺を礼す。道元禅師の御寺也。 邦畿千里を避て、かかる山陰に跡を残し給ふも、貴き故有とかや。
16日 往昔、遊行二世の上人、大願発起の事ありて、・・・ 月清し遊行のもてる砂の上
17日 十五日、亭主の詞にたがはず、雨降。 名月や北国日和定なき
18日 浜はわづかなるあまの小家にて、侘しき法華寺有。 さびしさやすまにかちたる浜の萩
19日 ここに茶をのみ酒をあたためて、夕暮れのさびしさ感に堪たり。 波の間や小貝にまじる萩の塵
20日 旅のものうさも、いまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮おがまんと、又ふねに乗て、 蛤のふたみに別行秋ぞ
21日
本文
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふるものは、日々旅にして旅を栖とす 古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊のおもひやまず、海浜にさそはれて、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて
22日 やや年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえむと、そぞろがみの物につきてこころをくるわせ、道祖神のまねきにあひても取もの手につかず。 もも引の破をつづり、笠の緒付かへて、三里に灸すゆるより、松嶋の月先心にかかりて、住る方は人に譲りて、
23日 杉風が別野の移るに、草の戸も住替る代ぞ雛の家
面八句を庵の柱に懸置。
弥生も末の七日、明ぼのの空ろうろうとして月は有あけにてひかりおさまれる物から、富士の峯幽に見えて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。
24日 むつましきかぎりは宵よりつどひて舟に乗りて送る。千じゅと云所にて船をあがれば、前途3千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の 涙をそそぐ。行春や鳥諦魚の目は泪。是を矢立の初として行道猶すすまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆるまではと見送るなるべし。
25日 今年元禄二とせにや、奥羽長途の行脚ただかりそめに思ひ立て、呉天に白髪の恨を重ぬといへども、耳にふれていまだ目に見ぬ境、若生て帰らばと、定めなき頼の末をかけて其日漸早加と云宿にたどり着にけり 瘠骨の肩にかかれる物先くるしむ。唯身すがらにと出立侍るを、紙子一衣は夜るの防ぎ、ゆかた・雨具・墨・筆のたぐひ、あるはさりがたき花むけなどしたるは、さすがに打捨てがたくて、路頭の煩となれるこそわりなけれ
26日 室の八嶋に詣す。同行の曾良が曰く「此神は木の花さくや姫の神と申て、富士一体也。無戸室に入て焼たまふちかひのみ中に、火火出見のみことうまれ給ひしより、室の八嶋と申。又煙読習し侍るもこの謂也。 将このしろと云う魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふことも侍し。
27日 三十日、日光山の麓に泊る。あるじの云けるよう「我名を仏五左衛門と云。万正直を旨とする故に、人かくは申侍るまま、一夜の草の枕も打とけて休み給へ」と云。いかなる仏の濁塵土に示現してかかる桑門の乞食順礼 ごときの人を助け給ふにやと、あるじのなす事に心をとどめてみるに唯無智無分別にして、正直偏固の者也。剛毅木訥の仁にちかきたぐひ気稟の清質尤尊ぶべし。
28日 卯月朔日、御山に詣拝す。往昔此御山を「二荒山」と書しを、空海大師開基の時、「日光」と改給ふ。千歳未来をさとり給ふにや、今此御光一天 にかかやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏也。猶憚多くて、筆をさし置ぬ。
あらたうと青葉若葉の日の光
29日 黒髪山は霞かかりて、雪いまだ白し
剃捨て黒髪山に衣更 曾良
曾良は河合氏にして惣五良と云へり。芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水の労をたすく。
30日 此たび松嶋・象潟の眺共にせむ事をよろこび、且は覇旅の難をいたはらんと、旅立暁髪を剃て墨染にさまをかへ、惣五を改て宗悟とす、仍て黒髪山の句有。「衣更」の二字、力有てきこゆ。 二十余丁山を登つて滝有。岩洞の頂より飛流して百尺千岩の碧潭に落ちたり。岩窟に身ひそめて、滝の裏よりみれば、うらみの滝と申伝ー侍る也・
暫時は滝にこもるや夏の初

未完のまま、これまでとす。徳永圀典