佐藤一斎「言志晩録」その五 岫雲斎補注
平成25年2月1日--281日
2月1日 | 101.
覇者と王者 |
「努めて英雄の心を攬る」とは、覇者之を以う。 「天下の従う所を以て、親戚の畔く所を攻む」とは、王者之を以う。 |
岫雲斎 |
2日 | 102.
武王の心事 |
前徒戈を倒にし、後を攻めて以て北ぐ。 武王の心、此の時果して何如。以て怪と為すか。 蓋し亦惻然として痛み、或は愧ずる有らん。
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岫雲斎 |
3日 | 103.
彼を知るは易く、己を知るは難し |
彼を知り己を知れば、百戦百勝す。彼を知るは、難きに似て易く、己を知るは、易きに似て難し。
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岫雲斎 |
4日 | 104.
兵家の虚と実 |
敵、背後に在るは、兵家の忌む所、実を避けて虚を撃つは、兵家の好む所、地利の得失、防御の形勢、宜しく此れを以って察を致すべし。
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岫雲斎 |
5日 | 105.
人心を頼むべし |
器械を頼むこと勿れ。当に人心を頼むべし。 衆寡を問うこと勿れ。当に師律を問うべし。 |
岫雲斎 |
6日 | 106.
江戸の火消し |
都城には十隊八方の防火を置く、極めて深慮有り。 |
岫雲斎 |
7日 | 107.
国初の武士と今の武士 |
国初の武士は、上下皆泅泳を能くし、調騎と相若し。今は則ち或は慣わず。恐らくは欠事たらん。軍馬は宜しく野産を用うべし。古来駿馬は多く野産なり。余は少時好みて野産を馭したりしが、今は則ち老いたり。鞍に拠りて顧眄する能わず。歎ず可し。
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岫雲斎 |
8日 | 108.
昔の弓 |
我が邦は、古より弓箭に長じ、然も古に於ては、皆木弓にて、即ち謂わゆる梓弓なりき。或は謂う、木弓は騎上最も便なりと。須らく査すべし。 |
岫雲斎 わが国は昔から弓術に長じていた。しかも、昔はみな木で作った梓弓である。或る人いう、「木弓は馬上で最も便利だ」と。十分に調べる必要がある。 |
9日 | 109. 攻法あれば守法あり |
功法有れば、必ず守法有り。大砲を禦ぐには、聞く、西蛮は鍛牛革を用い、形、屋大なりし。須らく査すべし。 |
岫雲斎 |
10日 | 110.
江戸期の常備品考 |
什器中、宜しく縮遠鏡を置き、又大小壷盧を齎すべし。並に有用の物たり。欠く可からず。 |
岫雲斎 |
11日 | 111.
地道と天道 |
地道の秘を窃む者は、以て覇を語る可く、天道の薀を極むる者は、以て王を言う可し。 |
岫雲斎 |
12日 | 112.
事物必ず対あり |
天地間の事物必ず対有り。相待って固し。嘉ぐう、怨ぐうを問わず、資益を相為す。此の理須らく商思すべし。
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岫雲斎 |
13日 | 113.
備えあれば患なし |
英傑は非常の人物にして、固と不世出たり。然れども下位に屈して志を得ざれば、則ち其の能を肆にする能わず。幸に地位を得れば、則ち或は遠略を図ること、古今往々に之れ有り。 知らず、当今諸蛮君長の人物果して何如を。 蓋し備有れば患無し。我れは惟だ当に警を無事の日に致すべきのみ。 |
岫雲斎 |
14日 | 114.
民心を結び金城湯池とせよ |
海警は予め備えざる可からず。然れども環海の広き、其れ以て尽く防禦を為す可けんや。固く民心を結び以て金城湯池と為すに若くは莫し。沿海皆能く是くの如くば、外冦は虞と為すに足らじ。然らずんば数万の巨熕を設くと雖も、亦以て寇戎に資するに足らん。益無きなり。 |
岫雲斎 |
15日 | 115.
