日本海新聞 潮流寄稿 平成157月2日

ジベタリアン

1.大阪の地下鉄車内での事。大混雑中の出入口に小学校45年の2人が大きいバッグを地ベタに置きその上に座って漫画を見ていた。多くの人が迷惑なのに少し触れると直ぐ拒否反応を示す。立錐の余地もない満員電車で少し触れただけで若い人は足蹴りし返す、若い女性は座ったまま足組みして平気である。因美線の鳥取・智頭間の高校生も、汚い靴のまま座席に足を投げ上げているし、座席を占領し平気の平左である。鳥取駅玄関周辺でも女高生が地ベタに座り込んで股を開き、ピーナッツをボリボリかじり猿みたいに皮を投げ散らして平気のようである。これらをジベタリアンと称すると聞いた。触れただけで拒否反応するのは壮年にも及びつつある。他人に対する寛容性が欠けている。直ぐキレルという現象と相関関係がありそうだ。

2.終戦直後、米を食べると頭が悪くなるという風評が蔓延していた事が忘れられない。敗戦後一斉にパンの主食化が始まった。学校給食もパンと牛乳が当たり前となる。これはアメリカの戦略であった。米国は世界一の農業国で大量余剰小麦の輸出先に日本があったのは戦勝国として当然であった。戦後日本人は数千年食べてきた米ばかりか、民族の神様も先祖様の歴史も、世界に冠たる2千年の文化も伝統も凡て戦勝国に否定されるまま唯々諾々と受け入れて今日に至る。多少の復活はあるが食に関して重大な結果が現れ始めた。

3.戦後60年、民族の過去を捨て、白人風の食事に大傾斜しすぎたので日本人の遺伝子が拒否反応を起こし始めた結果が上述の壮、青少年の生態となってきたのではと思える。私には何らの科学的なものはない、ただ70年の経験知と人間的直感でそう思う。彼らは生理的に立ったままでいるのが耐えられないのであろう。それは当然である。日本人は何千年も米を常食としており米が体内の細胞、遺伝子を組成している。白人とは腸も7米とか長いという。要するに米芋穀類と海草・魚介類で出来た日本人の細胞には米でなくては消化が良すぎて便秘とかの弊害があるのではないか。米とか芋穀類でなくては腹に力が入らぬので堪え性が消滅し生理的に直ぐ地ベタに座りたくなるし直ぐ切れてカットなる。

4.私は都市のホテル泊まりの時、バイキング朝食を観察している。私は量は少ないが種類の多い日本食を選ぶ。若い人を見ると殆どパンと肉類と牛乳である。間違いなく戦後アメリカの洗脳効果による大変化が定着している。何千年の民族の食を捨てては何らかの肉体的影響が表面化して少しもおかしくない。

5.近年騒がしくなった、花粉症、アトピー、喘息などアレルギー疾患は寄生虫が日本人から一掃された時期と因果関係が一致するという。杉の多い所で育った私などと同じ環境で花粉症になるとは矢張り戦後取り入れた何かが日本人に逆襲していると言えるのではないか。医薬同源という言葉を大切に思う私だが、病気になって薬を飲むより日常三度三度の食事が薬であり体を造ると確信している。これこそ人間にとり最良の薬であり体の源である。その食事面で戦後変化したと言えば米・芋・穀・魚介・海草中心から離れた事、肉食過剰等が考えられる。雑駁な議論だがアレルギー症状の多発は食事にあるように思える。

6.その対策は日本人が何万年前からこの風土で産出したものを食べればいいという事になるのではないか。食にとどまらず敗戦後、戦勝国から強制的に、あるいは誘導的に、あるいは彼らの戦略として日本が押し付けられたあらゆる事を猛烈に反省し見直さなくては、この日本という風土に生きる上で健康に過ごせないと知るべきではないか。食事だけではない、精神的なもの、2千年の文化、伝統、生活習慣等々を取り戻す。その延長線上にこそ、所詮は風土の産物である人間、日本人の幸福が在ると確信する。その重大な警告が上述の壮青少年の諸現象ではないか。戦後の食生活激変は呪縛だ。その影響が遂に心身に現出し始めた。日本人の食の原点復帰こそ肝要である。

鳥取木鶏クラブ 代表世話人 徳永圀典