美しい日本  明治天皇御製
明治天皇は非常に口数の少ないお方、その心の内を10万首余りの御製で表現された。一首一首が現代文学史上でも大変素晴らしいものとされていると言う。

1日 あさみどりすみわたりたる大空の
ひろきをおのが心ともかな
浅緑色に澄み渡りたる此の大空の如く、
宏々としたのを自分の心としたいものだ。
2日
思ふことつくろふこともまだしらぬ
をさなこころのうつくしきかな
おもふて居る胸の中の事共を、取り繕ふことも、
未だ少しも知らぬ、幼き頃の心は愛すべきもの
である。
3日
こころある人のいさめの言の葉は
やまひなき身のくすりなりけり
忠誠の心篤き良臣の諌言は、我が身に病ひはな
けれども、身に取っての良薬である。
4日

国のためあだなす仇はくだくとも
いつくしむべき事なわすれそ
我が国の為めに仇を為す敵は打ち砕くとも、
其の半面には又其の人々に対して残忍なる行為は
なすな、仁徳の心を以て、慈愛を垂るゝことを
忘れてはならぬ。
5日 曇りなき心のそこのしらるるは
ことばのたまのひかりなりけり
少しも曇りの無い心の奥底(誠)の知らるゝ
のはまことに言葉の珠といふべき。歌の上に
光となりてよく
現はれて居る。
6日 つもりては払ふがかたくなりぬべし
ちりばかりなることとおもへど
僅かな塵ほどの事と思っていても、打ち捨てておくならば時の経過
につれて積もりに積もり払えなくなる。よくよく注意して悪い塵が
積もらぬようにしなく
てはならない。
7日 教育
いさをある人を教へのおやにして
おほしたてなむやまとなでし子
国家に勲功ある人を、学校の教師にして我が
国の青年
子弟を教育せしめたきものである。
8日 述懐 山の奥しまの果てまでたづねみむ
世に知られざる人もありやと
わが国には器量があり才能ある人が其器量才
能を現する機会もなく徒に埋れて居て世に用
ひられずに在らば口惜しき事であるゆゑに、
さういふ人をば、如何なる山の奥までも、
又は如何なる島の果てまでも尋ね求めよう。
9日 学校
いまはとて学びの道に怠るな
ゆるしのふみを得たるわらべは
今はこれで充分であると卒業証書を得て、
安心をし、心を許してはならぬぞ、小成に
安んじて学問の道を怠ってはならぬぞ、
ますます道を学べ、子供等よ。
10日 読書
今の世に思ひくらべていそのかみ
ふりにしふみを読むぞたのしき
今の世の治まりたるに古を思ひ比べて、
古い書を読め
ば、盛衰興亡の跡や人情の変遷が知られて
、誠にたの
しき事である。
11日 言の葉の花の色こそかはりけれ
同じ心のたねと聞けども
和歌は人々の心が種となって詠まれるもの
であるが、誰の心とて其の誠に相違はない、
と聞くけれど、それが歌となって言葉の花
に咲いたのを見ると、さて夫々様々に変っ
た色に出て居ることだ。
12日
世の中の人のつかさとなる人の
身の行ひよただしからなむ
世の中の人の上に立つ頭と仰がるゝ人は、
身の
行為が殊に正しくありたいものぞ。
13日 時計
時はかるうつはの針のともすれば
くるひやすきは人の世の中
毎日毎日正確に時刻を打って行く時計でさへ、
ともすれば狂ふことのあるを思へば、実に世の中
の事は用心せぬとくるひ易いものである。
14日 人生 ひらけゆく道に出でても心せよ
つまづくことのある世なりけり
平々坦々として砥の如き路に出でゝも注意せよ、
石に躓く事もある世の中であるぞ、人生の行路は
幾ら文明の世と開けてゆくも、便利、自由に慣れ
て、迂闊すると失敗のあるものである。
15日 歴史
いそのかみ古きためしをたづねつつ
新しき世のことも定めむ
新奇を好みたがるは免るべからざる人情であるが、
万事、古き歴史を持って居るから、其本を忘れて
はならない、かるが故に今後新しい世の中に必要
な事を制定めるにも故事来歴よく古来の習慣を
