トヨタは守銭奴かー社会的還元をしない三河の田舎サムライ
                    天下・国家の指導的立場に立つ資格は無い。

先日、某温泉露天風呂で、いい気分で入湯を楽しんでいた。堂々たる体躯の60才前後の紳士が語りかけてきた。どうやら、かなりの規模の部支店長クラスと思われた。国内外の経済問題を色々と話している間に、なぜかトヨタの話題に移っていた。

まず、その紳士の言葉「トヨタと言うのは、本当に社会的寄付を絶対にしませんですね」と言った。
実は同じ事を70歳後半のインテリ老婆も以前そのような意味の事を、どこかで発言していたのを見たことがある。
私は、常日頃、そう思っていたので、やはり多くの人々の思いは同じだと意を強くした。

以前、バブル後の不景気の頃、トヨタは常勝企業であるが、大企業で世界的であるが、そのトヨタ自動車が、こんな事を発表して驚いたことがある。
「日曜日は電気料金が安いから休日に工場を稼動して電気代を節約する」と。
これを聞いて驚いた。理屈では、不可能なことではなく合法であるが、あの利益常勝のトヨタが言うから仰天した。なんと、浅ましい企業体質かと。恥も外聞も無い、金儲けだけの企業かと。これは零細企業の発想である。

このような思想・精神で育ったトヨタの人材が天下・国家の指導的立場についてはいけないのである。

このトヨタは、自動車の創業期、金融に悩み金融機関から融資の拒否を受け、それが企業の精神となり、自分の城は自分で守るという精神が骨の髄まで浸透している。それはそれで立派ではある。

然し、トヨタの奥田碩氏が経団連の会長となり、益々良い製品を作り、今やジェネラルモーターを凌ぐ世界的大優良企業となつている。その貧乏精神は見上げた体質で、「トヨタの敵はトヨタ」だという名言さえ生まれる経営哲学はご立派ではある。

だが、その反面が実に良くない。国家観に欠けているのだ。小商人の精神を脱しておらないのだ。

奥田氏が、中国との商売がやり安いからと、小泉総理に対して、靖国神社参拝をと、中国の代弁をしている。これは実に、無礼以前の、トヨタのユダヤのように守銭奴になり下がっていることの証左であろう。国益というものに欠ける。社会的寄付をしないのと同根の思想が見受けられる。

利益は大切である。然し、三井・三菱・住友、や或いは安田でも、明治以降の財閥は大をなすにつれて、時代の一区切り毎に、大きな社会的貢献とか寄付をしてきているのである。トヨタからは聞いたことが皆無である。

三和銀行が危殆に瀕して、遂に三菱銀行に吸収されて消え去った。三和の増資要請に踏み込まなかった。冷酷である。
東海銀行が三和にいいようにされて東海銀行が消えたが、トヨタは東海銀行を助けなかった。冷たい企業と断言できる。東海は地元銀行として独立可能であった。トヨタは支援してよかった。冷酷無比である。

あの投機資金のアメリカ人ソロスさえ、米国国務長官が、ソロスもいいことをしていると擁護したことがあった。ソロスはアクドイことをして利益を得た反面、利益を社会的に還元もしていたのである。

トヨタは何もしていないと言えよう。社会的還元が足りない。トヨタは心の髄まで、守銭奴のようである。こんなのが経団連会長をしてマネーだけのリーダーとして指導者の立場にいるのは日本の社会のために決して良いことではない。
再び、言う、
このような思想・精神で育ったトヨタの人材が、財界とは言え、天下・国家の指導的立場に立つ資格は無い。日本の不幸である。

平成18年3月2日 徳永日本学研究所 代表 徳永圀典