老荘を読む その三
私は今春には満78歳となる。依然として枯れていない。未熟である。
老子には程遠い人間だと考えていたが、終の道は、老子、これかなと
思うことしきりである。
平成21年3月度
1日 | 不争の徳 |
「善く敵に勝つ者は与わず。善く人を用うる者はこれが下になる」。 |
勝つことの名人は力づくの対決に走らない。人使いの名人は相手の下手に出るのだという。老子はこれを不争の徳と言っている。孫子も戦わずして勝つのを理想の勝ち方としている。「用兵の道は、心を攻めるを上となし、城を攻めるを下となす」と力説している。 |
2日 | 退くのも戦略 |
「吾敢えて主とならずして客となる。敢えて寸を進まずして尺を退く」。 |
こちらからは積極的に仕掛けないで相手が仕掛けてくるのを待つ。老子は「これはつまり、あえて進撃しない、あえて腕をふりあげない、あえて武器を手にしない、あえて攻撃を加えないということだ」と解説している。戦いとはやむを得ずするものだの意であろう。 |
3日 | 勝算無きは戦う勿れ |
「禍は敵を無みにするより大なるはなく、敵を無みするは吾が宝を亡うに近し」。 (第六十九章) |
敵を軽視して遮二無二攻撃するなど愚かなことはない。それは国を破滅させてしまうのがオチだ。孫子の兵法の基本原則も「勝算無きは戦う勿れ」で、勝算なければ一旦後に退き情勢の変化を待てという。杜撰な戦力分析、一面的、主観的判断による自信過剰は禁物。 |
4日 | 知らぬふり |
「知りて知らずとするは、尚なり。 |
最高の在り方は、知っていて知らぬふりをすることだ。知りもしないのに知ったかぶりは重大な欠点だ。孔子は「これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らずとなす。これ知るなり」と論語に言う。老子は「知りて知らずとなせ」と老獪である。厳しい現実を生きる上の処世の知恵か? |
5日 | 本物の勇とは |
「敢えてするに勇なれば則ち殺し、敢えてせざるに勇なれば則ち活く」。 |
勇気でも、前へ進む勇気は自分を殺し、後へ退く勇気は自分を生かすのだという。勇は決断力、リーダーの必須要件である。だが、前進の勇はまだやさしく、それは匹夫の勇であり、本物の勇は、後へ引く決断であり、何もしない勇気、これこそが本物の勇だというのである。 |
6日 | 天の道 |
「天網恢恢、疎にして失わず」。 (第七十三章) |
天網は天が悪人を捕らえるため張り巡らせた網、恢恢とは、広く大きいこと。疎にして失わずとは、網の目は粗いが取り逃がさないという意。中国人は神を持たない民族、かれらの拠り所は「天であり天道」。老子は言う「天の道は、戦わないで勝利を収め、命令なしでも服従され、呼ばなくても向こうからやってくる、のんびり構えておりながら深い謀を秘めている」と。現実世界は一見、悪が栄えて善が虐げられているように見えるが長い目で見ると天は必ず善に味方し悪を懲らすと。 |
7日 | 為政者の作為 |
「百姓の治まらざるや、その上の以って為すあるを以ってなり。ここを以って治まらず」。 (第七十五章) |
人民が統治に服さないのは為政者が作為を弄するからだという。だから無為の政治こそ理想だという。ここで為政者の作為とは老子は、税金の取立てで生活の不安、上からの干渉、抑圧による人心離反、人民の欲望を刺激し社会競争の激化であるらしい。 |
8日 | 柳に雪折れなし |
「堅強は死の徒なり。柔弱は生の徒なり」。 (第七十六章) |
柔らかいものや弱いものが堅いものや強いものよりも勝っている、これが老子の認識。堅強は死の仲間、柔弱は生の仲間。人間は死ねば強ばって堅くなる、生きている時は柔らかいではないか。柳に雪折れなしか。進むことだけで退くことを知らぬと自滅する。 |
9日 | 老子の願い |
「天の道は、余りあるを損じて足らざるを益す」。 (第七十七 |
天は余裕ある者から減らし、足りない者には増やしてやるのだという。これは願いであろう。現実は、いつの時代でも貴賎、貧富の差が厳然として存在していた。社会的なバランス問題は個人の能力と努力と環境、とか運もあり一筋縄では解決できない。 |
10日 | 水の強さは弱さに在る |
「天下に水より柔弱なるはなし。而して堅強を攻むるはこれによく先んずるはなし」。 (第七十八章) |