士気を振起するの率先のみ |
士気振わざれば、則ち防禦固からず。 防禦固からざれば、則ち民心も亦固きこと能わず。 然れども、其の士気を振起するは人主の自ら奮いて以て率先を為すに在り。 復た別法の設く可き無し。 |
岫雲斎 |
16日 | 116.
海防は民和が先 |
海防の任に膺る者は、民和を得るを以て先と為し、器械は之れに次ぐ。又須らく彼此の長短を校べて、以て趨避を為すべし。尤も釁端を啓きて以て後患を胎すみと勿きを要す。 |
岫雲斎 |
17日 | 117.
鎖国時代の考え |
我が邦独立して、異域に仰がざるは、海外の人皆之れを知れり。旧法を確守するの善たるに如かず。功利の人は、事を好む。濫りに聴く可からず。 |
岫雲斎 |
18日 | 118.
長崎での話 |
余は往年、崎に遊び、崎人の話を聞けり。 曰く「漢土には不逞の徒有りて、多く満州に出奔し、満より再び蛮舶に投ず。 故に蛮舶中往々漢人有りて、之が耳目たり。 憎む可きの甚だしきなり。今は漢、満一家関門厳ならず。奈何ともす可からず」と。
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岫雲斎 |
19日 | 119.
勝って驕らず、負けて挫けず |
戦伐の道、始に勝つ者は、将卒必ず驕る。 |
岫雲斎 |
20日 | 120.
人主の心得べき事項 |
人主は宜しく敵国外患を以て薬石と為し、法家払士を以て良医と為すべし。 |
岫雲斎 |
21日 | 121.
政治における乗数と除数 |
賢才を挙ぐれば百僚振い、不能を矜めば衆人勧むは、乗数なり。 大臣を猜めば讒匿興り、親戚を疎んずれば物情乖くは、除数なり。 須らく能く機先を慎みて以て来後を慮るべし。 |
岫雲斎 |
22日 | 122.
終りを考えて仕事を始めよ |
凡そ、事は功有るに似て功無きこと有り。幣有るに似て幣無きこと有り。況んや数年を経て効を見るの事に於てをや。宜しく先ず其の終始を熟図して而して
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岫雲斎 |
23日 | 123.
和の一字、治乱を一串す |
三軍和せずんば、以て戦を言い難し。百官和せずんば、以て治を言い難し。書に言う「寅を同じゅうし、恭しきを協えて、和衷せん哉」と。唯だ和の一字、治乱を一串す。 |
岫雲斎 |
24日 | 124.
王安石の失敗に思う |
王荊公の本意は、其の君を堯舜にするに在り。而れども其の為す所皆功利に在れば、則ち群宵旨を希い、競うて利を以て進み、遂に一敗して終を保つ能わず。究に亦自ら取る。惜しむ可し。後の輔相たる者宜しく鑑みるべき所なり。 |
岫雲斎 |
25日 | 125.
才より量をとる |
才有りて量無ければ、物を容るる能わず。量有りて才無ければ、亦事を済さず。両者兼ぬることを得可からずんば、寧ろ才を舎てて量を取らん。 |
岫雲斎 |
26日 | 126 .人の上に立つ人の心得 |
相位に居る者は、最も宜しく明通公溥なるべし。明通ならざれば則ち偏狭なり。公溥ならざれば則ち執拗なり。 |
岫雲斎 |
27日 | 127.
常と変 |
気運には常変有り。常は是れ変の漸にして痕迹を見ず。故に之を常と謂う。変は是れ漸の極にして、痕迹を見る。故に之を変と謂う。春秋の如きは是れ常、夏冬は是れ変。其の漸と極とを以てなり。人事の常変も亦気運の常変に係れり。故に変革の時に当れば、天人斎しく変ず。大賢の世に出ずる有れば、必ず又大奸の世に出ずる有り。其の変を以てなり。常漸の時は、則ち人に於ても亦大賢奸無し。
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岫雲斎 |
28日 | 128.
創業と守成 |
創業、守成の称は、開国、継世を泛言するのみ。 |
岫雲斎 |