カール・ヒルティ

ここに一冊の、古ぼけて手垢のついた本がある。私にとり、思いで深い書物である。20代に、通勤電車で日々触れたものだ。今でもヒルティの言葉を思いださない日はない。3月はこの中から引用したい。徳永圀典
ヒルティ略伝
1833-1909 スイスの聖人と言われた。学者・教授・法務官・国会議員として実践的に働いたばかりか、真実のキリスト教倫理派として活動。悩める者に新しい生命の光を与えた。

3月1日 人間は何らかのものにより生活の元気を支えねばならぬ。それは一体どんなものか。(幸福論3) 若さは早く過ぎ行く。自分の心、力は病気などで酷く打ち砕かれる。心は直ぐ頑固になりすぐ意気粗相。金銭は全く不十分。残るものは現実に信じるものだけに本当の支柱をしかと与える。
3月2日 多くの不品行な人々の持つ不思議とも言うべき魅力は彼らが極めて自然愛を有する、否、少なくとも有する如く見えるという点にある。それもエゴイズムに基ずくと分かれば直ちに魅力も消滅。(幸福論1) 人間は誰でも本性上怠惰だ。日常的な官能的受動的存在から己を高めるには常に刺激が必要。善への怠惰は一般に我々本来の根本的悪徳。(幸福論1)
3月3日 余りにも多くの休息は、あまりにも少ない休息と同じように疲れしめる。(眠られぬ夜のために2) たいくつはあらゆる悪徳の原因になることはしばしばである。(眠られぬ夜のために2)
3月4日 我々が悲哀に打ち沈む時は「自我」がいつもその責を負うている。(眠られぬ夜のために1) 人間生活の内で最も顕著な事は、享楽欲はいつも苦痛を伴い、克己はそれに従って行為する前に既に至高、至善の愉悦を常に結果として伴う。
3月5日 未だ烈しい苦悩も経ず、自我の大きな劣敗を経験しなかった、いわゆる打ち砕かれたことのない人間は何の役にも立たないのだ。(幸福論2) 彼らはその本性のうちに矮小なものを、高慢で己を正しとするものを、無慈悲さをもつものであって、彼等自身、日頃非常に自慢する己の正直にもかかわらず、神や人々から嫌われる。
3月6日 人間知の本来の秘密は、虚栄から出来るだけ自由になった清らかな心情である。このような人々は次第にすべての蔽いを見通す慧眼を得るのである。(幸福論2) 人間知の困難さは一つの科学、例えば心理学の精密さのうちに成立するのではなく、唯、己をいかにして虚しくするかという困難さのうちに存在する。何ものかを望み又は恐れねばならぬ相手について、叉こだわりなく対し得ない人については、凡そ知ることはない。
3月7日 多くの悩みはちょうど堪えられるように出来ている。何となれば、悩みを通してのみ真実の生命の課題が果たされるからである。(幸福論3) 多くの患難を経ざる人間は慶福を注ぎ出すことができない。彼の言葉は、たとえよし感激に満ちて響こうとも正しき感化力をもたない。
3月8日 人間を愛することが出来ない時は、人間を恐れざるを得ない。人は人間に対して無関心に対し得ないし、叉全く彼らより己を解き放つこともできない。(眠られぬ夜の為に2) 悪の力は我々の恐怖である。われわれが悪を恐れなくなるやいなや、悪は弱弱しい存在となる。
3月9日 思い煩いなしに人間生活はあり得ない。否、思い煩いをしばしば多くの思い煩いをして、しかも思い煩いなく生活するということこそ、生活技術であって、それに向かって我々は教育されるのである。(幸福論2) 思い煩いに対する人間の救済的手段の、最上のものは、忍耐と勇気である。更に、最も有効で先ず最初は、働く事、これは精神を忙殺し、不要の思いを除くからである。徳永はこれに肉体労働で汗を流す事を勧めたい。
3月10日 困難な時にあっては、先ずその際感謝に値するものを探し求めそれに対して素直に感謝せよ。そのことはより落ち着いた気分を心情に与えるものである。(眠られぬ夜の為に1) その気分の中ではその他の事柄もまたより堪え得るように見えてくる。このことは絶えざる練習により生活を極めて容易にする良き習慣に段々と変ずることができる。