老子は「上善は水の如し」と言い処世の理想を水に求めた。この世の中で水ほど弱いものはない。その癖に強いものに打ち勝つ、水にまさるものはない」。その理由は「水は弱さに徹しているからだ」と言う。 |
11日 | 柔は徳を体現 |
「柔の剛に勝ち、弱の強に勝つは、天下知らざるなきも、これを能く行なうなし」。 (第七十八章) |
「柔よく剛を制す」は「三略」にもある。要するにこれを実行している者はないという。強い者は力ずくで相手に望む、即ち徳を体現しない。弱い者は弱いから徳を体現している。ただ、弱が強に勝つためにはそれなりの戦略戦術が必要。 |
12日 | 怨みを買うな |
「大怨を和すれば、必ず余怨あり。焉んぞ以って善となすべけんや」。 (第七十九章) |
大きな怨を買えば、たとえ和解したとしても必ずしこりが残る。人の怨みを買うのは賢明な処世ではない。人の怨みを買うほどつまらぬものはない。 |
13日 | 中国人の慎重さ |
中国人は一般的に、人間関係の対応で極めて慎重であるのは私の現役時代の華僑の方々との交際でも理解できる。人の怨みを買うまいとの配慮が働いている。 |
その点、我々日本人は、随分と鈍感かも知れない。平気で人の心ら傷つけるような発言したり、したりしてもその事に気づかない。 島国人は人間学に於いて未熟なのであろう。 |
14日 | 怨みを買わぬ方法 |
人の怨みを避ける方法を「菜根譚」は極めて実践的に指摘をしている。 |
「小さい過失を咎めない」、 「人の隠し事は暴かない」、 「人の古傷は忘れてやる」。 他人に対してこの三つを心がければ、自分の人格を高め人の怨みを買うことを少なくすることができる。 |
15日 | 徳の泉 |
「信言は美ならず、美言は真ならず」。 (第八十一章) |
信言とは、実のある言葉。真実味のある言葉は飾り気が無い。飾り気のある言葉は真実味がない。老子は多弁や能弁の害を戒め「大弁は訥なるが如し」と言い切る。寡言や不言こそが「徳の源」だという。 必要以上の多弁、能弁はよくないことである、信が不在となるからだ。言葉を選ぶことである。 |
16日 | 天道 |
「天道は親なし、恒に善人に与す」。 |
天のやり方は、エコヒイキが無い、いつも善人に味方をしている、というのである。天網恢恢、疎にして失わず。天の道は、余りあるを損じて足らざるを益す。天の道については、これらの言葉もあった。中国人の心の拠り所は天なのである。そう信じて過酷な現実を生き抜いてきたのである。 |
17日 | しなやかに生きる |
「天の道は、利して害せず。人の道は為して争わず」。 (第八十一章) |
天の道は、万物に恩恵を与えるだけで、害を加えることはない。人の道は、与えられた責任を果たしながら人と争わない。社会人として人間として持ち場を淡々と責任を果たし、しなやかに生きていくことであろう。 |
荘子を読む |
荘子を読む |
荘子を読む |
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18日 | 無心 |
「善く游ぐ者の数かに能くするは、水を忘るればなり」。 (達生篇)。 |
泳ぎのうまい者ほど水を意識しない。無心の境地を言わんとしたのであろう。 |
19日 | 調和 |
「善く生を養う者は羊を牧するが若く然り。その後るるものを視てこれを鞭つ」。 (達生篇) |
養生、生を養うとは、与えられた生命を全うすることである。長生の秘訣である。それは羊を飼う時の要領と同じだという。羊飼いは、群れをまとめるのに気をつかう、その為には群れから外れそうな羊に鞭をやれば群れをまとめられる。健康維持も、このコツだという。全体の調和のことである。バランス、片寄らないハ、メを外さない。 |
20日 | 二大本能 |
「人の畏れを取る所のものは、衽席の上、飲食の間なり。而るにこれがために戒むるを知らざる者は、過ちなり」。 |
「衽席の上」とは性欲のこと。人間として慎重に対処しなければならないのは性欲と食欲の二つである」。これを「戒め」なくてはならぬ事を知らない人々がいるが、とんでもない間違いである」ということ。この養生が大切である。 |
21日 | 孔子の「三戒」 |
孔子も「君子に三戒あり」といい次のように語っている。 |
