吾、終に得たり 12.  岫雲斎圀典
              
--釈迦の言葉=法句経に挑む
多年に亘り、仏教に就いて大いなる疑問を抱き呻吟してきた私である。それは「仏教は生の哲学」でなくてはならぬと言う私の心からの悲痛な叫びから発したものであった。平成25年6月1日

平成26年5月

1日  327句

おのれの心を まもり はげみ たのしみとすべし 泥に溺れたる 象のごとく 難所より おのれを 救い出だすべし

勤しみ励む事の中に喜びを見出すがよい。これを己れの思想とするがよい。泥の中の象が自ら抜け出すように。

2日 328句

ひと()し 心つつましく 善を行ずる賢者(もの)を 友に得ば すべての危難に克ち 共に往くべし

もし常に正しく生活し、堅固な心の人を友としたならば人生のあらゆる危難にひるむことなく歩んで行ける。

3日 329句

ひと()し 心つつましき 善を行ずる賢者(もの)を 友に得ずば 克ち得たる領土(くに)を 棄つる王のごとく ひとり行くべし かの林中(はやし)の象のごとく ひとり行くべし

もし自分と行を同じく、常に正しい生活をし、さらに堅固な賢しこい友を得ることができなければ、王様が領土を失うように、また林の中の象のように、ただ独り行くがいい。

4日 330句

おろかなる者と 往くなかれ ただひとり行くとも あしきをばなさざるべし かの林中(はやし)の象のごとく 求むること少なかるべし

愚かな者と共に行きてはならぬ、独り行くとも悪いことをしてはならぬ。欲望の少ないことが幸せでありあの林の象のようにするがいい。

5日 331句

事の起こるときこそ 友をもつは幸いなり いずこより来るとも 満足はたのし 功績(いさおし)は 生命(いのち)のつきるときにも 幸いなり ありとある苦みの 断絶(たちきり)こそは幸いなり

友人は何か起こった時には幸いなものだ。満足は何事によらず幸いだ。善行は人生の終末に於いて幸福をもたらす。あらゆる苦しみを断ち切ることは幸せである。

6日 332句

世に母性あるは さいわいなり 父性あるも また さいわいなり 世に道を求むるものあるは さいわいなり バラモンの性あるも 又さいわいなり

世に母性あるもまた父性あるは幸せなことである。修行者あるも又バラモンの存在も有り難いことであ。

7日 333句

(おい)の日にまで (いましめ)あるは幸いなり 正信(しょうしん)の 堅く()つは さいわいなり 智慧を得るは さいわいなり 悪しきを()さざるは またさいわいなり

年老いるとも自ら道徳を守り得る人は幸いである。正しい確信を確立している人は幸福である。理智を具備しておる人は幸いである。悪事をしない人は幸せなり。

8日

第二十四品

愛欲

334

こころ放逸(ほしいまま)なる ひとには 蔓草(つるくさ)のごとく 愛欲は()()る 林の中に 果実(このみ)を求むる猿のごとく (しょう)より生に さまよいめぐる

放逸な行動の人にはちょうど蔓草のように愛欲が愈々増してくる。こうして森の中であちこちに木の実を求める猿のように生を彷徨しゆく。

9日 335句

この世にて 毒にみちたる (はげ)しき愛欲に うちまけたる人には かの生いしげる ピーラナ草のごとく 憂苦(うれい) いよいよ増しゆかん

この世の猛烈な毒のある愛欲に征服されたら、ちょうど雨後のピーラナ草の繁茂のように憂いは益々増えてゆく。

10日 336句

この世にて ととのえがたき (はげ)しき愛欲を うち伏さば かの蓮の葉より 水の滴り 落つるごとく 憂苦(うれい)は 彼より消え去るべし

この世で制しがたく卑しい愛欲を制御できたらそれは蓮の葉から落ちる水滴のように憂苦は消える。

11日 337句

されば 汝らにつげん すべてここにつどえる者は かの香薬を求むる人の ピーラナ草を掘るこどく 愛欲の根をば掘るべし かの水流の 葦草をうち折るがごとく なんじらも しばしば 誘惑者に壊らるることなかれ

お前たちに告げる、幸ちある言葉を。あの香薬の根を求める為にピーラナ草を掘るように、愛欲の根を掘りなさい。あの葦草が水の流れに折られてしまうように、誘惑に負けてはいけない。