3月11日 最初に慰めを人間に求めてはならぬ。神に求めなくてはならぬ。そうして人間にはあらかじめ覚悟して対さねばならぬ。かくしてのみ彼らは我々に有益に働きかけ彼等の忠告を正しく受け取り用いることができる。(眠られぬ夜の為に1) スーソーの4ッの交際規則。「1何人にも親切に応対する。2彼と簡単に話す。3彼を慰めて返す。4彼に自分の情を注がぬ。」
3月12日 人間から余りに多くを己に望むことなかれ。もし何物も彼らより望まなくなるや否や、人間は経験上極めて好ましいものになるのである。(眠られぬ夜の為に2) そして彼らはこの利己的にならざる愛を常に本能的に感得する。何人も決して満足せしめえない欲望の多い心さえ全く満ち足らす。
3月13日 粗野な鉄面皮な人々に対しては自己防衛の三ッの仕方がある。無愛想、冷淡、そしてフモール。第一のものは幾分品位を落とす嫌いがあるし、第二のものは人間的でなく、良心に一種の非難を残すものである。唯最後のものこそ、本当の精神的優越を示す。(幸福論21) 人の取り扱いに関する問題は、何はともあれ先ずその人達にある美点を見出し、それを求めようとするか、反対の態度を取るかという事。人間本来の生活で意志が決定的なものとすれば、同様に良き意志如何と善人たらんとする意志の有無如何とが人間との関係と交際に包括的な本来決定的な問題である
3月14日 友情の主要な問題と尺度は我欲からどれだけ自由であるかとの関係の中にある。友情は利益の仲間や遊び相手の関係であってはならぬ。(手紙) 一人が他によりかかったり、当てにしたりするような隠された考えが巣くっている間柄であってはならぬ。
3月15日 力と同時に正しい智慧が生じ、常に適当の場所で、かつ度に応じてその力を用いうるとしたらそれは誠に素晴らしい事柄である。(眠られぬ夜の為に2) 良き性格の主要部分は忠誠と同情心である。この何れか、または両者をさえ欠くなら、人は容易に危険極まる食肉動物に退化する。
3月16日 日頃の性格をつくるのは、多くの人にとって元来稀有に属する偉大な行為ではなくして毎日の些事である。(眠られぬ夜の為に2) 良い衝動にはいずれにも即座に従うという習慣は、楽園に至る第一の近道である。
3月17日 間違いなく、いつもよき思想を持って毎朝を始めよ。唯、思い煩いと溜息をもってせずに。そうすれば諸君は一日中幾らかの日の光を持つだろうし、それは憂の雲を吹き払ってくれるだろう(眠られぬ夜の為に2)
これだけは実行してきた私。
朝毎に新しき断念の 新しき勝利を祝え 今や困難の時は過ぎ去り 闇は消え、光は来たる!
3月18日 有用な人間をつくる四ッの事柄がある。そして何れも欠いてはならぬ。1.思考の独創性2.けがれなき生活3.心情の柔和4.私欲なきこと。(箴言集) 品位ある生涯には幾らかの情熱が必要。これには健全で平静な人間悟性の適量が結合せねばならぬ。この混合により有用な人間の性格が生ずる。
3月19日 全く怒りより遠ざかることは、内的進歩の一層大なる徴候の一つである。(力の秘密) 人生最後の言葉は本来から言えば幸福ではない、寧ろ克服であり、我々の内なる悪と弱さに対する善の絶えざる勝利である。
3月20日 幸福は状態や所有ではなく、むしろ精神の力であって、もし人を幸福にしようとするならば、その人が自己自身の基礎から幸福であることの出来るように導いて行かねばならぬ。 生涯の幸福な時は全体から見て仕事をしている時である。最後の息を引き取る迄能動的である事は現在の生活の意義であり解決である。かくある事こそ我々の運命なのである。
3月21日 もし祈るなら自分の所有するものに感謝することから始めよ。それは心を正しき気分にする。次に意志を委ねそして愛を乞わねばならぬ。 人は自己の意志を委ねてしまう事に於いてのみ願いを確信を以って望める。静かな幸福が始まる。
3月22日 真理への愛と正義への勇気、これこそ本当の教育の礎石である。これなくしては教育は何の用もなさない。 児童が根本的に必要なものは宗教ではない、それはそのうちに生育して、俗億なもの下品なもの何れにも触れない為の純粋な雰囲気である
