美しい日本  古今和歌集5 巻第八 離別歌
永遠の別れではないいとしい人との束の間の別れ等の歌集である。然し、往時の人には旅は永久の別れに近い、古代の人々は死と共存した日々を過ごしている。

1日

在原行平

立ちわかれいなばの山の峰におふる松としきかば今かへりこむ   これから、因幡国(鳥取)へ行く、山の峰のの言葉のように帰りを待つと聞いたらすぐに帰ってくるからね。
2日 よみ人知らず

限りなき雲居のよそにわかるとも人を心におくらさむやは

互いに雲の遠くに離れても心は決して離れないよ。
3日

小野千古の母

たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ  陸奥に旅立つ息子に添える私の心は関所もとめないでくれよ。
4日

きのとしさだ

けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき 今日分かれて明日は近江だ、今夜は更けて露がおりて湿っぽいよ。
5日 よみ人知らず かへる山ありとはきけど春霞立ち別れなばこひしかるべし   かえる山というのがあるらしいが、寂しいことだね
6日 紀貫之 をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ  こんなに別れを惜しんでいるのに白雲の向こうに旅立てばどんなな寂しいものか。
7日

伊香淳行

おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる  

身を二つにできないので目に見えない私の心を一緒に行かせるよ。

8日

よみ人知らず

唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を 

あなたが置き去りして行きたので私は消え入りそうだよ。

9日 良峯秀崇 白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな  あなたが旅にでてから白雲が空をあちこち行くような私の心だよ。
10日

つらゆき

わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ  別れは色でもないのに、なぜ私の心に深くしみ込んで侘しいのであろうか。
11日

凡河内みつね

よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は 

あなたの行く越の国の白山の雪を見れないが、あなたを恋しく思い続けるよ。

12日 つらゆき おとは山こだかくなきてほととぎす君が別れををしむべらなり  ほととぎすも音羽山で私と同じように別れを惜しんでいるよ。
13日 ふじはらのかねみつ もろともになきてとどめよきりぎりす秋のわかれはをしくやはあらむ  一緒に泣いて出発をとめてくれほととぎすよ。
14日

平もとのり

秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ  秋の霧と一緒にあなたが旅立つと私は晴れない気持ちで恋いつづけるよ。
15日

しろめ

いのちだに心にかなふ物ならばなにか別れのかなしからまし 

いつ死ぬか分からぬから、これが最後と思われて悲しいのです。

16日 源実 人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ  自分が勝手に思い立った旅だから、辛いと言って帰るわけにもいかぬ。
17日

藤原かねもち

したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず 

知らぬ間にあなたが慕われてここまで来た心と一つになった体、どうして帰られるのか道も分からない。

18日

藤原かねすけの朝臣

君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ 

あなたの行く越の白山は知らないが雪が深いらしい、雪の跡を尋ねていくよ。

19日

僧正遍照

ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく  

夕暮れの垣根は山に見えて欲しい、こんな山は夜には越えないでここに宿を。

20日

幽仙法師

別れをば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに  いつまでも別れ難いので、別れは比叡山の桜に任せよう。
21日

僧正遍照

山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく  

風で桜が乱れ散って欲しい、そして道が花で見分けがつかなくて泊まるように。

22日

幽仙法師

ごとならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらむ  どうせ咲くなら美しく咲いて客人が帰れないようにして欲しいものだ。
23日

兼芸法し

あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ  お別れする悲しみの私の涙がこぼれ落ちてこの滝に流れ込むので水が増える。
24日

つらゆき

秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ  

雨で萩がぬれて惜しいが雨がやんであなたと別れることが一層惜しい。

25日

兼覧王

をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける  

私をいとほしく思って下さるあなたの心を知らぬ内に私の身は秋の時雨となり年取ってしまった。

26日

みつね

わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし  今夜から別れても嬉しい、お逢いする前は何もこのように恋しなかった。
27日

よみ人しらず

限りなく思ふ涙にそぼちぬる袖はかわかじあはむ日までに 

深く思い慕い流す私の涙で濡れた袖は決して乾くことはありませんよ。

28日

よみ人しらず

かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ 

空を真っ暗にして大雨がいい、出発できなくなり春雨に罪を負わせてあなたをとどめたい。

29日

よみ人しらず

しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ  

無理に別れたい人を止めたいよ桜花、道が分からぬように散り乱れてくれよ。

30日

つらゆき

むすぶてのしづくににごる山のいのあかでも人にわかれぬるかな 

山の泉で話したが満足もしないで別れてしまったよ。

31日

とものり

したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ 

下着の紐のように二人の行く道は右と左に別れようとも再び紐が出逢って結ばれるようにあなたに逢いたいと思う。