1日 |
漢方薬の祖―神農 |
赭鞭―しゃべんーをもって草木を鞭ち、百草を嘗めて始めて医薬あり。 |
赤い鞭で草木を叩いてはその汁をなめ、病いをなおす薬を創始した。 |
2日 |
鼓腹撃壌 |
天下泰平のことを言う。 |
最高の善政とは支配を感じさせない支配、政治を意識させない政治を表す寓話から出た。 |
3日 |
禅譲 |
禅譲の始まりは堯帝からであり、出来の悪い自分の子でなく舜に譲った。 |
帝位継承には、禅譲、世襲、放伐がある。 |
4日 |
肉山脯林 |
脯−ほーは干し肉、肉を山のように積み上げ帝王・桀の遊興である。 |
酒池肉林と並ぶ背徳的酒宴。 |
5日 |
酒池肉林・長夜の飲 |
酒をもって池となし、肉を懸けて林となし、長夜の飲をなす。 |
帝王・紂王は暴虐淫行の君主。 |
6日 |
炮烙−ほうらくーの刑 |
太い銅の柱に油塗り、真っ赤におこした炭火の上に横たえる。罪人にその上を歩かせ足を滑らせて火中に落ち、もがきながら焼け死ぬのを待ち見物した。 |
紂王と姐己の考案した“娯楽” |
7日 | 鳴かず飛ばず |
際立った言動や成果もなく、目立たない存在のこと。 |
雌伏して満を持して機会を待つ春秋戦国時代の楚に出典ある。 |
8日 |
太公望―たいこうぼう |
大公が久しく待望していた人物の意。 |
中国では、真っ直ぐな釣り針を下ろして自分を認めてくれる人物を待っていたのだと「大公釣魚 願者上鉤」と大公が進んでやるのを待つの意である。 |
9日 |
臥薪嘗胆―がしんしょうたんー |
呉王が戦闘中、傷がもとで死亡した。子の夫差は、薪の上で寝起きー臥薪―しその痛みにつけても復讐心を燃やし、父君が越王に殺されたことをお忘れかと言わせた。 |
夫差は越軍を破り勾践を臣従させた。勾践は自分の寝床に獣の干し胆をつるして嘗めー嘗胆―負けた恥を忘れない。20年後、越は呉を滅ぼし夫差は自決して終わる。目的の為に耐え忍び艱難辛苦することを言う。 |
10日 |
孟母三遷 |
幼にして慈母三遷の教えを被る。 |
孟子の母が孟子の成長と学問の為に環境をよくしようと転々と転居した話。 |
11日 | 宗襄の仁 そうじょうのじん |
君子は人を阨−やくーに困しめず。 |
かけなくてもいい情けを相手にかけ酷い眼にあうことを言う。 |
12日 |
菅鮑−かんぽうーの交わり |
われを生む者は父母、われを知る者は鮑子なり。 |
心から理解しあっている交友関係を言う。 |
13日 |
刎頚―ふんけいーの交わり |
頗−はーこれを聞き、肉袒して荊―けいーを負い、門に詣−いたりーて罪を謝し、ついに刎頚の交わりをなす。 |
生死を共にして頸を刎ねられても変わることのない交友関係のこと。 |
14日 |
完璧 |
蘭相如、璧を奉じて往かんと願う。「城入らずんば臣請う、璧を完うして帰らん。 |
完全無欠のことを完璧というのはこの故事による。 |
15日 | 合従連衡 |
戦国時代の外交政策から出た言葉。複数の勢力が犇めきあっている場合に有効とされる。 |
合従は従は縦と同じで北から南の国々が結びついた。連衡の衡は横の意味で東西の諸国が結合した。 |
16日 |
遠交近攻 |
遠く交わりて近くを攻む。 |
遠くの国と同盟して近くの国を攻撃する政策。 |
17日 | 雌伏 | 鳴かず飛ばず。 |
際立った言動や成果もなく、目立たない存在のこと。雌伏して満を持して機会を待つ、春秋戦国時代の楚に出典ある。 |
18日 | まず隗より始めよ |
