安岡正篤先生「一日一言」 そのE
平成25年3.月 

1日 君子自彊(じきょう)してやまず

大志を持てば持つほど、自己の教養、自己の人物の錬成ということに活眼を開かぬというと空疎な人間になってしまう。言うこと為すことは盛んなようで、実は人を誤る、世を誤るということになる。生々(せいせい)化育(かいく)、造化の本質に(したが)ってそれこそ、「君子(くんし)自彊(じきょう)して()まず」(立派な人間は自ら(つと)め励んで一刻も休むことがない)、絶えざる進歩でなければならん。 (心に響く言葉)

2日 無名有力 大体、人間は案外成功すると無力になるものです。有名になると無力になるものです。かえって無名であることが有力である事が多い。私は絶えず有名無力、無名有力ということを言う、特に若い人によく言う、君たちは決して有名になろうとしてはいかん。有名は多く無力になる。そうではなくて無名にして有力な人になるとことを思ったらなるべく無名でおることを考えなければならん。有名になったらもう何もできなくなるのです。(安岡正篤先生講演集)
3日 人物修練の根本的要件 人物修練の根本的条件は(おじ)めず(おく)せず、勇敢に、(しこう)して己を(むな)しうして、あらゆる人生の経験を()め尽くすことであります。人生の辛苦(しんく)艱難(かんなん)喜怒哀楽(きどあいらく)利害(りがい)得失(とくしつ)栄枯(えいこ)盛衰(せいすい)、そういう人生の真実、生活を勇敢に体験することです。その体験の中にその信念を生かして行って、初めて吾々に知行(ちこう)合一的(ごういつてき)に自己人物を練ることが出来るのであります。  (安岡正篤とその弟子)
4日 名士と迷士 人間も木と同じことですね。少しの財産だの、地位だの、名誉だの、というようなものが出来て社会的存在が聞こえてくると、懐の蒸れと一緒でいい気になって真理を聞かなくなる、道を学ばなくなる。つまり風通しや日当たりが悪くなるわけです。「名士というものは名士になるまでが名士であって、名士になるに従って迷士になる」などと申しますが、本当にそうですねもそうなるとつまらぬ事件などを起し意外に早く進歩が止まって根が浮き上がり倒れてしまう。実業家、政治家、学者、芸術家と称する者を見ても、およそ名士というようなものはそういうものであります。 (論語の活学)
5日 無名有力 大体、人間は案外成功すると無力になるものです。有名になると無力になるものです。かえって無名であることが有力である事が多い。私は絶えず有名無力、無名有力ということを言う、特に若い人によく言う、君たちは決して有名になろうとしてはいかん。有名は多く無力になる。そうではなくて無名にして有力な人になるとことを思ったらなるべく無名でおることを考えなければならん。有名になったらもう何もできなくなるのです。安岡正篤先生講演集)
6日 50の非を知るとは 真実に自己を否定して転ずると言うことは非常に難しいことであります。(きょ)(はく)(ぎょく)の「行年(こうねん)五十にして四十九の非を知る」というのは、一度否定して改めて前進するということであります。五十年っただけの変化をする。七十になって七十になっただけの変化をする。生きている限りは変化してやまない。唯変化するだけではなく延びる、進歩である。これが本当の易学易道であります。 (易学のしおり)
7日 猶興の士こそ  ベンジャミン・キッド(英国の社会学者)曰く、「(ゆう)(こう)の人物に依って新しい時勢が出来る」と。今日の時勢にあき足らぬ者、独醒(どくせい)の士が出ることは、感応の原理から言えば一つの感であり、そこに必ず応ずる者が生まれる。これを同志という。それは時勢に対してはまだ無力だが、やがてそれらが結ばれて有力となって来る。それが次の時勢を作って行くのである。 (瓠堂(こどう)随聞記)
8日 天下人とは 少しでも志ある人物は、この際、何よりもまず落ち着け、落ち着いてそして善く自己を省み、人を観察せよ。身の病いを治すすら容易でない。天下の病いを救うことがそう容易に出来るものではないのだ。天下を救うほどの人物は、理論闘争に耽ったり、思いつきの政策を振り回したり威張ったり、そねんだり、疑ったりしている輩ではない。純真で、能く善に感じ、士に下り、何の拘泥もない、極く自然な人間でなければならぬ。 (経世瑣(けいせいさ)(ごん))
9日 青年 おとなを恥じさせるような純真さ若々しい情熱と気魄、不羈(ふき)奔放(ほんぽう)な理想と寝食も忘れる勉強ぶりを持って偉大な人物に私淑し、万巻の書を読み、師友を求め、名山大川に遊び、酔生夢死(すいせいむし)にあきたらず何か感激に死のうとするような、止むに止まれぬ魂こそ青年の貴い精神である。(経世瑣(けいせいさ)(ごん))
10日

