最近の経済情勢について

平成元年 鳥取県庁発行 農業土木とっとり1990.3第4号掲載 
昭和63年秋 鳥取県東伯町会館で講演したもの]

@はじめに                          
 世界の歴史に新しい流れが起きているようです。経済にも政治にも。社会主義にいたっては音をたてて崩れている。ハンガリー、ポーランド等の東欧、或いはソ連圏内の民族独立の気運。アジアでは中国、ベトナムの難民が"黄金の國ジパング"に押し寄せています。社会主義は長い滅亡の過程にあるのではないか。最初の硬直症状がポーランドに現われた。すべて経済の行き詰まりからではないか。情報が発達し豊かな自由主義国の生活がハッキリと分かってきたのだ。社会主義国の西欧化という信じがたい事に我々は馴れてゆかねばならない。人間性を無視しては国家権力と雖もやってゆけなくなったと言える。社会主義は70年にして壮大なる錯覚からめざめたと言う人もいる。戦後40年目にして山は動いたのだ。我々は今百年に一度の大転換期の入り口すなわち世界史の狭間にいる事はまちがいない。すべて経済問題でイデオロギーではない。まちがいなく"新しい時代"に入りつつあるが出口が見えない。日本だけでやってゆける時代ではなさそうだ。


A経済の面でも〔新しい現実〕が生じている。世界の構造変化である。それは超金融大国、日本の出現によってもたらされたと言える。石油ショック以降、即ち1975年以降今日までの15年間の経済の動きは現代の経済学では説明できない。あらゆる経済学を越えてしまったと言われる。予測も説明もできないと世界的経済学者ドラッガーは言う。

それ程に経済の現実はグローバル化し余りにも複雑になっている。「新しい現実」に対応できる経済理論は現われていないとドラッガーは言う。わが国に於いても、この現実から将来の見方について各論続出で不透明で先が見えない。社会も政治も経済も前例の無い形で多元化している。
政治の面を見ると、日本を沸かした政治的不祥事件は明治以降の伝統的手法の終わりを象徴することになるかもしれない。然し世界史的に見て最も重要な変化は矢張りソ連であろう。日本が戦争に負けて結果として西欧の植民地であった中国初めアジア諸国を解放した。良く見ればソ連圏は残された唯一の植民地帯であったのだ。それが音をたてて崩れている。言うなればロシア帝国の崩壊だという。
東側の国は社会主義による救済など信じていないと思う。そういう立場で見ると東欧諸国の動きもよく読めてくる。時代遅れは社会主義のほうなのだ。中国もソ連も資本主義諸国と同じく人間を奮い立たせる利潤とか市場原理の必要性を訴えている。私はソ連の最も恐れている事態は1992年のEC統合で生まれる西欧の経済ダイナミズムに社会主義が乗り遅れることではないかと思う。ゴルバチョフもこの5月、中国の登小平にあった時〔新しい政治思考〕が必要といった。この発言は大変重要である。政治改革なしには経済改革はやれないことが彼らに分かったに違いない。