いま、王必ずや士を致さんと欲せば、まず隗より始めよ。いわんや隗より賢なる者、あに千里を遠しとせんや。 |
まず自分からやりなさいである。燕の国に出典あり。 |
19日 |
皇帝の由来 |
皇帝という言葉は2200年前の秦の始皇帝が発明した言葉と言われる。始皇帝は「わしの徳は三皇をあわせたものに等しく、功績は五帝にもまさるものだ。これを総合して皇帝としよう」と言った。 |
太古の伝説ある聖王で、天皇、地皇、人皇を三皇と言い、その後の黄帝、ぎょく帝、帝こく、尭帝、舜帝を五帝という。この皇と帝を合成した言葉。 |
20日 |
焚書坑儒 |
始皇帝が天下統一後8年、宰相李斯が過去を引き合いにさせない為に秦の記録・書物一切を焼却させた。これが焚書である。 |
翌年、始皇帝は妖言の罪で学者を調べたが他人を非難するばかりで始皇帝は立腹し有罪464人ほ生き埋めの刑に処した、これが坑儒である。 |
21日 |
韓信の股くぐり |
韓信は劉邦の武将として項羽を倒した最大の功労者、不遇の若い時、無頼の者が、偉そうに剣をブラブラしているが、やれるんなら刺してみろ、できなければ股を潜れという。 |
韓信は睨んでいたが、やがい這い蹲り股を潜った。後、侮辱したこの無頼者を中尉に取り立てて、こいつの御蔭で今日があると言った。 |
22日 |
国士無双 |
諸将は得やすきのみ。信は国士無双なり。 |
韓信にまつわる話。韓信こそ、国を背負う人士であり、ふたりとない人材―国士無双です。劉邦に進言し大将軍に任命した。 |
23日 |
背水の陣 |
万人をしてまず水を背にして陣せしむ。 |
逃げ道のない状態に身を置き死にもの狂いで頑張ること。韓信の作戦から有名になった言葉。 |
24日 | 四面楚歌 |
項羽、夜、漢の軍四面みな楚歌するを聞き、大いに驚きて曰く「漢みなすでに楚を得たるか。なんぞ楚人の多きや」 |
回りから非難を浴び孤立している状態であるが悲運の英雄のつぶやきである。 |
25日 |
曲学阿世 |
公孫子、正学を努めてもって言え。学を曲げ、もって世に阿―おもーねるなかれ。 |
時流に媚びて真理を歪曲することである。こうした人物を「曲学阿世の徒」という。 |
26日 |
長生きの秘訣 |
天下あに仙人あらんや、ことごとく妖妄のみ。食を節し薬を服せばやや病を少なくすべきのみ。 |
この世に仙人などいるものか、みな出鱈目だった。暴飲暴食を慎み、病気になったら薬を飲む。そうすれば、幾らか長生きできるというだけのことだろう。武帝の言葉である。 |
27日 | 矍鑠―かくしゃく | 矍鑠たるかな、この翁や。 |
矍−かくーは驚いて見まわすこと。鑠―しゃくーは強い火で金属を溶かすこと。後漢の将軍馬援の故事による。 |
28日 |
糟糠の妻 |
貧賎の交わりは忘るべからず。糟糠の妻は堂より下さず。 |
糟はカス、糠はヌカで、苦労を共にした妻の意。後漢、光武帝の時の故事。 |
29日 | 虎子 | 虎穴に入らずんば虎子−こしーを得ず。 |
虎児とも言う。後漢時代に、匈奴の使者を襲撃し成功した。 |
30日 |
水魚の交わり |
孤の孔明あるは、なお魚の水あるがごとし。 |
私―孤−が孔明を得たのは魚が水を得たようなものなのだ。諸君も理解して欲しい。劉備と孔明の親密な関係。 |
31日 |
破竹の勢い |
兵威すでに振るう。例えば竹を破るがごとし。数節の後は、刃を迎えて解く。また手を著くる処なし。 |
猛烈な勢いのこと。最初の一節か二節を割れば刃を当てるまでもなく自然に割れるさま。 |