伝記を読め

人物に私淑せよ。現代にいなければ故人でもいい。それには伝記を読め。伝記を読むのはいいが、伝記を書いた人によっては、あまり良くない伝記もあるから、その人の著書を学べ。書いたもの、作った詩・和歌を読まなければいけない。まず原典を読むことを心がけなければいけない。一部を抜粋したようなものではいけない。大部の書を通読しなければいけない。   (安岡正篤に学ぶ人物学)
11日 微力の積み重ね

時代を正しく変革するきっかけと原動力はカレル(ALEXIS CARREL).の言う通り、一般の俗習と甚だ異なった信念、思想、戒律を持った少数の男子や女子の同志団体、この種のグループのおかげなのである。いくら、わいわい大勢を集めてデモなどやってみたところで、正しい時代の創造、変革と言うものは決して出来るものではない。むしろ、個人個人の個性に徹してゆく信念や切磋琢磨、その少数のグループというものが必要なのである。それがある時期が来ると、大きく一般化する。全局を動かすようになる。                    (人間維新)

12日 政治は人物 学問文化が栄えて、文明は人は衰退の影を長くし、世界の人類は滅亡の脅威にさらされている。政治はいかにすれば人を救うことが出来るであろうか。法律や機構や政策だけではどうなるものでもない。結局は人物である。衆生病む故に我病むというような、人類の悩みを己に抱いて、世の救いを祈る熱烈深刻な魂を持った政治家が輩出して、そういう人々が各国の政権の座に就いて、互いに誠を尽くして協議するようにならねば世界は治まらないであろう。                       (百朝集)
13日 人間味のない政治 この頃の政治を見ると、つくづく思うのは人間味が無さ過ぎる。あまりに理屈っぽく、機械的で、人間味が乏しい。常識があるなら承知の出来ないようなことが平気で行われる。今の日本くらいそういう意味で出鱈目な、人間味のない、道に合わぬことが公々(こうこう)(ぜん)として行われている国は、文明国にあまりないのじゃないかと思う。   (東洋学発掘)
14日 品格ある人物 日本の大臣や名士などにも、王永江ほどの教養・抱負・品格のある人物があればと思いますね。こうした人物がしみじみ欲しい。こうした人が出れば政治が変わってくる。現代の政治家たちは余りに俗であり、為に世をいかに汚染しているか測り知れない。これは時代の流れのせいでありますが、とかくこの頃は人間的妙味がなくなって参りました。              (人間の生き方)
15日 名士 名士などと言う者は案外下らぬ者が多い。始終、地位や名誉や黄金の獲得に熱中し、小人に囲繞(いじょう)せられ、雑務に忙殺されて暮さねばならないのだから、しんみり人生を味わうことなどは余程心がけが善くないと、到底できるものではない。だから閣下や重役になって好い気になるほど危険なことはない。                         (童心残筆)
16日 政治家の道徳的使命 日本の政治家も、この日本をどうするのだ、我々の祖宗をわれわれの代になって辱かしめるようでは、死んで祖宗に顔向けが出来ない、国民に相すまぬ、という天命と、それに基づいた道徳的使命を有する人でなければダメであります。自分さえ良ければよい、どさくさに乗じて巧くやろう、と言う者ばかりでは、どうもいかぬのであります。             (偉大なる対話)
17日 耐え難い政治家の頽廃 政治家の頽廃は、民衆の耐え難いものであるが、まず以て、政治家自身が、心ある者ほど耐え難いことであろう。これを恐れて政治家たることに躊躇している人々も少なくない。私はそういう多くの人々を知っている。これの人々が信念と勇気とを養って、政治の権威と名誉とを回復することがどうしても必要である。(東洋宰相学)
18日 任すということ 一体政治の要諦は、勝れた人材を知ること、知っていて用いること、用いて任すことにある。近代は人を知らぬことも甚しいが、知っても用いず、用いて任さぬ。任さないでは事は成せない。これをよくしないで、職業奉公なんと言ってみても、それは結局人に向かって、すっこんでおれ、俺のいいなり次第になれと言うことになってしまう。その結果が人事行政上頻繁な異動になって、折角の政務が悉く実地から遊離するのである。       (経世瑣言)
19日 政治家と役人 一般に政治というものは、その実・俗悪な・或は迷惑なもので、政治に関係しないのが正しく且つ安全な道だと思っている人々が随分多い。然るに、その政治ほど国民の生活、国民の運命を左右する力の強いものはない。何にしても政治と役人とを善くすることが、国民生活の進歩幸福を実現する一番捷径である。そこで、この政治と役人とが勝れた哲学や道徳を持つことほど有難いことはない。                      (為政三部書)
20日 政治と() 政治は民衆を相手とする大規模で複雑なものだけに、容意に私がはいり易く、虚偽や虚栄が(はびこ)り、また小さい原因から大きな混乱や錯誤を惹き起す。そこで根本的に大切なことは民衆の平和と安定とを掻き乱さぬようにすることであり、民衆の自然的な良さを保全して、悪賢く走らせぬことである。(老荘思想)
21日 情緒ある政治家

