伝来の情緒を失わす市場経済―阪急・阪神統合― 

あのドングリ目の投資家「村上ファンド」の村上、阪神電鉄の株式を金にあかせて大量に買い込み、なんだかんだとタイガース球団の企業化を催促しながら、遂に阪急電鉄に売却して300億円の巨額マネーを懐中にした。なすすべも持たないまま、大した抵抗もないまま阪急に統合されてしまう堅実経営の阪神電鉄、なんだか、あの阪神タイガースに似て応援したくなる気分を醸成させてしまう。

「阪神間」という言葉には特定の響きがあった。戦前から、「阪神間」に住むという意味は、芦屋を初め先進的な高級住宅地のシンボル的意味合いがあったからだ。阪神間に所在する宝塚市、西宮市、芦屋市、神戸市東部の事で、中でも特に阪急電鉄沿線は「山の手線」と言われ高級住宅地のイメージがある。阪神電鉄沿線は海岸沿いを走る下町(したまち)、庶民の町を走る電鉄なのである。因みにJRはその中間を走っている。阪神タイガースファンの発生は、この下町を愛する関西人の感覚が原点であろう。判官ヒイキであり日本人らしい惻隠の情でもある。

経営規模を見ても阪急電鉄は京都から神戸までの広域をカバーし宝塚歌劇もあるし、阪急デパートと阪神デパートを比較しても阪急電鉄グループはセンスのいい大手高級電鉄のイメージがある。対する阪神電鉄は、大阪梅田から神戸元町までの短い路線だけの小規模である。
ただ阪神電鉄は阪神間の北側に聳えている国立公園・六甲山系に広大な土地を保有している。この含み益活用は決して目先の効いたものではなく、バブルにもまみれなかった。阪神電鉄は泥臭いというのか、抵抗した形跡もないまま村上に完敗した。もたもたしているというのか、それが阪神らしい企業風土だが、その良さも確かにあった。

関西地域に存在する大手私鉄(近鉄・阪急・阪神・南海・京阪)は一つの地域に密集する電鉄数としては世界一と言われた。その中で、地価の高い阪神間の資産もあり最も歴史のある阪神電鉄職員は戦前はこれ等の私鉄の中で最高に良い給料を貰っていた。だから、阪急の帽子を被り南海の制服を着て阪神のサラリーを貰うのが最高と言われていた。
阪急電鉄は、短い路線の宝塚線などの急行は鈍行のため「ケチ急」とか「半急」ではないかと皮肉を言われたが、京都・神戸の本線は快適な特急もあるなど抜け目がない。

よく言えばおっとりした阪神、ぱっとしない株価は2300円程度と多年に亘り低迷していた。私も過去50年間、阪急電鉄山手の雲雀丘に住んでおりながら、この阪神株を安いな、買うかな、だが魅力がないな、といつも心が動いては買うことをしなかった一人である。

私の友人は先代からの大株主、また一人は関連企業トップだが我々はその泥臭いが、ひっそりと持ち場を守り伝統を守って生きてきた堅実老舗阪神を愛してきた。地元ではそれなりに愛着を持たれた会社である。

そのような阪神グループに金権主義の村上が目をつけたのは金だけの目的では正解であり脱帽する。然しドングリ眼村上は市場経済のやり方でこの伝来の企業をぶっ壊してしまった。

それなりに維持してきた伝来の企業職員気質、阪神電鉄とか阪神デパートの庶民的な気楽さ、その中から発生した阪神タイガーズファン、六甲降ろしの応援歌の発生した風土の阪神電鉄だが、日本人の心の中に米国式経済で、ギョロメ村上が利益だけの目的で手を突っ込み破壊してしまった。こんな手法の経済では日本全体、日本の企業風土、日本人らしい感性、伝統情緒がマネーで壊されてしまう。こんな経済は御免蒙りたい。

平成1851日 

徳永日本学研究所 代表 徳永圀典