美しい日本の歌・歌・歌・歌 平成16年11月 秋の歌
立秋から秋であるが太陰暦と異なり現代は季節感覚が昔の日本ととても違う。その上、地球温暖化で日本の四季はもはやないに等しい。秋と言っても、秋寒むにならねば感じられない。
11月も万葉歌で秋の総決算をする。平成16年11月1日 徳永圀典
1日 | 巻八 1555 安貴王 |
秋立ちて幾日―いくかーもあらねばこの寝−ねーぬる朝明−あさけーの風は手本―たもとー寒しも |
大和に秋風が吹き始めて肌さむを覚える頃。 |
2日 | 巻十 2204 読み人知らず |
秋風の日にけに吹けば露しげみ萩の下葉は色づきにけり | 時雨の雨となり霜も降りる、野山は全山紅葉して行く。自然は一日毎に微妙な変化をしていく。 |
3日 |
巻十二 3044 |
君待つと庭にしをればうちなびくわが黒髪に霜そ置きにける | 人肌恋しい晩秋の霜の夜には恋がある。恋人を待つには夜の霜もいとわない。 |
4日 | 巻十一 2395 読み人知らず |
行き行きて逢わぬ妹ゆえひさかたの天の露霜にぬれにけるかも |
男は彼女の姿を求めて彷徨を続けるのであろう。 |
5日 |
巻八 1513 |
今朝の朝け雁が音聞きつ春日山黄葉にけらしわが情―こころー痛し |
東方に見える春日山は朝夕眺められる山、朝が来た、雁の声を聞いたと言い自然の移りに心をうずかせる。 |
6日 | 巻八 1568 大伴家持 |
雨ごもり情―こころーいぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり |
奈良で真っ先に目にはいるのは春日山である。平城の人々も秋雨に降り込められて鬱々とし春日山の黄葉に慰められていた。 |
7日 |
巻十 2180 |
九月―ながつきーの時雨の雨にぬれとほり春日の山は色づきにけり |
時雨が降り続くので家では春日山の黄葉しか眺められないのであろう。 |
8日 |
巻八 1571 |
春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉挿頭―もみじかざーらむ高円−たかまどーの山 |
高円山は春日山の南に続く、その黄葉を思い描いて楽しむのであろう。 |
9日 |
巻十 2185 |
大坂をわが越え来れば二上に黄葉流る時雨降りつつ |
大津皇子の墓のある二上山、当麻寺の深い斜面の黄葉と静寂。 |
10日 |
巻十 2169 |
夕立の雨降るごとに春日野の尾花が上の白露思ほゆ |
高円の野になると尾花・女郎花・萩などの詩情を歌う。 |
11日 |
巻二十 4297−大伴家持 |
をみなへし秋萩凌ぎさを鹿の露分け鳴かむ高円の野ぞ |
高円野で家持は壷酒を提げて遊んだという。 |
12日 |
巻二 231 |
高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに |
志貴皇子亡き後の荒涼寂寞の秋色を歌ったものという。 |
13日 | 巻二十 4315 読み人知らず |
宮人の袖つけ衣秋萩ににほひよろしき高円の宮 |
高円離宮はいい雰囲気で、茶畑や柿の村の静謐な秋色は格別であったか。 |
14日 |
巻二十 4506 |
高円の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代遠そけば |
孤立無援の家持は聖武天皇の御代へ儚い回想を訴えているらしい。 |
15日 |
巻七 1374 |
闇の夜は苦しきものをいつしかとわが待つ月も早も照らぬか |
ぬばたまのような夜だから、月の出が待ち遠しい。 |
16日 | 巻九 1763 ー沙弥女王― |
倉橋の山を高みか夜隠―よごーもりに出で来る月の片待ちがたき |
倉橋山は音羽山、を望んで待ちきれない思いを訴えている。 |
17日 |
巻十二 3002 読み人知らず |
あしひきの山より出ずる月待つと人には言ひて妹待つ吾を |
他人からなんでそこに立つのかと聞かれて機転の言葉。 |
18日 |
巻七 1074 |
春日山おして照らせるこの月は妹が庭にもさやけかりけり |
春日山も明るい、春日野も明るい、恋人の家の庭には月光が一際さやかな様子である。 |
19日 | 巻十一 2353 読み人知らず |
長谷―はつせーの弓月―ゆつきーが下に吾が隠せる妻あかねさし照れる月夜―つくよーに人見てむかも |
弓月が嶽の麓の隠し妻が、月明かりに見つかることを心配しているよ。 |
20日 | 巻2 211 −柿本人麻呂― |
去年―こぞー見てし秋の月夜―つくよーは照らせれど相見し妹はいや年さかる |
妻を亡くした人麻呂は在りし日の妻を月の面に追想。 |
21日 | 巻15 3671 ―遣新羅使人― |
ぬばたまの夜渡る月にあらませば家なる妹に逢ひて来ましを |
博多湾で皓々たる月を見上げ大和に残した妻への慕情。 |
22日 | 巻7 1270 読み人知らず |
隠口−こもりくーの泊瀬の山に照る月は満ちかけしけり人の常なき |
月の満ち欠けに人生の無常を感じている。 |
23日 |
巻11 2668 |
二上に隠らふ月の惜しけれども妹がたもとを離−かーるるこの頃 |
二上山に隠れてしまう月の惜しさは、いとしい女の手枕を離れる苦しさと対比している。 |
24日 |
巻15 3699 |
秋されば置く露霜に堪−あーへずして京師―みやこーの山は色づきぬらむ | 望郷の思いを慰めている。 |
25日 |
巻10 2314 |
巻向−まきむくーの檜原―ひばらーもいまだ雲居ねば小松が末―うれーゆ淡雪流る |
晩秋になると大和もこのような寂寥の風景となる。 |
26日 | 巻10 2313 読み人知らず |
あしひきの山かも高き巻向の岸の小松にみ雪降りくる |
寒々として、いよいよ雪になるかと思えば薄日も差し、晩秋は次第に冬を迎える。 |
27日 |
巻4 488 |
君待つと吾が恋ひ居れば我が屋戸の簾動かし秋の風吹く |
天皇の通われるのを待っている。屋戸、戸口の簾をそれかと思わせるように揺り動かして秋の風が吹いている。 |
28日 |
巻2 107 |
あしひきの山のしづくに妹待つとわれ立ち濡れぬ山のしづくに |
山のしづくの落ちる下に、女の来るのを待ちすっかり濡れてしまった。 |
29日 |
巻2 208 |
秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道―やまじー知らずも |
隠し妻が俄かに死んだ。かけつけたが弔いは終わっていた。慕情やみ難く妻の名を呼び続けて泣いた。 |
30日 |
巻2 218 |
楽浪―ささなみーの志賀津の子らが罷道―まかりぢーの川瀬の道を見ればさぶしも |
調べに哀感がある。挽歌である。 |