明治時代の政治家、とにかく世界の奇跡と言われるほどに日本を発展・勃興させた明治時代の政治家と、今日の議会などを通じて見る政治家とどこに相違があるか。第一の相違は、この情緒・精神の問題です。至醇な熱烈な情緒・精神と言うものを今どきの政治家は持ち合わさない。持っている人が誠に少ない。これが沢山出てくれば、世の中は問題ないのです。必ず良くなるのです。(青年の大成)

22日 政治は正しい人間が 政治は文字通り正し治めることであって、まず根本的に政治家自ら正しくなければならぬ。人間というものについて、また時代人心の動向について、深い哲学と見識を以て政治に当らねばならぬ。米の値段を幾らにする、金利をどうする、自動車料金をどう定めるというようなことも一々政策として大切なことに相違いないけれども、それはその場の対策、政策というものであって、政治そのものではない。                    (醒睡記)
23日 宰相 宰相と言うものは、どこか人々が安心して信頼できる人柄であることを最も根本問題とする。腕でもない、頭でもない、金でもない。やはり徳である。この徳を養うことを今の人々は忘れている。そして腕比べに奔走している。これを見てる民衆は、どう考え、どうきめこむか。ここに社会人心の不安があり動乱がある。この根本をいかに立てるかが第一義である。          (醒睡記)
24日 真の指導者 真の指導者は必ず謙虚で、私が無く、自己の利害・欲望によって汚されない良心から起つべきものであって、社会の善のために、また人類の幸福と進歩との為に指導し、私心を満たすためにするのではない。賢明な指導者はまた必ず自分ばかりでなく、他のエリートをひとしく指導者たらしめようと努力する。彼は何よりも先ず自分自身の指導者、模範となるように心がける。  (人生の大則)
25日 国政担当は 時世は大衆化するほど勝れた指導者いわゆるエリートを国政にあたらせねばならない。民主主義政治とは広く国民一般からそれぞれ有徳有能な人材を挙用して、一部の者のためではなく、国民全般、国家の進運にあたらせることにほかならない。人材の乏しい議会制民主主義政治など、実をいえば空念仏の愚劣事である。多くの場合、投機的小人の跋扈を酷くするに過ぎない。   (天有情)
26日 治世 政治を行うのであるから、何か新しい手を打たねばならぬ、何か与えなければならぬ、何か利を一つ考えなければならぬ、何か思い切った改革をしなければならぬ、という風に色々新たに手を打っていくよりも、案外妨害しておるものを取り除くことが、それこそ汚染し結滞しておるものを取り除くことが、大きな政治になっていくこともあるわけです。             (呻吟語を読む)
27日 一事を減らす これは戦争・政治・建設・内乱とあらゆる事を経験してきた耶律楚材(やりつそざい)の政治結論の一つであります。日本列島をよくしようと思ったら、今日の害悪がどこにあるかを先ず見定めて、それを取り除くことから始めなければなりません。一事を為す前に一事を減じなければならぬのですが、当今の政治家たちは、それは手柄にならぬから逆に何か新しく事をなそうとする。                      (人間の生き方)
28日 省の字 省の字、誰もみなこれをかえりみる(○○○○○)と読んでおるが、これだけでは五十点・今一つははぶく(○○○)という意味がある。この省の字をつくづく味わってみると、かえりみて(○○○○○)はぶく(○○○)ことの一番根源的なものは自己であるから、人間の存在そのもの、その生活、また従って政治にしろ、道徳にしろ、人間に関する一切はこの省に尽きると申して宜しい。      (論語・老子・禅)
29日 不朽の境地 俸禄(ほうろく)や、地位や、権勢や、名聞(めいぶん)に、俗人は熱中するけれども、そんなものは実は却って道の真を失い、生命を(けず)り、生活の煩累(はんるい)を増やすに過ぎない。それより簡素な生活に甘んじて、書を読み、自然を楽しんで、優游(ゆうゆう)自適(じてき)する方が、身の健康にも善く、心を永遠の境に()せることも出来、大きな目から()ればその方がどれぐらい天下国家の為になるかも知れぬとする。是れまた一不朽の境地である。         (東洋政治哲学)
30日

民を知り、国を知り、また之れを愛す

明治の代表的な人物、幕末維新の代表的な人物は実に能く人を知り、民衆を知り、時勢を知り、国家を知り、またこれを愛した。伊藤博文でも、山県有朋でも、西郷隆盛でも、大久保利通でも、みな毅然として自己というものを持っていた。自分の信念、識見を持って、そうして能く民を知り、国を知り、これを愛した人々である。                   (東洋学発掘)
31日 政治家に必要なものは 世界の奇跡と言われる程に日本を発展勃興させた明治時代の政治家と、今日の議会などを通じて見る政治家とのどこに相違があるか。第一の相違は、情緒・精神の問題です。至醇な熱烈な情緒・精神と言うものを、今どきの政治家は持ち合わさない。明治時代の政治家・大臣などは、天下国家の事になると、よく泣いた。今は人民のために泣く、国事を憂えて抱き合って泣く政治家がいましょうか。                     (運命を開く)