「日本を震え上がらせる」と表明した習政権  

日本経済新聞 編集委員 飯野克

 

習近平国家主席ひきいる中国共産党政権は「抗日戦争勝利70周年」となる今年9月3日に、北京で軍事パレードを実施する方針を固めたようだ。正式発表があったわけではないが、メディアの報道ぶりからは間違いない、との印象を受ける。

■4年前倒しに政治的思惑

習政権は軍事パレードの前倒しを決めたようだ(建国60周年の200910月のパレード)=新華社・共同

 文化大革命の混乱もあって長らく途絶えていた北京での軍事パレードが復活したのは、1984年の10月1日のこと。中華人民共和国の建国35周年にあたる国慶節(建国記念日)だった。このとき党内で序列1位は総書記の胡耀邦氏だったが、パレードでは中央軍事委員会主席だったケ小平氏が閲兵し、ケ氏こそ本当の最高実力者だと内外に見せつけた。

 その次は99年、建国50周年の国慶節だった。閲兵したのは党総書記と軍事委主席、国家主席を兼ねていた江沢民氏。ケ氏は2年前に死去していたので、このパレードは最高指導者としての江氏を内外に印象づけるパフォーマンスという意味合いが強かった。そして建国60周年の2009年の国慶節。前回の江氏と同様に党と軍、国家のトップを兼任していた胡錦濤氏が閲兵した。

 こうしたいきさつを踏まえるなら、次の軍事パレードは建国70周年の国慶節に当たる1910月1日だろう、と考えるのが自然といえる。だが習政権はあえて前倒しを決めた。中国の軍事パレードでは初めて、外国の首脳を賓客として招くとも報じられている。そこには政治的な思惑があるとみなければならない。その一端を披露してみせたのは共産党機関紙の「人民日報」だった。

 (1)中国の軍事的な実力を示す(2)日本を震え上がらせ、戦後の世界秩序を守ろうとする中国の固い決意を世界に示す(3)中国軍の姿を国民に示し、国民の信念を結集させ国民の誇りを高める(4)軍という「刀の柄(つか)」を党と人民がしっかり握っていることを腐敗分子に示す――。人民日報はインターネット向けの文章で、軍事パレードの目的をこう解説した。

 人民日報は共産党の「舌」「喉」を自任するメディアだ。「日本を震え上がらせる」とは習政権の言葉にほかならない。同じころ、イスラム過激派の「イスラム国」が2人の邦人を人質にして日本政府への揺さぶりを繰り返していたが、イスラム国よりはるかに巨大な軍事力を背景にした脅迫的な言葉が、日本に向けて発せられていたわけだ。

 もっとも、日本を震え上がらせる、という言葉がどこまで本気なのかは、読み切れない面がある。あくまでもネット向けの文章で、「人民日報」本体に掲載したわけではない。中国国内の「腐敗分子」と日本を一緒くたにしていることからも、軍事パレードを前倒しする口実として持ち出してきた、という印象は強い。

 

 

フォームの終わり

改めて指摘すれば、北京での軍事パレードは歴代の最高指導者の威信を高めるためのパフォーマンスだった。とりわけ、軍に対する指導力を内外に見せつける意味合いが強かった。今回の前倒しは、習主席の威信を早く高めたいという思惑が大きく働いた、とみるのが素直だろう。香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」によると、中国の退役軍人からもそんな見方が出ている。習主席は権力基盤を強化するのに日本をダシにしている、といえる。

■「悪役としての日本」の存在価値

 「日本を震え上がらせ、戦後の世界秩序を守ろうとする中国の固い決意を世界に示す」という言い回しからは、別の意味で日本をダシにする思惑もうかがえる。南シナ海で実効支配する領域を広げるなど、共産党政権はじわじわと国際秩序を変更していく戦略を進めている。「日本こそが戦後秩序を変更しようとしている」と宣伝するのは、中国は秩序を保とうとしている側だと内外にアピールする狙いから、といえよう。

 もちろん、本気で日本を震え上がらせようとしている可能性も否定できない。実際にどれほどの規模の軍事パレードになり、どんな兵器がお目見えするのか、注目しなければならない。

 実際に日本を震え上がらせるほどの軍事パレードとなれば、震え上がるのは日本だけではないだろう。日本を震え上がらせるまではいかなくても、アジアの多くの国々を震え上がらせる効果はあるかもしれない。現時点で共産党政権が本当に震え上がらせたいのは、南シナ海の島々の領有権を争うベトナムやフィリピン、あるいは来年に総統選挙を控える台湾ではないか。だとすれば、やはり日本をダシにしているといえる。

 共産党政権にとって「悪役としての日本」には存在価値がある――。21世紀になって初めて大規模な反日デモが中国各地で起きた2005年、日経朝刊でこんな解説をしたことがある。10年を経て、「悪役」の存在価値は一段と高まっているようにみえる。一方こうした中国の言動は、憲法改正や秘密保護体制の強化といった政策を安倍晋三首相が進めるうえで、格好のダシになっている。

 昨年11月に日中間の危機管理をめざす4項目合意が発表されたあと、首脳会談がまがりなりにも実現し、4項目合意に基づく危機防止の取り組みも動き出した。にもかかわらず楽観的な気分にはなれない、戦後70周年である。