美しい日本 圀典選「川の風景」
川の風景―万葉集から


8月、盛夏である。猛暑は水辺で凌ぐのがいい。子供の時には、鞄を放り投げて一目散に鳥取は千代川にでて、鮎つり、水門潜りに明け暮れた。雑魚―じゃこーと言う水の中の岩にへばりついている小魚をヤスで突き刺し、捕らえ水辺で焼いて食べると、とても美味くて忘れがたい。日本の川辺の風景は何処へ。万葉集の中から川に関係のあるものを集めて納涼を求めた。平成1681日 徳永圀典

1日 泊瀬川

@泊瀬川―はつせがわー流るる水脈―みをーの瀬を早み井堤―いでー越す浪の音の清−さやーけく
作者不詳―隠口―こもりくーの初瀬である。神奈備三輪山の南麓を流れる。

A泊瀬川白木綿花に落ちたぎつ瀬をさやけみと見に来しわれを
B夕さらず河蝦ーかわずー鳴くなる三輪川の清き瀬の音−とーを聞かくしよしも

2日 倉橋川

梯立−はしたてーの 倉橋川の 石−いわーの橋はも 男−をーざかりに わが渡りてし  石の橋はも
―柿本人麻呂

崇峻天皇稜が倉橋川の北にある。石の橋とは飛び石。青春の回想であろうか。
3日 布留川

石上−いそのかみー 布留−ふるーの高橋 高々に 妹が待つらむ 夜ぞ更けにける―作者不詳 

この川の末は泊瀬川に連なる。天理市の山之辺の道に近い。神宮の神域は木漏れ日、簡素、神厳、霊剣布都の御魂を祭るに相応しい。物部氏と関係深い、興味津々の神社。

4日

檜隈川―ひくまがわ

さ檜の隈 檜の隈川の 瀬を早み 君が手取らば 言寄せむかも
―作者不詳

近鉄、岡寺から東の橘寺の南一帯の丘陵を檜隈と言う。この川は畝傍山の西を回る小川。若い男女の姿が水面に浮かぶようだ。

5日 明日香川

@明日香川 瀬々に玉藻は 生ひたれど しがらみあれば 靡きあはなくに―作者不詳―飛鳥川は、どこにでもある田舎の里川。この川筋に定住していた飛鳥人、日常生活の雰囲気が漂う。

A明日香川 瀬々の玉藻の うち靡き 情―こころーは妹に 寄りにけるかも

明日香川

明日香川 川淀さらず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
―山部赤人

古都への賛美と思慕の思いの反歌。飛鳥川の霧のように消える古都への思いではないとみる。

6日 細川―多武峯

ふさ手折り 多武の山霧 しげみかも細川の瀬に波の騒ける
―柿本人麻呂

石舞台から多武峯に流れる今の冬野川。瀬音が急に高まり、おやっと山を見上げると山霧がそこまで下っている様であろうか。
7日

象の小川―吉野

@昔見し 象―きさーの小川を今見ればいよよ清―さやーけくなりにけるかも
―大伴旅人
Aわが命も常にあらぬか 昔見し象の小川を行きて見むため

象の小川は吉野山の金峯神社と水分山の山裾で合流し吉野川に注ぐ。清冽な小川であったろう。いよよ清けく・・幽邃な森林に響き渡る思い。

8日 なつみの川―吉野町菜摘

吉野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山かげにして
―湯原王

吉野宮滝の上流に菜摘がある。夏実の川である。

9日

曽我川―橿原市

真菅よし宗我の河原に鳴く千鳥 間無しわが背子 わが恋ふらくは
―作者未詳

千鳥の声の絶え間がないように私はあの男に恋こがれている。

10日

よしき川―奈良の吉城川

@吾妹子―わぎもこーに衣春日の宣寸川―よしきがわーよしもあらぬか妹が目を見む
―作者不詳
東大寺南大門手前の小橋の下がこの川である。

Aはねかずら今する妹をうら若みいざ率川―いさかわーの音のさやけき

11日

能登川

能登川の水底―みなそこーさへに照るまでに 三笠の山は咲きにけるかも
ー作者不詳

三笠山と高円山の間を流れるのが能登川。ひっそりとした風情が残っている。
12日

佐保川

@うちのぼる 佐保の川原の 青柳は 今は春べと なりにけるかも
―大伴坂上の郎女
―佐保内は顕官の居住地、今はどぶ川、当時は河鹿も聞こえたであろう。

A佐保川の清き川原に鳴く千鳥 蝦−かはずーと二つ 忘れかねつも
B佐保川に鳴くなる千鳥何しかも川原を偲びいや川のぼる

13日

石川

河内の大橋を独り去く娘子を見る歌
―しなー照る 片足羽川−かたしはがわーのさ丹塗りの大橋の上ゆ 紅の赤裳裾引き 山藍もち摺れる衣着て ただ独りい渡らす児は若草の 夫−つまーがあるらむ橿の実の 独りか寝らむ間はまくの欲しき我妹−わぎもーが 家の知らなく
―高橋虫麻呂