3月23日 れ自身善なる多くの事柄は過ぎ去って行くもの。人はそれを過ぎ去らしめ、いつもそれを繰り返そうとしてはならぬ。生活は絶えざる進歩であって、存在せるものの単なる繰り返しであってはならぬ。毎日毎日は一つの創作品であるべきであろう。(眠られぬ夜のために2) 記憶のうちで最も良かった時は、その場合は最も困難と見えた時である。我々はそこで成長したのだ、もしそうでなかったならば、そのまま我々は残存したであろう過去をば退けてしまったのであるから。
3月24日 エゴイズムはいつも自分に対して悪い結果を持つという事を人が理性的に理解しない限りは現実の影響を人生に持たない全く薄弱な事柄として残る。この洞見を得た人は一大進歩を画する。(眠られぬ夜のために1) 人間の内的成長は現実の上に基づく。人はその成長を学ぶ事も、理想を通して実現する事もできない。我々の全き意志と全部の力をその為に注がなくてはならぬ。(幸福論2)
3月25日 かくて最後に絶えざる内的平和とこの世の克服とが生ずる。この世では最上の運命にあっても、不安と思い煩いの連続にすぎない。ヨハネ伝16) 人生は絶えざる克服か克服せられるかの何れかである。この世では如何なる者にも他の道は存しない。(眠られぬ夜のために1)
3月26日 急速な内的進歩は唯強烈な震撼を通してのみ生ずる。もし進歩を望むならば、人はこの震撼を決して忌避してはならない。(眠られぬ夜のために1) 新しい生命はすぐさまには人間の古い性質を変えはしない。そこに異質的なものが参加するので、それが古い性質と戦いを始め、好都合な事態において勝利に終わらしめる。(幸福論3)
3月27日 私にとって忍耐こそ最も困難であった。人間の最善の特質は徐々にしかも多くの忍耐を通って発展するものであり、一方、悪や我意は中々ためらって退却しないものである(眠られぬ夜のために2) そこで人間を助けようと思うなら、殆ど超人的ともいうべき忍耐を人間に対してもたねばならぬ。
3月28日 勇気と謙遜はいつも一緒にあるものであらねばならぬ。我々を本当に助けることも、いたく害することも出来ぬ人間に対しては勇気を、我々の内なるすべての善の創造者であってその恩寵によってのみ我々が現在ある通りあり得る神に対しては謙遜を。 然し、人は先ず真の謙遜に於いて真の神聖に到着しておらねばならぬ。(眠られぬ夜のために1)神は大自然、宇宙、を支配する原理と見ては如何。(徳永圀典発言1)
3月29日 最大の内面的確信は、力強くてその上粘り強い気質から生ずる(眠られぬ夜のために1) 決して後をかえりみるな。いつも前方を見よ。回顧は何ら益するところがない。ただし、尚改善すべき事柄に裨益し、犯せる過失を再びしないように注意し、受けた厚意に対しては感謝して報いるという為にするのは別だが。
3月30日 謙遜は多分心情のすべての特性のうちで、自然性上最も僅かしか人間に現れぬものである。 人は本性上いつも思い上がりか、意気消沈と臆病とかに傾くものである。真性の謙遜は他力の不思議にみちた感情である(眠られぬ夜のために1)
3月31日 悩みは人間存在に全く溶け込んだ部分である。この人間存在たるやすべての人にとって悩みとともに始まり叉終わる。これを変えること、或いは自分だけこの法則から例外を作ろうと欲することは全く徒労である(幸福論3) 一般的経験では、悩みは一度で消えうせるものではなくして、一旦頂点を越したならば段々と退いていくものだということである。

少し堅すぎたと思う。生は悩みという。生涯常に快晴というわけにはゆかぬ。雨の日もあり風の日もあり、暴風雨さえ覚悟が必要。然し雨にもまけず、風にもまけない強い意志の力と、快晴にも驕らない謙遜と上品な心情を持ち、正しく生きる為には、神とか道とか真理で志向されるような生きゆく道の拠り所が必要であろう。
ご高覧有難うございました。平成15年3月31日 徳永圀典