美しい日本の歌・歌・歌・歌 皐月・さつき 古今和歌集2.
皐月、春本番で新緑の最も美しい季節である。緑多き、日本に生まれた喜びを満喫できる月だ。仮名序は、かたかなで古字も多く読み難いものがあるが、そこが大和言葉の優しく、情獅フあるところであろう。春本番であり、引き続いて、古今和歌集 春歌上・下 を引用したい。
春歌上 5月1日 |
としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ 在原元方 |
ふるとしに春たちける日よめる 正月にならないのに春だ、去年というのか今年というのか。 |
5月2日 | 袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらん 紀貫之 |
はるたちける日よめる あつい夏に知らず袖がぬれながら、手に救いあげた水が寒い冬は凍っていたのを、立春の今日は暖かい風が溶かしている。 |
5月3日 | 花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる 紀とものり |
咲き匂う梅の香りを風という使者に添えて、うぐいすを誘いだす道案内としてつかわしたのだ。 |
5月4日 | かすがのわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ つらゆき |
春日野の若菜を摘みに行くのか、あのように白い着物の袖をひらめかして人が行くのは |
5月5日 | をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな よみ人しらず |
案内もわからぬ山中で、不安そうに呼ぶような声で呼子鳥が鳴いている。 |
5月6日 | 君ならで誰にか見せむ梅の花色をもかをもしる人ぞしる。 とものり |
あなた以外の誰にいったい見せましょうか。この花の素晴らしい色をも香をもわかる人だけわかっているのだから。 |
5月7日 | 春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ。 伊勢 |
水のほとりにて梅の花さけるをよめる。をられぬは折られない。 |
5月8日 | やまざくらわが見にくれば春霞峰にもをにもたちかくしつつ 伊登内親王 |
山桜をわざわざ見に来たが春霞が峰から麓まで一面に立ちこめて見せないようにかくしていることよ。 |
5月9日 | 年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし。 藤原良房 |
年をとってもこうして美しい花を見ていると、何の心配もない。いつの時代にも変わらぬ人間を思う。 |
5月10日 | いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける。 きのとものり |
桜花は香りも色も昔と同じように咲いているのだろうが、年とった人間はいつしか姿が変わってることであろう。 |
春歌下 5月11日 |
春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく よみ人しらず |
春霞にたなびいている山に咲いている桜の花は、次第に色が変化している、散ろうとしているのであろうか。 |
5月12日 | み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞおやまたれける とものり |
見まちがえるような吉野の桜。北海道も桜と雪は同居していが昔も今も変わらぬようだ。 |
5月13日 | わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき みつね |
私の屋敷の花見にくる人は散ったあとで、さぞ恋しく思うであろう。 |
5月14日 | この里にたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて よみ人しらず |
この里で私は旅寝しそうだ、桜花の散り乱れているのに迷って我が家に帰る道を忘れて。 |
5月15日 | ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ つらゆき |
桜を見て先ほど帰ったあなたが来るかもしれないと思い今日一日だけためしに待って、それで散るなら散ってもらいたい。 |
5月16日 | 花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ よしみねのむねさだ | 美しい花の色は霞にとじこめてみせないとしても、せめて香りを盗み出して来てくれ、春の山嵐よ。 |
5月17日 | ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり 奈良のみかどの御うた |
平城天皇。都の繁栄はなく、ものみな寂しく変わり果てた中で花だけが昔のままの色に咲いている。 |
5月18日 | みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ つらゆき |
春霞は三輪山を隠している。隠すところを見れば、人目にふれない花でも咲いているのかな。 |
5月19日 | いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし そせい |
いつまで春の野辺に私の心は惹かれるのか、美しい花さえ散らなかったら千年もたってしまうのであろうか。 |
5月20日 | 花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ みつね |
色あせて散りかたになった桜を見ると、私の心まで遂に変わったよ。然し顔にだすまい、私の移り気を人が知ってしまうから。 |
5月21日 | こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ そせい |
鶯の枝うつりの羽風で花が散るのを誰のせいにしてあのようにしきりに鳴くのであろうか。 |
5月22日 | 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに 小野小町 |
美しい花の色はいつしか色あせてしまったことよ。いたずらに長雨が降り続いていたうちに。人生の風刺。 |
5月23日 | をしと思う心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ そせい |
惜しいと思う私のこの心は糸によれて欲しいものである。そうしたならば散る花の一つ一つをその糸で貫き通してとどめておくものを。 |
5月24日 | 春ののにわかなつまむとこし物をちりかふ花にみちはまどひぬ つらゆき |
春の野辺で若菜を摘もうと思って来たのに、散り乱れた花で道を迷ってしまったよ。 |
5月25日 | 春雨ににわへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花 よみ人しらず |
春雨に洗われて鮮やかに映えている色だけでも見飽きないのにその香りまで心にひかれるよ山吹の花に |
5月26日 | あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな みつね |
春になってからは、年月がまるで矢を射るように早く過ぎると思われるよ。 |
5月27日 | ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば なりひらの朝臣 |
この花は雨に濡れながら無理に折った一年のうちに春はもう幾日もあるまいから、春を惜しむ風情は今も昔も変わらぬ。 |
夏歌 5月28日 |
わがやどの池の藤波さきにけり山郭公-やまほととぎす-いつかきなかむ よみ人知らず--柿本人麻呂とある人曰く |
屋敷の池のほとりにある藤の花がすっかり咲いた、山のほととぎすの来て鳴くであろうが早くきてほしいものだ。 |
5月29日 | 夏山になくほととぎす心あらば物思ふ我に声なきかせよ そせい |
物思いしている自分に、そんな悲しい声を聞かせてくれるな、心があるならば、ほととぎすよ |
5月30日 | 夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ 深養父-ふかやぶ |
夏の夜は短くてまだ宵と思っているのにもう夜があける。これでは西に沈む間もない、月はどのあたりに宿っているのであろうか。 |
5月31日 | 夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ みつね |
去る夏と、来る秋とがすれ違う空の通路では、片方は来る秋で涼しい風が吹いていることであろうか。 |
ご高覧有難うございました。徳永圀典