今こそ求められる日本人の知恵 松本紘 京大総長 

20年の長きにわたり停滞期に落ちいった日本。

縮み志向の日本人と外国人に揶揄されたり、遅い決断で停滞する政治、減少する研究論文数、低迷する大学院進学率など、暗い情報が氾濫し、日本の閉塞感が広がっている。 

閉塞感の一因は、物質的豊かさがもたらした一種の「豊かボケ」、ハングリー精神の欠如である。日本の若者は明らかに他のアジアの若者に比べて覇気、競争心、プライドに乏しい。その元凶は過度の平等意識を植え付けた教育にあるのではないか。

個性を発揮するより、マニュアル通りやれば成功すると思わせる受験産業、入試制度、教育界に問題がある。 

物の本質を見抜く地道な学習を評価し、コツコツ努力し、覇気とプライドと高度な教養を身につけ、世界に通用する人材を育てなければならない。

その際、漱石の「素人(しろうと)黒人(くろうと)」で指摘される専門家の誤謬に陥ってはいけない。

「解らなければ解るまで、要素に分解して取り組み、後で要素群を合成すれば解決する」と言った、デカルト流の要素還元論から脱却し、研究者、企業家、政治家、行政官、及び市民といった社会すべての構成員がマクロに物を考え、全体ビジョンを定め、その中で自己の専門の位置を意識できなければ、複雑に絡み合った現代社会の諸問題は解き得ない。

また、人間の限りない利便性の追求は、経済成長という錦の御旗の下に発展途上国にも急速に広がり、資源、食料、水、エネルギー源を巡って世界規模の諸問題が吹きだし、五分毎に1000人もの人間が地球上で増え続け、一斉に豊かさを求め、競い合う。世界も早晩、閉塞感に襲われる。

今こそ、一歩先を行く日本人の知恵が重要である。

資源や領土の乏しい日本人は環境悪化や自然破壊を最小限にする人生観と科学技術を持っている。

「物質的に豊かな生活(high standard of living:HLS)より「心豊かな人生(good quality of life:GQL)を求める日本人の心や哲学を世界に訴えてゆく必要がある。

ブータン王国の標榜している国民総幸福度GNHも同じ発想である。この思想とそれを実現しうる科学技術こそが、日本が世界に誇るべき成果であり、このとこに我々は大きく胸を張ってよいのである。