新しい国民的合意を作るべき時が来ている

       小熊英二 慶応大学教授 

現代日本の最大の問題は、高度成長期に作られ、80年代まで機能した社会の在り方が不適合を起していることだと思います。

政治、経済、雇用、外交、安全保障、家族、教育、思想など、あらゆる仕組みが、この時期の國際環境と産業構造に適合して作られました。國際環境では冷戦体制下で、日本が東アジア唯一の民主化された西側工業国だった時代。産業構造では工業化と安定雇用の時代です。

冷戦が終わってグローバリゼーションが進展し、情報化とITの時代になって、あらゆる仕組みが前提を失いました。 

この20年は、次の仕組みが見えないまま、従来の仕組みを手直ししつつ維持しようと努力をしてきた結果、負債ばかり溜ってしまった、というところだと思います。

その結果として、例えば、現在の政府の総予算は、利払いなど国債費が37%、社会保障費が34%を占め、

更に地方交付税7%を除けば残りは2割しかありません。

社会保障給付費のうち七割は年金を始めとした高齢者関係です。高齢化で社会保障費は毎年1兆円ずつ増えていき、現役人口が減って税収は減少傾向です。 

これらは、税制や社会保障の制度的問題である以上に、社会全体の状況の集合的な表れです。

これでは、民主党の準備不足は明らかだとはいえ、どんな政治家でもやれることは限られいるでしょう。 

この状況を変えるのは容易ではありません。高齢者と地方をはじめ、新しい産業構造と國際環境についてこれない部分を全部切って、若く新鮮な国としてやり直したいと30代以下の人は思っているかもしれません。

会社で言えば、企業年金をやめ、40歳以上の正社員を契約雇用にし、地方支社を切り捨て、採算部門だけで再出発するということです。 

実際に、負債で破綻した企業は、そういう形で再出発します。然し、企業と違い国家はそういうことは出来ません。

一票の格差の問題はさておくとしても、日本の票の多数派は地方と中高年層ですし、またマイノリティや弱者を含めた構成員の安全を守るのが国家の基本ですから。 

当面は、大破綻を避けながら、新しい国際環境と産業構造に、よたよたと適応していく、という状態が続くと思われる。それだけでも、精一杯でしよう。それを前提に未来をどう構想するかです。 

戦争を体験した日本国民は、敗戦後の飢餓と貧困の中で、戦争と飢餓だけはごめんだ、平和で豊かな社会を作ろうという暗黙の国民的合意を築きました。

そうして、多くの問題があったにせよ、その合意に基づいた戦後社会を作りました。

その戦後社会が終りつつある今、次の社会を作る為の基盤になる、日本社会の構成員の合意がどのようなものであるかを見つけ出すことが、未来への鍵になると思います。

思想や言論に携わる者の役割は、その合意を築く、或は探り出す手助けをすねことである筈です。