社会主義による計画経済は経済体制として破綻したのだ。東側では口にしないが行動で認めていると思う。経済合理性から申しましても國の富を増やすのは生産性の向上がポイントだが彼らもそれが分かってきたのであろう。アメリカをみても双子の赤字を抱えながら〔21世紀をどおやって生き残るか〕の議論が起きていない。政治的には米国の自由と民主主義が勝ったらしいがそのアメリカは経済が疲弊して完結できないのが現状の姿であろう。日本がその支援を求められていると言える。日本のマスコミで米国の没落がはやされている。米国の双子の赤字〔財政・貿易〕と対外債務は返済不能に近い。更に中南米の累積債務に米国が最も深くかかわっている。そして、米国債をカネ余りの日本がせっせと買っている。現在の処、わが国は申し分の無い好景気で来年半ば迄大丈夫と万年心配屋の銀行も言っている。実態は好景気どころが過熱気味でインフレの火はいつでも燃え上がる。私は要注意は日本経済かも知れないと思う。逆風が吹いてきたと思う。ドル高円安、原油高、高金利に移行してきた。その上に、先程の参議院選挙での自民党の大敗北は今後の政局不安を必然のものとした。これ迄の健全で繁栄をもたらした経済政策を逆行する可能性を秘めたことになる。考えてみるとわが国に自民党一党による政治的安定が実現して34年、その間、日本経済について見る。
   @実質GNPは20倍〔世界の10%〕
   A一国経済の国際競争力を反映する為替レートは1ドル360円から140円。このように世界一の成長を遂げたことは皆さんよくご承知です。その結果今日一所帯当たりの貯蓄が1千万円。国民の4人に3人は中流意識をもつ迄に至っている。戦争に負け廃墟の中からここ迄になったのだ。私ども昭和一桁も頑張ってここ迄になったのだと思う。
処で、こんな話を聞かれた方もあると思う。
イギリスが世界の金融大国になったのに百年〔エンジンの発明による18世紀の産業革命以来の百年〕アメリカは第一次世界大戦後50年で超金融大国となる。日本は平和産業に撤して5年で超金融大国となる。気がつけば世界のマネー大国。国民も各界も実感が無いのでは。歴史的意義とその世界的影響の意味するものが。ここでボンヤリとして自覚と責任とマネー大国としての指導性が無いと何れは足元をすくわれる事となるのでは。或いは
 世界の4大証券はすべて日本。
 ハワイのワイキキの浜のホテルの15/20は日本。
 世界の自動車生産の30%は日本。
わが国では一労働日当たり個人、法人を含め10億ドルの貯蓄が生じていると言う。国家は大赤字だが民間にはどんどんカネが集まっている。そして消費は真っ盛り。バングラデッシュの大統領は〔極楽とは日本の事とみえる。〕と言った。
こんな事は何時までも続く筈はないと私は思う。
このように世界の金融市場をグルグルと動き回っている無国籍マネーは1兆ドルとも2兆ドルとも言われている。今は変動相場制なので下手に外貨を持つと為替リスクがつきまとうからお金は眠れない。24時間世界の市場を飛び回り、ある時はドルにある時は円にマルクにと危険な為替リスクという火の粉を払いながらカネは自己増殖してゆく。このような投機資本や通貨或いは信用は商品等の実体経済の30倍と言われる。私は此等のマネーが何れ悪さを日本に仕掛けて来るのを恐れる。
日本の金融界は大蔵省の完全無欠の管理下にあり薄資であり過保護であるからだ。世界のマネー界の免疫が出来ていないと思う。カネは常に世界を動かしてきたが今日ほどそれが当たっている事はない。その中心 が東京になっている。日本は世界で最も資本に富む国になった。百年近くその威力を誇ったアングロサクソン即ち英米の金融制覇を覆してしまった。日本は今や世界の金融産業の命運を握るものとなり世界の構造変革を齎らしてしまった。これはいずれ彼らの反発を呼び込んでしまう事となると思われる。これを可能にしたのは日本の製造技術なのだが。

