ここに至っては即効薬などない

        福原義春  資生堂名誉会長 

「逝きし世の面影」(渡辺京二)に、1855年に下田に来航したプロシャ商船の積荷上乗人リュードルフの残した言葉がある。 

「日本は宿命的な第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜き取ったのと同じで、やがては全部の壁が崩れ落ちることになるであろう。そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうてであろう」。 

何という遥か未来を見通した冷徹な予言だろうか。

一世紀半を経た二十一世紀の日本は正に崩落の状況にあるのだ。 

明治維新の前後に日本を訪れた外国人の多くは、それが良かれ悪しかれ、江戸時代の危ういが精妙なバランスの失われることを予見していた。 

他方で、日本は近代化と精神の合理化を求めて見事な成功を納めたが、礎石が失われた懸念が大きかったとは思えない。 

しかし、古い礎石を失ったまま敗戦という大津波が襲った日本は、軍国主義ばかりか伝統的な社会・文化を洗い流してしまった。

同時に、前の時代の有為な人達の多くも戦死し、或は追放で第一線から消えた。 

それから更に半世紀、政治家も学者も経営者も、大半は新制教育を受けた戦後派に入れ替わってしまった。

松下幸之助翁は「崩れ行く日本」に警鐘を鳴らし続けたと伝えられているが、松下政経塾の出身者が何人も現在の政治の第一線にいるのは何たる皮肉であろうか。 

政権交代前の日本は、既に思想哲学の太い柱を失った漂流状態になっていた。 

今にして思えば、政権交代を最大の目標としていた民主党には、このような日本を根本から立て直す気概があったのだろうか。マニュフェストに描かれた派手なデザインは、このような国の情況や累積債務を引き受けることを考慮したものだったろうか。そう考えれば有権者にも大きな責任があるのだ。 

事ここに至っては即効薬がある訳がない。 

かって歴史上で起きたことのように国民が目前のことに惑わされず、もう一度日本を再生することに立ち上がるしかないのだが、その元気はまだ残っているだろうか。

誰がどうやってエンジンを始動させるのか。もう全体主義は御免蒙りたいし。