尋ねて、徐に新しい事物を定めるやうに。
16日 勤しみ 家富みて飽かぬこと無き身なりとも人のつとめを怠るなゆめ
家が富み何不足なき身分なりとて、人並に働
くべき職務を怠ってはならぬ。
17日 ともすればかき濁りけり山水の
澄せばすます人の心を
澄んだまゝ静かにして置けば、清らかな山水のやう
な人の心を、やゝともすると手をつけてかき濁し善
いのを悪くしてしまふ、濁すものさへなければ、
人の心は元来山の清水の如く澄んで居るものである。
18日 国民
うつせみの世はやすらかにをさまりぬ
われをたすくるおみの力に
世の中はいと安らかに治まって、天下泰平である、
これは実に我が一人の力ではない、皆下、臣民(をみ)
が忠良に働き務めてくれる力である。
19日 怠惰 ものまなぶ道にたつ子よ怠りに
まされるあだはなしと知らなん
人の道を学ぶ子等よ何事でも怠るといふことは、
自分の身の敵である、自分の身を殺す仇敵である、
此敵に勝つやうに勉めなくてはならぬ、怠情に勝る
敵はないと知ってくれ。
20日 わが心 我心およばぬ国のはてまでもよる
ひる神は守りますらむ
わが国家を思ひ国民を思ふわが心の、至らぬ処は
ないかと日夜心をかけて居るが、仮令至らぬ国が
あるにしても、そのわが心の及ばぬ国の果までも、
国家を守護する神は必ず守って下さるであらう。
21日 たらちねのみおやのをしへ新玉の
年ふるままに身にぞしみける
年々に新玉の新しき年を迎へゆくまゝに、身に染
みわたるは、我が身を斯くまでに育てあげた親の
有り難い教へである、子を持ちて親の恩を知る、
長じてこそ親の恩が次第に有り難く覚ゆるので
ある。
22日 親の
ひとりたつ身となりし子ををさなしと
おもふやおやのこころなるらむ
もはや親の保護を受けず、他人の助力もからず、
立派に独立して、何事もなし得るやうになった
子をも、なほ何時までも幼いものゝやうに思ふ
のは、子を想ふ親の心であらう。
23日
やすくしてなし得がたきは世の中の
ひとの人たるおこなひにして
易くしてさて難かしいものは、世間に立つ人の人
たる価値の行ひにてある。
24日
千万の民よ心を合せつつ国に
ちからをつくせとぞおもふ
六千万の我が日本の民よ、皆々心を一致させて国
に力を尽して呉れ。
25日 国よ
靖か
世と共にかたりつたへよ国のため
いのちをすてし人のいさをは
国家の為めに奮闘力戦して、生命を戦場に捨てし
人の功績は、子々孫々世の移るに従って、忘れな
い様に伝へ、歴史に其名を留めるやうにせよ。
26日
靖国神
社御参
拝
神垣に涙手向けてをがむらし
帰るをまちし親も妻子も
靖国神社の神垣に涙を手向けて拝んで居ることで
あらう、嗚呼それは戦場から帰るを待って居た将卒
の親や妻や子等である、国のために戦死のなき骸と
なって神社に祀られた人々の親や妻や子等ではある、
その心の察せらるゝことよ。
27日
庭訓
たらちねの庭のをしへはせばけれど
広き世にたつもとゐとはなれ
父母の教育を受くる家庭は、狭いけれども、その
狭い処で教訓されたことが、やがて広い世間に立
つ土台とはなるのであるから、家庭の教訓は大切
のものである。
28日 あやまちをいさめかはして親しむがまことの友のこころなりけり 過失あれば互に諌め合って、親しんで行くが、
真実の友の心である。
29日 手習 幼子がならへばならふほどみえてきよくなりゆく水くきのあと 小さい子供が文字の手習をすれば、習ふ程効蹟が
見えて、清く美しくなりゆく筆の跡よ、これにつ
けても手習はすべきものぞ。
30日
家庭教育
若竹の生ひゆく末を思ふ世に庭の訓ヲシヘをおろそかにすな
庭に生ふる若竹の生長してゆくその末のことを思
ふ時は(世に)人のことゝても、家庭の教育を
おろそかにしてはならぬぞ。