―大和川は石川あたりにかかる橋であろう。

―丹塗りの大橋を渡る娘、周囲は緑溢れていたであろう。紅の裳裾を引いた娘、山藍色の衣を着たうら若い娘、絵になる風景だ、新妻のように見えるし独りものかもしれない。訪ねてみたいがあの女の家も分からない・・。ロマンチストか
反歌
―大橋の頭
―つめーに家あらば うらがなしく独り行く児に宿貸さましを

14日 飛鳥川

@明日香川 黄葉―もみじばー流る葛城の山の木の葉は今し散るらし
―作者未詳

A大坂をわが越え来れば 二上に黄葉流る時雨ふりつつ
―飛鳥川は二上山南から流れ、竹内峠の古道に沿っている。

15日

まつちの山川

白栲―しろたえーに にほふ信土―まつちーの山川にわが馬なづむ家恋ふらしも
―作者未詳

待乳、真土川。紀和の境、渡し場で馬の戸惑い。

16日 木津川(泉川)1 @・・河近み瀬の音−とーぞ清き山近み鳥が音−ねー−とよーむ 秋されば山もとどろに さ男鹿は妻−めー呼び響め 春されば岡辺も繁−しじーに巌には花咲きををり・・
―田辺福麻呂
A山高く川の瀬清し 百世−ももよーまで神−かむーしみ行かむ大宮所
―山河のさやかな景観を見ると都をここに作られたのは尤もなことだと讃えている。
17日 木津川(泉川)2

狛山に鳴くほととぎす泉川 渡を遠みここに通はず
―田辺福麻呂

眼下の泉川の流れが一際きれいなのであろう。

18日

宇治川

もののふの 八十氏河―やそうじがわーの網代木にいさよふ浪の行く方知らずも
―柿本人麻呂

網代木は川中に編んだ魚捕獲の簾。この川の千古の実相洞察の深い眼であろう。
19日 安曇川

―あどもーひて漕ぎ行く船は高島の阿渡の水門−みなとーに泊−はーてにけむかも
―高市黒人

琵琶湖、去る船も行く船も湖上の寂寥に包まれてしまいそうである。
20日 泉川 @泉川行く瀬の水の絶えばこそ大宮処うつろひ行かめー田辺福麻呂
A宮材−みやぎー引く泉の杣に立つ民のやすむ時無く恋ひ渡るかもー作者不詳
B泉川渡瀬深みわが背子が旅行き衣ひづちなむかもー作者不詳
木津川は古くは山背川と言われた。木津・加茂一帯は水泉郷で当時泉の里と言われた。
21日

藤木川

足柄の土肥の河内に出づる湯の世にもたよらに児らが言はなくに―東歌

湧きでる湯のように、ゆたゆたとゆれ動くあの娘ではないと、確かだと。恋心の不安を歌う。

22日

多摩川

多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの児のここだ愛―かなーしき
―東歌
甲斐が嶺
―ねーに白きは雪かや いなをさの甲斐の裟衣―けごろもーや晒す手作りや晒す手作りー風俗歌

武蔵野の流れ、調布村、田園調布も手織りの麻布にちなむ名前。どうしてこの児がこんなに可愛いのかと。
23日 千曲川

信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ―東歌

あなたの踏まれた石なら玉として拾いますと純情可憐な乙女であろうか。
24日

利根川

利根川の川瀬も知らずただ渡り波に逢ふのす逢える君かも―東歌

恋人どうしの不意の出会いらしい。清新な比喩歌。

25日

遠賀川

天霧らひ日方吹くらし水茎の岡の水門に波立ち渡る
―作者未詳

福岡、日方は東風のこと。夜昼なく吹く風。古代の大宰府に通じる海路、陸路は垂水峠。
26日 玉島川

松浦―まつらーなる玉島川に鮎釣ると立たせる子らが家路知らずも―大伴旅人

唐津の虹の松原近く。玉島神社は三韓征討の神功皇后が鮎釣りで成否を占した名残り、女子が鮎を釣る習しある。
27日

石川

―ただーの逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
―依羅娘子―よさみのをとめ

人麻呂の妻、島根県、奈良石川説もある。三瓶山の霧も近くの江川で沸くという。すぐに逢えないから、雲を見てあの方をお偲びしよう。

28日 佐保川

飫宇−おうーの海の河原の千鳥 汝―なーが鳴けばわが佐保川の思ほゆらくに
―門部王

出雲で都の佐保川を思う歌。飫宇の海は宍道湖隣の中海である。意宇―おうーの地名も近くに現存。

29日

にぎし川―石川県能登の仁岸川

妹に逢はず久しくなりぬにぎし川清き瀬ごとに水占−みなうらーはへてな
―大伴家持

水占いでもして、遥かなる思いのなぐさめであろう。

30日

射水川
―富山

朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ船人
―大伴家持

北国の春、さめやらぬ朝の床で聞くともなしに、遥々と聞こえてくる声、射水川をもう早朝から漕ぎ上る船頭たちの姿か、郷愁か、春の朝のけだるさか。

31日 早月川
―立山

立山の雪し来らしも延槻―はひつきーの川の渡瀬 鐙―あぶみー−つーかすも
―大伴家持

早月川は延槻川と言われた。奔流する水流れに馬の鐙が水に浸かるようなさま。清冽な水は想像以上であったろう。