12日 338句

たとえば 樹の きらるるといえども その根おかされずして 堅固なれば 再び生い出づるごとく 愛執たつことなくば そのくるしみは 再々(しばしば) 起らん

樹木を伐採しても根が残っておれば再び再生してくる。同様に愛欲の根を断ち切らねば生の悩みは次々と再生してくる。

13日 339句

三十六を数うる 愛楽の流れ 大いなるときは (むさぼり)に根ざせる 分別の波は そのあしき見もつ人を 漂わし去る

36種の愛欲が恐ろしい水流となっている時は愛欲に溺れている。不純な思いを持った人を押し流す。

14日 340句

いたるところに 愛欲の流れははしり 欲の蔓藤は 芽をふきつつあり 葛藤の生ずるを見なば 智慧をもて その根をたつべし

愛欲の水流はいたるところらに流れ藤蔓は芽を出す。この芽を見たならば智慧を以てその根を断ち切らねばならぬ。

15日 341句

人の快楽は 増しはびこり これに染着(そめつ)くなり かかるひとは 歓びにふけり 楽を求めてついに 生と老を受けん

欲望のままに過し、またひたすら享楽を求めて暮す人々は益々欲望に溺れ享楽を求め、一生を悩ましい輪廻に陥れる。

16日 342句

愛欲に 駆り立てられし人は かの罠にかかりし 兎のごとく走り回る (かせ)となわとに 縛せられて 苦をうくること 久しからん

愛と欲の享楽に縛られると罠にかかった兎のように喘ぎ苦しむ。結い縄に捕縛されて生涯苦しみは続く。

17日 343句

愛欲に 駆り立てられし かの罠にかかりし 兎のごとく走り回る されば 自己(おのれ)()(とり)を求むる 比丘は 愛欲を 断つべし

欲望の享楽に束縛された人は罠にかかった兎である。彼らは喘ぎ動く、比丘たちよ、欲望から離脱するには自れの愛欲を断ち切ることなのです。

18日 344句

ひくき欲の林を去りて またふかき欲の林に 心ゆだね ()(よい)(のが)れて また欲林に走るひと この人を見るべし 彼は既に脱れたるも 再び縛に走るなり

欲望から自由になった者が再び享楽に身をまかせる。一つの欲望から遠ざかりさらに新しい欲望をつのらせる、このような人は、束縛から束縛に走っているようなものだ。

19日 345句

賢きひとは 鉄と木と草とに 作れる(なわ)をば 堅固とは謂わず (たま)(ゆびわ)と 妻と子との 染者(わずらい)は まつわり更につよし

綴や木、草の縄を、賢い人は決して堅固なものとは言わぬ。宝石や金飾り、子と妻への執着は更に強いものがある。

20日 346句

これこそ 堅き(いましめ)なりと 賢きひとは謂うなり そは脆く見ゆれど ひとをひきとめ 脱るること難ければ 賢者はこれを断ち切り 愛の楽をすて 欲なくして遍歴す

賢者はこれを堅固な戒めという。この縛りは人をして地獄に落とし、愛欲の喜びを捨てて世間から離れる。

21日 347句

欲に(じゃく)する人は 蜘蛛がおのれの作れる 網にそいゆくがごとく 自につくれる 欲の流れにそいゆくなり されば 賢き人々は これを断ち切り あらゆる苦悩をすて 欲なくして去る

享楽に溺れる人々は欲の流れに沿い生きる、それは蜘蛛が自らの網に沿うようなもの。それを断ち切ったのが賢者で欲望もあらゆる苦悶を捨て去ることができる。

22日 348句

過ぎしをすて 来らんをもすて 現在をも棄つべし これ存在(まよい)の 彼岸に至れるなり 一切処(すべてのところ)に 思い解脱すれば 生と老とを 再び受けざるべし

過去も未来も棄てるがいい。自分で作った網を下る蜘蛛のようなものだ。これを断ち切った賢者は欲もあらゆる苦悩も受けることはない。

23日 349句

疑いに心みだれ 欲さかんにして ものみな美しと観る かかる人に 愛欲いよいよ増す 彼はげに その(いましめ)を更に 堅くするなり

懐疑に心を悩まし、強い欲望に満ち、ただ外界の美楽にのみ憧れている人は、愛欲はさらに増長する。戒めを強く持つしかない。

24日 350句

疑いの止滅(ほろび)に こころよろこび 思いはつつましく ものみなの 不浄を観る人は まさに誘惑者の 縛をゆりうごかし 彼をたちきらん

懐疑の悩み、強い欲望、ただ下界の美楽のみを求める人たちの愛欲は愈々増長する。自らの戒めを強くするしかない。

25日 351句

こころ(おそ)るるなく 愛欲をはなれ 著するなく 究境に至れるものは ()(よい)(いばら)を断つ これ彼の 最後(おわり)の身なり

完全なる境地に到着して怖れることなし、愛欲も越えて罪過もない、生存の苦しみを断ち切った人こそ誠の人間である。

26日 352句

愛欲をはなれ 著するなく (ことば)とそのわけに通じ 文字の組み合わせと その前後とを知る かかる人こそ 最後身をもつ 大慧者(ちえあるひと)といわる

愛欲から離れ何物にも支配されず、言葉とその意義に通じ理解する人、この人こそ最も智慧ある人、大いなる賢者である。

27日 353句

我は一切に克てり すべてを知り すべての法に 染めらるるなし すべてをすて 愛欲は尽き こころ解脱せり われはひとり自ら覚る また誰にかつかん

あらゆるものに克ち、あらゆるものを知った。いかなる行為にも汚されることはない。全てを捨て愛欲も解脱した。もはや誰も師はいらない。

28日 354句

法を施すは すべての施にまさる 法の味わいは すべての味わいにまさる 法の楽しみは すべての楽にまさる 愛欲の尽きたるし すべての苦しみに 克つなり

教えはあらゆる布施に勝る。教えはあらゆる味わいに勝る。教えの幸せは最上、愛欲を絶滅するのはあらゆる苦を征服することである。

29日 355句

財は 心なきものを(そこな)えども 彼岸を求むる者をば害せず 財の むさぼりによりて 心なき人は敵を傷つくるがごとく おのれをばそこなう

財産は愚かな人を害する、理想を持つ人は害を与えない。愚者は財の飽くなき欲望により自らを害すばかりか他人をも害する。

30日 356句

母は雑草(くさ)のために そこなわる 人はむさぼりのゆえに そこなわれん げにされば 貪を離れし者に 施さんに その果 大なり

田畑は雑草のために害われる。人間は貪りの心ゆえに害われる。だから、貪りの心を離れて施しをすれば大きな結果を得る。

31日 357句

田は雑草のために そこなわる 人はいかりゆえに そこなわる げにされば (いかり)を離れたる者に 施さば その果大なり

田畑は雑草で損なわれる。人間は怒りにより損なわれる。だから怒りを離れた人に布施するがいい。