吾、終に得たり A  岫雲斎圀典
      
--釈迦の言葉=法句経に挑む

多年に亘り、仏教に就いて大いなる疑問を抱き呻吟してきた私である。それは「仏教は生の哲学」でなくてはならぬと言う私の心からの悲痛な叫びから発したものであった。
                         平成25年6月1日

平成25年7月

法句経 二十六品 423

1日      25

こころはふるいたち 精進(はげみ)つつしみて おのれを(とと)のうるもの かかる賢き人こそ 暴流(あらなみ)もおかすすべなき 心の(しま)をつくるべし

心を奮い立たせ、勤しみ励み、自制と自己統御をする賢明な人は人生の荒波に流されることはない。
それは生きる氾濫の川に島があるようなものだ。

2日      26

智慧にとぼしき おるかなる人は 官能(おもい)のままに おぼれしたがう されど心ある人は 上なき財宝(たから)のごとく 精進(はげみ)を尊び守るなり

智慧がなく愚かな人々は本能のままに享楽する。
賢い人はただ精進する、この上ない宝を守るように。

3日      27

放逸(ほういつ)におぼるるなかれ愛欲のたのしみを 習いとするなかれ まこと いそしみと 思い静かなる人こそ 上なきの安楽(たのしみ)をえん

本能のままの享楽を追い求めてはならぬ。
愛欲の楽しみにふけるな。
思いを静め懲らして努めいそしむ人こそ豊かな幸せが得られる。

4日      28

はげみもちて 放逸(おこたり)(しりぞ)けし賢人(ひと)は 智慧の高閣(たかや)にのぼり こころにうれいなくして 憂ある()()をみおろすなり 山頂(やま)に立つひとの 地に()るものをみるごとく

励み勤しむことにより放逸にならない賢い人は憂いがなく、恰も山頂で愚かな群衆を見下ろすようなものである。

5日      29

放逸(おこたり)の人の中に ひとのいそしみ うち眠る人の中に ひとりよくさめたるかくの如き智者は かの(あし)駿(はや)き馬のおそき馬を駆けぬくごとく彼は足早く走りゆくなり

放逸な生活をしている人の中にいて励むとか、よく眠る人の中にいて独り醒めたとか、このような賢い人は丁度、か弱い馬を駿馬が群を抜いて駆け抜けるようなものである。

6日      30

マガヴァーと名づくる神は 精勤(はげみ)あるによりて 諸神のうちに主となれり 精勤はひとみな ほめたたえ 放逸(おこたり)はつねに いやしめられる

帝釈天は精励により諸神の首位を得た。精励こそ褒め称えられる、怠惰は卑しいことだ。

7日      31 

いそしむことに 心たのしみ 放逸(おこたり)に怖れをいだく 道を求むる人は
あるは(あら)き あるは(こまか)き こころの(わずらい)のすべてを やきつくす炎のごとく歩みゆくなり

励み努めて怠惰放逸を怖れる人は燃え盛る炎のように、心の障碍となる粗雑なものも、微細なものも焼く尽くして生涯を過ごすことができる。

8日      32
いそしむことに 心たのしみ 放逸(おこたり)に怖れをいだく 道を求むる人は 退堕(しりぞき)の ことわりなく すでに 涅槃(ねはん)に近づけり

精進の中に楽しみを、堕落放逸の中に怖れを見出す人は、もはや自在な精神に近づいており退歩することはない。

9日 第三品

心意(こころ)(精神(こころ))

     33

こころはざわめき動き (まも)りがたく 調(ととの)えがたし されど 智者はよくこれを正しくす ()をつくるものの (まっ)(すぐ)()()めるがごとし

心というものは騒ぎ動くものだ。だから心を制御することも守ることも、極めて難しい。然し智慧ある人間は、矢造りの名人が矢を真直(まっす)ぐにするように心を()ぐにさせる。

10日      34

棲み家(すみや)なる 水を離れて うるおいもなき (おか)の上に なげすてられし 魚のごとく 誘拐者(まよわし)領土(くに)を のがれんとて 心ひたすらにたち騒ぐ