「まだ血気の定まらぬ青年時代には、色欲を自重する。 血気盛んな壮年期には、闘争欲を自重する。 血気の衰える老年期には物欲を自重せよ」と。 |
22日 | 木鶏 |
「これを望むに木鶏に似たり。その徳全し」。 |
有名な「木鶏」の話である。闘鶏飼い名人・紀せい子、「鶏、鳴くものありと雖も、既に変ずることなし。これを望むに木鶏に似たり。その徳全し。異鶏あえて応ずるものなく、反り走らん」。内面にたっぷり徳を蓄えながら、いついかなる事態になっても動じない、この木鶏の姿こそ理想の人間像であろう。 |
23日 | 人間社会の現実 |
「合すれば則ち離れ、成れば則ち毀れ、廉ければ則ち挫け、尊ければ則ち議き、為すあれば則ち虧われ、賢なれば則ち謀られ、不肖なれば則ち欺かる」。 (山木篇) |
合したかと思えば離れ去り、成功したと見ると失敗に見舞われる。 鋭いものは忽ち折られ、地位の高い者はたちまち転落する。 やる気を起こせば妨害されるし、賢ければ足を引っ張られ、愚かであれば騙される。 この世の中には一定不変など何一つない。 宇宙の原理は「変化」なのである。 |
24日 | しぶとく生きる |
「進んで敢えて前とならず、退きて敢えて後ろともならず」。 |
先頭にもならず、ビリにもならず、中段あたりにつけてマイペースで走る。そのような生き方が理想的だという。何故先頭がいけないか。 @先頭を譲るまいとすると限界を超えた頑張りとなり無理をする。 A先頭に立てばいやでも目立つ、目立てば敵にされ集中砲火を浴び真っ先に潰されてしまう。 B敵は外部だけでなく内部にもいる。内部の敵に足を引っ張られる。 「要は目立たず、落ちこぼれず、しぶとく生き抜くことであろうか。 |
25日 | 能力は包み隠せ |
「直木は先ず伐られ、甘水は先ず竭く」。 (山木篇) |
真っ直ぐな木はよい材木となるので真っ先に切り倒される。美味しい水の出る井戸も真っ先に飲み尽くされる。人間も同様、なまじ能力があるとその能力故に使い潰される。能力は包み隠して人に見せないことだと荘子も言う。有能な人間は躓きやすいものである。 |
26日 | 控え目こそ |
「自ら伐る者は功なく、功成る者は堕たれ、名成る者は虧わる」。 |
自分の能力を鼻にかける人間は成功しない。成功した人間は足を引っ張られる。名声を得た人間は非難にさらされる。動あれば反動、人間社会の不変の真理であろう。能力をひけらかさないで、能力ある程、謙虚で控え目な生活に徹することである。そうすれば向こうから転がり込んでくるのが人間社会というものかもしれない。 |
27日 | 利害関係の本質 |
「利を以って合する者は、窮禍患害に迫られてあい棄つるなり」。 |
利益や打算により結びついたものは、逆境や困難に見舞われると見捨ててしまう。人間学のイロハである。 利益関係は限界がある、それが本質なのである。友情と利害関係を混同してはならぬ。 |
28日 | 即かず離れず。 |
「君子の交わりは淡きこと水の若し。小人の交わりは甘きこと醴の若し」。 |
人口に膾炙した言葉である。醴は甘酒、べたべたした交わりを言う。荘子は付け加えている「君子は淡くして以って親しみ、小人は甘くして以って絶つ。かの故なくして以って合する者は |
29日 | 我が身の危険 |
「吾、形を守りて身を忘れ、濁水に観て清淵に迷えり」。 (山木篇) |
外物に心を奪われて、自分のうかつさに気づかない。 欲得に心をくらまされて真実の姿を見失った様を言う。 |
30日 | 賢 |
「行ない賢にして自ら賢とするの行ないを去らば、安に行くとして愛せられざらんや」。 (山木篇) |
立派な行いをしていながら、それをひけらかさない。そんな人間であれば、どこへ行っても愛されないわけがない。賢は厳しい現実を生きていく上で有力な武器となる。だが、それをひけらかしたのでは、却って自分を傷つける凶器となってしまう。賢であるほど自戒が大切。 |
31日 | 人間の真価は |
「これ射の射にして不射の射にあらざるなり」。 (田子方篇) |
平地にて弓は百発百中であっても、断崖絶壁上では弓の構えさえできないことを言う。人間の真価が問われるのは、ピンチに陥ったときのことを指す。ピンチの時に動揺して持てる力を存分に発揮できないようでは本物とは言えない。 |