Bこういうかってない好景気にピークというか、国民にとり文句のつけようが無い繁栄の真っ只中〕にあって今回の政治の世界で起こった変化は何か。

 スキャンダルによる単なるハプニングなのか。
 社会の地殻変動なのか。
 国民の価値観の変化なのか。
 國の政策は、そしてイデオロギーはどんな方向をめざしていくのか。まだはっきりしていないと思う。然しその方向は日本経済の繁栄を危うくするものかもしれない。

 C実は私は去る5月リクルート疑惑追求の真っ最中だったが、ある冊子に投稿を依頼されこんな意見を発表した。即ち昨今の政治情勢は歴史にみる興亡の原理原則通りではないかと。

人間の歴史を顧みると、戦後の日本に見られる如く廃墟の中から立ち上がり勤勉と知恵と勇気で社会や文明を築きあげる。やがてその人間集団はその精神エネルギーが頂点を極める。そうすると歴史をみると必ず精神エネルギーが歪みはじめる。歪みが蓄積されて成熟と爛熟の後に究極的には必ず破綻している。わが国の経済は昨年を中心に世界最高の状況で物質文明は繁栄の極みにある。このような時にリクルート事件に見るごとく、繁栄の極みの中で気がつけば権力の腐敗は深く全身に及んでいたと言える。これは驚くに当たらない。人間の歴史の中で繰り返されてきた事で誠に人間らしいことなのだ。
だから、諺にも〔獅子身中の虫〕とある如く衰亡は歴史の常道通り内部から発生しているのだ。古代のローマ帝国が衰亡したのは外敵ではない。自ら滅びている。西洋文明は 人類がもった過去7つの文明の如く必ず滅びるとシュペングラーの言った〔繁栄の中の滅亡〕という言葉を自民党のリクルート事件で目のあたりに見る思いがするのである。
アメリカ人は人類に例をみない程物質的繁栄に恵まれた。然し今やエイズ、治安の悪さや双子の赤字がどんどん増えているのをみると意外に早く歴史に示す型のごとく頽廃してどおにもならぬ状態ではないのか。これを救い建てなおす方法はハッキリしている。国民が一つとなって真剣な規律と倫理を以て自己犠牲の精神を発揮することであろう。さて、米国民に耐えられるかどおか。ご存じのように米国はヨーロッパ諸国の如く国家民族として治乱興亡といった深刻な精神体験の経験がない。米国民の記憶は成功と繁栄と享楽だけではないか。世界の胴元であるアメリカの動向は実に心配である。日本なんかマネー大国と言ってもアメリカあってのことだ。
処で皆さんは農業にご関係あるのでよくご存じと思いますが。庭木でも森でも樹木を茂りに茂らせますと枝葉末節に陽があたらぬので病虫が大繁殖しやがて幹が腐り遂に枯れる。思い切って剪定し果決果断すれば陽があたり必ず復元して活力が甦る。成り行きにまかせると、繁栄の中の没落が忍び寄る。社会も文明も同じ事と言えるのではないか。人間は自ら前以て社会や文明の剪定が出来ないのだ。人間はどおやら手遅れだというような深刻な危機という処までいかないと本気にならぬものらしい。
人間或いは社会の栄枯盛衰は矢張り歴史は繰り返すものだと考える。日本のカネと技術が米国の国家防衛の根幹までゆさぶり始めたり、世界の成り立っている仕組みまで崩壊させる恐れが出ているのに自覚が薄い。

D大変横道にそれたが今回の参議院選挙の結果を生んだわが国の政治的的社会的な潮の流れを経済だけの側面から見ると1960年代市場経済を軸として繁栄をもたらせた〔新保守主義〕が終わりになりそうだと言う事である。1980年代を広く見渡すと英国のサッチャー、西ドイツのコール、米国のレーガンそして日本の中曽根、いずれの経済哲学も夫々濃淡はあるが共通点がある。即ち
 小さな政府で民間活力を引き出して経済を繁栄させる。
 具体的には所得税、法人税の減税。                国家の役割を縮小して市場経済主義で民間の選択の自由を拡大する。と言う点だが、これが1980年代の先進資本主義国の大きい流れであった。わが国の中曽根時代の経済政策を思い出して頂きたい。国民の選択の幅を広げるという点では−−規制緩和と民活路線−−−小さな政府では−−行政改革、国鉄と電電、タバコの民営化−−所得税、法人税の減税もやった。
そして、次は問題の間接税である。ここで躓いた。実は英国のサッャーも所得税の見返りに間接税である付加価値税を導入している。中曽根も欧米の新保守主義経済政策そのものである。その結果、サッャーも首相を10年やり黄昏の国も確かに甦った。レーガンの米国もカーターの、経済の長期繁栄をもたらし日本も潤った。
そして、今尚、ニックネームのつけようの無い程の超大型景気の真っ只中にある。景気がよすぎておカネもたっぷりあるのでインフレ炎上の恐れがある。然し乍らEC諸国の最近の選挙を見るとあやしくなっている。英国と西ドイツの与党が不振である。そして英国では労働党、西ドイツではSPDなど大野党とか緑の党など新興勢力が優勢である。わが国も思いもかけぬ社会党とか新興の連合が浮上した。
これをどおみるか。色々と考え方はあるがどおも経済的自由主義というのは、富の分配に不平等を生みやすいのも事実で経済学ではこれを〔市場の失敗〕と言う。この政治の流れの変化に新保守主義に対する不満があるのかも知れない。
わが国でも@東京と大阪と地方の資産格差、A大企業と中小企業の賃金格差B大企業の含み資産の凄さ。確かに資産の不平等化が進んでいる。先進資本主義国のメガトレンドは自由市場経済から社会的市場経済へ変化しようとしているのかもしれない。1980年代の先進資本主義国に繁栄を齎らした新保守主義の潮が引き始めたのかもしれない。
そして、日本でその変化が最もドラマチックに起きようとしているのかもしれない。政治の地殻変動の引き金はスキャンダルであったが、このように経済から見た地下のマグマエネルギーは十分に蓄積されていたと言えるのかもしれない。〔新しい現実〕が起きている。

