美しい日本の歌・歌・歌・歌
はづき 葉月--8月
木の葉の黄落しはじめる葉月、稲の穂のはる月の略という。夏名歌は終わったので8月は徳永圀典選の31歌仙と洒落れる。
8月1日 | 八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を スサノオノミコト--古事記 |
文献にある日本最初の歌。スサノオの新婚の家に八重垣を作る目出度い歌。日本の神話は人間そのもの。 |
8月2日 | 難波津に咲くやこの花ふゆごもり今は春べと咲くやこの花 王仁--古今和歌集仮名序 |
歌母だと紀貫之は言う。親は二人、もうひとつは万葉集「あさか山影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾が思はなくに」 |
8月3日 | わたつみの豊旗雲に入日さし今夜-こよい-の月夜-つくよ-あきらけくこそ 中大兄皇子-万葉集 |
広大にして神々しいまでの格調高い歌。こころが高鳴る。 |
8月4日 | 東-ひむがし-の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ 柿本人麻呂-万葉集 |
この歌の大きさ、雄大さ、荘厳さは言葉の力か詩の力か。 |
8月5日 | 若の浦に潮満ちくれば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る 田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は振りける 山部赤人-万葉集 |
澄み切った自然の歌。圧倒される叙景の雄大さ、広大さ、厳粛さ、荘重さ、神々しさよ。 |
8月6日 | 青丹-あお-によし寧楽-なら-の都は咲く花の薫-にほ-ふがごとく今盛りなり 小野老-万葉集(おののおゆ) |
春景色の見事さよ。目に浮かぶようだ。 |
8月7日 | 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思う母かとぞ思う 行其-玉葉集 |
今は無き父や母を偲ぶ歌。 |
8月8日 | 石ばしる垂水の上のさ蕨の萌えいづる春になりにけるかも 志貴皇子-万葉集 |
春を迎え弾むような心、全身が揺すぶられるような歌だ。 |
8月9日 | あさか山影さえ見ゆる山の井の浅き心を吾が思はなくに 前采女-さきのうねめ |
あさか山の影さえ写す山の井、その井は浅いけど私は浅い心で君にお仕えしているのではありませんよ。 |
8月10日 | 新-あらたし-き年の始の初春の今日降る雪のいや重-し-け吉事-よごと- 大伴家持−万葉集 |
この雪の降り積もるように良いことが重なって欲しい。因幡鳥取は国分町-鳥取郊外-での歌。歌碑がある。 |
8月11日 | 東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな 菅原道真-拾遺和歌集 |
太平記では、春な忘れそ。梅の花に心を託す。悲痛な心境が偲ばれる。 |
8月12日 | 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行-古今和歌集 |
昔の人の感覚は鋭敏、肌身にしみこんでいたのであろう。 |
8月13日 | 吹く風をなこその関と思へども道も狭-せ-に散る山桜かな 源義家-千載和歌集 |
優れた武将は教養人。風雅の心を忘れない古代日本の武将は日本歴史の誇り。 |
8月14日 | 願はくば花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ 西行法師-山家集 |
歌の通りにこの翌年文治6年旧暦2月16日花盛りの満月の時に河内葛城山の弘川寺で亡くなった。深い感動を与えた歌。 |
8月15日 | なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる 詠み人しらず |
日本人なら誰もが馴染んでいる歌。天地自然、万物に神が宿るという日本人の素朴で大らかな宗教心、連綿と続く、かたじけないという心情は民族の心だ、大切に守っていきたい。 |
8月16日 | 大海の磯もとと゜ろに寄する波われてくだけて裂けて散るかも 源実朝-金塊和歌集 |
割れて、砕けて、裂けて、散るかも。激しい高鳴りが聞こえる。若武者の姿が浮かぶ。虚しいものを秘めながらの武将だけに。 |
8月17日 | 敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山ざくら花 本居宣長 |
簡素・単純・清潔・素直な誇らしく明るい歌。簡素美は日本の本質。 |
8月18日 | あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな 明治天皇 |
さし昇る朝日の如く爽やかに有たまほしきは心なりける 四方の海皆兄弟-はらから-と思う世になど波風の立ち騒ぐらむ |
8月19日 | みがかずば玉も鏡もなにかせむ学びの道もかくこそありけれ 昭憲皇太后 |
あかねさす日かげもにほふ天地にひかりのどけき春はきにけり |
8月20日 | なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな 与謝野晶子-みだれ髪 |
なんとなく、貴方にまって頂いているような気がして出かけた。そこにはなんと美しい花野の夕月夜であることよ。 われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああもだえの子--意気軒昂たる時代精神 |
8月21日 | はつなつの かぜとなりぬと みほとけは をゆびの うれに ほのしらす らし 会津八一 |
春の風がいつしか初夏の風となった、仏様もそれをお感じになるのかあの小指の先に、ほのかに。 おほらかに もろてのゆびを ひらかせて おほきほとけは あまたらしたり |
8月22日 | 最上川逆白波のたつまでにふぶくゆうべとなりにけるかも 斎藤茂吉 |
ながらへてあれば涙のいづるまで最上の川の春ををしまむ |
8月23日 | 大そらを静に白き雲はゆくしづかにわれも生くべくありけり 相馬御風 |
青い大空を静かに白い雲がゆったりと流れている。あの雲のように静かに私も生きるべきである。大自然のように。 山茶花の一枝いけてつつましくけさの朝茶はいただかむかも この平安な朝のひと時。 |
8月24日 | 人恋ふはかなしきものと平城山-ならやま-にもとほり来つつ堪へがたかりき 北見志保子 |
いにしへも 夫-つま-に恋ひつつ越えしとふ平城山の路に涙落しぬと連句。優しさとある切迫感あり日本人の胸に深く刻まれた名曲となった歌。「激しく恋する人はなにか悲しげに見える。強く相手を求める心は痛切、「人を恋するとはなんと悲しいものかこの平城山のあたりにさすらひ出て歩めばどうにも堪えがたい思いがすることだ」が大意。かなしは元々は「いとしい」、強く心を注ぐ「愛憐の心」を言う。 |
8月25日 | みすずかる信濃の駒は鈴蘭の花咲く牧に放たれにけり 北原白秋 |
単純明快だがすずの言葉が響いて心地よい。 春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外-と-の面-も-の草に日の入るゆうべ |
8月26日 | かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる 吉井勇 |
川の流れる音が聞こえてくるこの風情のよさよ。 |
8月27日 | 葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を行きし人あり 釈迢空--本名 折口信夫 |
作者の度重なる山深い旅の感動が伺える。 |
8月28日 | 遠つおやのしろしめしたる大和路の歴史をしのびけふも旅行く 昭和天皇 |
遠つおやのいつき給へるかずかずの正倉院のたからを見たり 「遠つおや」とは尊いうつくしい言葉。 |
8月29日 | 来る年も咲きて匂へよ桜花われなきあとも大和島根に 長澤徳治--特攻隊遺詠集 |
いざさらば我は御国の山桜母のみもとにかへり咲かなむ--緒方襄22才 末遂に海となるべき山水もしばし木の葉の下くぐるなり--仁科関夫21才 |
8月30日 | 万葉の流れこの地に留めむと生命のかぎり短歌-うた-詠みゆかむ 孤蓬万里-台湾万葉集 |
台湾万葉集を知らぬ人もあろうが。平和日本の精神は脈々と残っている。 |
8月31日 | 寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ 寂蓮法師--新古今和歌集 |
心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ--西行 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ--藤原定家 |