美しい日本 源実朝水無月、みなづき
私は旅をよくしているが、伊豆箱根は素晴らしい。東北と共に私の好む場所である。伊豆は西海岸、箱根はあの峠である。相模湾の明るさがいいが、この峠を越える時には、必ず、源実朝を思いだす。実朝は鎌倉幕府三代将軍でありながら実権は北条氏にあり政治的には不遇であった。なぜか私には実朝は歌人としてのほうが印象深い。歌の分類は徳永が適宜にしたものである。

6月1日 無常 とにかくにあな定めなの世の中や 喜ぶ者あればわぶる者あり
6月2日 かくてのみありてはかなき世の中を うしとや言はむ哀れとや言はむ
6月3日 現-うつつ-とも夢とも知らぬ世にしあれば 有りとてありと頼むべき身か
6月4日 嘆きわび世にそむくべき方しらず 吉野の奥も住みうしといへり
6月5日 難波潟うきふし繁き葦の葉に おきたる露のあはれ世の中
6月6日 世の中は常にもがもな渚こぐ あまのを舟の綱手かなしも
6月7日 現とも夢ともしらぬ世にしあれば 有りとて有りとたのむべき身か
6月8日 格調素朴 箱根路をわれ越えくれば伊豆の海や 沖の小島に波のよる見ゆ
6月9日 大海の磯もとどろによする波 われてくだけてさけて散るかも
6月10日 信仰 世の中は鏡にうつる影にあれや あるにもあらずたのむべき身か
6月11日 走り湯の神とはうべぞいひけらし はやき験のあればなりけり
6月12日 慈悲 ものいはぬ四方-よも-のけだものすらだにも あはれなるかなや親の子を思ふ
6月13日 業火 ほのほのみ虚空にみてる阿鼻地獄 ゆくへもなしといふもはかなし
6月14日 こぬ人をかならず待つとなけれども 暁がたになりやしぬらむ
6月15日 おく山の岩がき沼に木の葉落ちて しづめる心人しるらめや
6月16日 孤独 天の原ふりさけみれば月きよみ 秋の夜いたく更けにけるかな
6月17日 雁なきて秋かぜさむくなりにけり 独や寝なむよるの衣うすし
6月18日 萩の花くれぐれまでもありつるが 月いでて見るになきがはかなさ
6月19日 秋深み露寒き夜のきりぎりす ただいたづらに音をのみぞ鳴く
6月20日 おおきみ おほきみの勅をかしこみちちわくに 心はわくとも人にいはめやも
6月21日 ひむがしの国にわがをれば 朝日さすはこやの山のかげとなりにき
6月22日 山はさけ海はあせなむ世なりとも 君にふた心わがあらめやも
6月23日 時によりすぐれば民のなげきなり 八大龍王あめやめ給え
6月24日 箱根 玉くしげ箱根のみうみ(湖)けけれあれや 二国かけてなかにたゆたふ けけれー心
6月25日 大方に春のきぬれば春霞 四方の山べに立ちみちにけり
6月26日 いとはやもくれぬる春か我が宿の 池の藤浪うつろはぬまに
6月27日 雲がくれなきてゆくなる初雁の はつかに見てぞ人はこひしき
6月28日 春たたば若菜つまむと標-し-め置きし 野辺とも見えず雪のふれれば
6月29日 おのづからあはれとも見よ春ふかみ 散りいる岸の山吹の花
6月30日 吹く風の涼しくもあるかおのづから 山の蝉鳴きて秋はきにけり 

実朝は28歳の生涯であった。その時々の実朝の心の影が深い所に届いて珠玉のような素朴で素直な歌と私は思う。時の権力者北条義時に、将軍の理想を塞がれ悩みながら、現実を超越し精神世界に遊んだ歌人実朝、「おおきみの勅をかしこむ」その心に私は惹かれる、そこにこの国に生まれた者のみの知るものを共有するからでもあろうか。徳永圀典