Eここで一寸整理してみる。
先ず資産の不平等化−−円高不況に端を発して不況回避のため低金利政策も手伝い東京にマネーが集中し土地と株が急騰し、これが起爆剤となり海外とか地方に波及している。
農産物に対する不満−−要するに貿易のアンバランスは工業が作り出したものでその犠牲にならぬという反発。
米ソの緊張が緩和したため米国も安心して日本叩きが続き日本のアメリカへの思いが変化したのか。消費税で毎日が納税日となった反発。何れにしても政治のリーダーシップが弱まれば実体経済に跳ね返ってくる。この政治の変化で日本は10年遅れるという人もいる。日本は世界最先端の技術を持っており21世紀への新しい枠組み作りに大きく遅れる恐れが出てきた

F世界経済を見渡すと米国の債務国化、1992年のEC統合、これは恐い。国家として治乱興亡の歴史を経験した民族は精神力がある。日本の立場が益々難しい時代がくると思う。世界の銀行と言われる日本は外国から注目されいている。こんな時に消費税を廃止すれば海外も疑いの目でみる。そうでなくても先進五ヶ国の中で日本は最も借金が多い。國の予算に占める金利の支払い比率はアメリカ4%、日本は20%。 このままでは世界の経済は耐えられなくなる。アメリカは国も国民も借金漬けだ。ブラックマンデイの立ち直りも日本のみである。深刻な大きい問題点は限界にきている事は間違いない。昔ならとっくにオカシクなっている処だが先進国同志の話し合いがよく機能するようになった。然し
経済は実から虚に移ったという人もいるが、これは経済合理性追求の結果で誰の責任でもない。
外国の例だがね新古典派経済学によると、先程申したように市場経済の失敗が起きると労働党が登場する。そして福祉中心の〔大きい政府〕を作る。やがて財政依存型のインフレが発生し国際収支が悪化する。そこで〔所得政策〕即ち〔乏しさを分かつ政府介入の平等主義経済〕をやる。こうなると民間活力は出ない。どうなるかと言うと、設備投資は減り経済が不活発となる。従って国際競争力が低下し為替レートが下がり不況となる。とすると、保守党が登場し再び〔市場経済〕に戻る。といったパターンである。然しわが国の野党は価値観について不安があるので欧米通りにはならない。例え政治に問題があっても経済は安泰だと従来言われてきたがこれからは少しずつ違うと思う。経済を良くしようと思えば
 企業の活発な自由競争。
 円安とインフレ防止。
 規制の緩和。
 貿易の自由化の推進が必要。

Gそれでは、今後日本経済はどおなるのか。基本的にはきたるべき衆議院で自民党中心の保守中道連合が出来るか。社公民中心の左派連合か。自民が分裂して新党ができ中道と連合するのか。それとも社共か。等、連合のタイプにより違うのではないか。また、社会党がその哲学で、或いは政策で、或いは人材不足で自滅するのか。或いは現実的な政策をどお打ち出すかによって大いに変わる。

ここで思い出すのは日本の行政の持つ特別な役割である。政治と経済の間に優秀な行政組織が介在して経済を適切に誘導するという見方もあるが、いずれにしましても、今後経済の指向する方向は、中曽根時代の逆が出てくるのではないか。
 即ち、市場経済から政府の介入する混合経済へ。
 規制緩和から規制強化へ。
 資産税、富裕税創設の動きがでてくるのではないか。
 経済の姿は
       今日の物価安定から上昇へ。
       円高から円安へ。
 と揺れるのではないかと私は思う。
どの程度そうなるかは政治のパターンとか世界経済情勢に左右されるので何とも言えない。私の第六感では90年代の経済は悪い方からスタートするのではないか。今のままが何時までも続くなんて考えられない。そう覚悟したほうがいいと思う。                

H以上、縷々と述べましたが世界史の地図が塗り替えられようとしています。この大転換期を乗り越えるには曖昧にしてきた問題やら、今まで当然のこことして定義そのものについて論議されなかった問題に本質的に踏み込みメスを入れて、どおあるべきかを考える時代が来つつあるように思う。
ホンネで喋らねば先が見えない。将に世紀末の大転換期に入った事は確かである    。