伝来の情緒を失わす市場経済  

             日本海新聞 潮流寄稿  平成18年6月2日 
あのドングリ目の投資家「村上ファンド」の村上、阪神電鉄株を金にあかせて大量に買い込み、なんだかんだとタイガース球団の企業化を催促しながら、遂に阪急電鉄に売却し数百億の巨利を得ようとしている。なすすべもないまま大した抵抗もなく阪急に統合されてしまいそうな堅実経営の阪神電鉄、あの阪神タイガースに似て応援したくなる気分がつのる。

阪神間の言葉には特定の響きがあった。戦前から阪神間に住むという意味は、芦屋を初め先進的な高級住宅地のシンボル的意味合いがあったからだ。阪神間に所在する宝塚市、西宮市、芦屋市、神戸市東部の事で、中でも阪急電鉄沿線は山の手線と言われ高級住宅地のイメージがある。対して阪神電鉄沿線は尼崎を経て海岸沿いを走る庶民の町の電車である。因みにJRはその中間を走る。タイガースファンの発生は、この下町を愛する関西人の感覚が原点であろう。判官ヒイキであり日本人らしい惻隠の情でもある。

経営規模を見ても阪急電鉄は京都から神戸までの広域をカバーし宝塚歌劇もあるし、阪急と阪神の両デパートを比較しても阪急はセンスのいい大手高級電鉄のイメージがある。対する阪神電鉄は、大阪梅田から神戸元町までの短い路線で小規模。
ただ阪神電鉄は阪神間の北側に聳える国立公園・六甲山系に広大な土地を保有し、この含み益活用は決して目先の効いたものではなく、バブルにもまみれなかった。阪神電鉄は泥臭いというのか、抵抗した形跡もないまま村上に完敗した。もたもたしている、それが阪神らしい企業風土だが、その良さも確かにあった。

関西地域に存在する大手私鉄(近鉄・阪急・阪神・南海・京阪)は一つの地域に密集する電鉄数としては世界一と言われた。その中で、地価の高い阪神間の資産を保有、最も歴史のある阪神電鉄職員は戦前はこれ等私鉄の中で最高に良い給料を貰っていた。だから、阪急の帽子を被り南海の制服を着て阪神の給料を貰うのが最高と言われていた。
阪急電鉄は、短い路線の宝塚線などの急行は鈍行のためケチ急とか「半急」ではないかと皮肉を言われ乍ら、京都・神戸の本線はスマートな特急もあるなど抜け目がない。

よく言えばおっとりした阪神、ぱっとしない株価は2−300円程度と多年に亘り低迷していた。私も過去50年間、阪急電鉄沿線山手の雲雀丘に住んでおりながら、この阪神株を安いな、買うかな、だが魅力がないな、といつも心が動いては買うことをしなかった一人である。

私の友人は先代からの大株主、また一人は阪神関連企業元トップだが我々はその泥臭いが、昔気質に職場を守り伝統を守ってきた堅実老舗阪神電鉄を愛してきた。地元ではそれなりに愛着を持たれる存在である。

そのような阪神グループに金権主義の村上が目をつけたのは資本の論理としては正解ではある。然しドングリ眼村上は市場経済のやり方でこの伝統企業をぶっ壊してしまいそうだ(5月15日現在)。

伝来の企業風土、阪神電鉄とか阪神デパートの庶民的な気楽さ、その中から発生した阪神タイガーズファン、六甲降ろし応援歌の発生した風土。日本人の心の中に米国式経済で、ギョロメ村上が利益だけの目的で手を突っ込み破壊してしまい己の本社をシンガポールに遁走させるとは忌々しい。こんな手法の経済では良き日本、日本の企業風土、日本人らしい感性、伝統情緒がマネーで壊されてしまう。こんな経済は御免蒙りたい。
                     鳥取木鶏研究会 代表 徳永圀典