五寒

前漢時代の学者・(りゅう)(きょう)が「五寒」ということを説いております。 

一、「(まつりごと)(はづ)る」

二、「(はかりごと)()る」

三、「女(はげ)し」

四、「卿士(きょうし)を禮せず政事敗(せいじやぶ)る」

五、「内を修むる(あた)はずして外を務む」


古来、この五つは名言として、今日でも専門の学者がよく引用するものでありまして、極めて簡にして要を得た、政治に対する戒めであります。国には色々と冷え込むことがあり、国民が凍えることがあるが、それは雪や氷のことではないと言って、 

政外(まつりごとはづ)る」

その第一を「政外(まつりごさはず)る」としております。外ははずれるので、政治のピントがはづれることです。

政治というものは、やはり筋が通り、肝所(かんどころ)がぴったりと抑えられていないといけません。それがピントが合わず、勘がはづれて、ぼけてしまう。 

政治というものは、元来無駄が多く、ピントの合わぬことが多い大変難しいものです。日常の会話などもそうですね。何かくどくどと言って要領を得なかったり、つぼが外れておるような話し方では、交渉に成功しません。特に政治のピントが外れてだらしがないというのは一番いけません。これが第一寒であります。 

謀泄(はかりごとも)る」

第二は「謀泄(はかりごとも)る」。前と同じく簡単な言葉でうまく捕えています。即ち謀りごとが洩れること。

秘密を要する色々機微の問題がどんどん抜けてしまうことでありまして、ニクソン大統領のウオーターゲート事件等はこれに属します。 

「女(はげ)し」

第三は「女(はげ)し」。巧い簡単な、しかも日本人には一寸使えない言葉で、大変面白い文字です。「「(はげ)」という字は、荒砥(あらと)のことで、そこから荒々しいという意味になり、一転して疫病、流行病というような、色々の意味に転化するのでありますが、この場合は女が女らしさを失って、荒々しくなるということであります。

現代は、世界中がこの女獅フ問題で困っておるのではないでしょうか。 

国が栄える時には必ず女が立派であります。徳川氏が三百年の長い間続いたのは、少なからず武士の妻、武士の娘のお蔭です。男だけなら百年も持たなかったでしょう。これは歴史学者、社会学者の等しく肯定する処であります。

この頃の新聞の社会面を見ておると、(おんなはげし)の数々が現れておりますが、中国の昔においても同じであったとみえて、これを挙げております。 

卿士(きょうし)を尊敬しない」

第四に「卿士を尊敬しない」と、政治が段々堕落する。卿士とは大事な要職にある為政者、政治家を言い、その代表は大臣であります。 

ニクソン大統領の失政の一つは、国務省というものがあって、国務長官がおりますのに、これを疎外してキッシンジャーを使って忍者外交のようなことをドシドシやったことであります。後にキッシンジャーを国務長官にしましたが、政界の裏表の筋が通りませんと、政治は退廃します。 

「内を修むる(あた)はずして外を務む」

最後の第五は「内を修むる(あた)はずして外を務む」

内政をうまくやることが出来ない為に、これをカバーする目的で、特に外に問題を構えて国民の目を之に向ける。 

世界の国々を注意しておりますと、この方法によって対外工作をやっておる国が多く見られます。これは政治家に限らず、人間のよくやることです。 

安岡正篤先生の言葉