水中から水のない陸上に投げ捨てられた魚のように、我々の精神・心は、魔者の罠から逃れようとして震え慄いている。

11日      35

こころは保ちがたく かるくたちさわぎ (おもい)のままに 従いゆくなり このこころを ととのうるは善し かくととのえられし心は たのしみをぞもたらす

心は常に騒ぎ動いて、意思の欲するままに至る所で享楽しようとする本当に抑え難いものである。
だから、このような心を制御しようとする事は誠に善いことだ。

12日      36

こころはまこと見がたく まこと細微(こまやか)にして 思いのままにおもむくなり 心あるひとは このこころを護るべし よくまもられしこころは たのしみをぞもたらす

心はほんとうに見えないし微細なもので 気持ちの赴くままに動く 賢い人は それを護りなさい この心を護り慎めば自然と心の楽しみをもたらすであろう。

13日      37

こころは遠く去りゆき またひとりうごく 密室(むね)にかくれて (すがた)なし かかる心を (ととの)うる人々は 誘惑者(まよわし)の (きずな)(のが)れん

心は遠くに行き、唯一人さまよい歩き、何らの形もない、見えない部屋に隠れている。このような心を制御できる人こそ誘惑者の呪縛から解放される。

14日     38

こころ 安住するなく 正しき(まこと)を知らず 信ずること 定まらざれば かかる人に 智慧は満つることなし

心が定まらず 真理を学ぶことが無く 従って確信も無ければ 智慧の完結には至り得ない。

15日     39

こころ(わず)(らい)をはなれ おもいみだるるなく (さい)(わい)と 罪悪(つみ)と ふたつながらに とらわれざる かかる覚悟(さとり)ある人に 怖畏(おそれ)あることなし

精神は拘束されない、思慮は誰にも惑わされない、善とか悪とかを超えた、これらを悟った人は何も怖れるものはない。

16日     40

わがこの身をば うつろなる(すえもの)のごとく (もろ)きものと知り わがこの心をば ()()のごとく守り 智慧の武具(つるぎ)もて 誘惑者(まよわし)とたたかい (すで)に勝ちえたるは(これ)を守りて 心におこたりをもつ(なか)

この肉体は、あの脆い水瓶(みずがめ)のようなものだと理解し、この心を、あの強靭な城壁のようなものとなして、理智の武器を持って誘惑の魔物と戦い、既に打ち克ったものを護って決して安堵しないことだ。

17日     41

げに久しからずして この身は 地上(ここ)によこたわらん 意識(おもい)失われては かえりみる人もなく 用もなき 木の(はし)のごとくならん

おお、やがてこの肉体は横たわることになろう。その肉体は意識は無く、捨てられて、無用なものになる、あの木の端のように。

18日     42

うらみをいだく人の そのうらみあるものに よしいかなる(そこない)をなすとも または かたきをねらう人の そのかたきに よしいかなる害をなすとも おのが邪僻(よこしま)の心に()せる その禍にすぎたるもの よも誰か()しえんや

憎しみを抱く人が憎んでいるものに対して害をしたり、怨みを持つ者がその敵に対してどのような害をしようとも、間違ったその心は本人自身の上に更にさらに大きな害悪をもたらすであろう。

19日     43

母も 父も はた 親族(したとき)も たとえいかなる たすけをなすとも 正しき心もて()せる さいわいにまされるもの 誰かなしえん

父母がどのような幸せを与え、また親族がどのような幸福を与えようとも、自分の正しい心は更なる大きな幸福を与えてくれる。

20日    

第四品

(はな)

    44

誰かこの地をのりこえん 誰か亦この死の世界と 神々をもつ世界とを のりこえん かの巧みなる職人(ひと)の 華をつみ集むるごとく 善く()かれたるこの法句(ほうく) つみ集むるものは誰ぞ 

誰がこの大地を支配するのか。誰がこの死の世界と神々の世界とを支配するのか。
それは賢い人が花を摘み集めるように誰が善の示された真理の教えの法句を積み集めるのであろうか。

21日     45

学はんとする人こそ この地をのりこえ またこの死の世界と 神々をもつ世界とをのりこえ 学ばんとする人こそ かの巧みなる職人の (はな)をつみ集むるごとく 善く説かれたるこの法句を つみ集め得ん

聖ならんと務めている者はこの大地、死の世界、神々の世界を悟ることができる。
賢明な人とは、ちょうど花を摘み集めるようなもので、この法句に示された真理を悟り得るのである。

22日     46

この身をば 泡沫(うたかた)のごとしと知り 陽炎(かげろう)のごとき存在(もの)と ふかく(さと)るものは 誘惑者(まよわし)()はなちたる (はな)()を抜きすてて 死王のすがたなき 聖地(ところ)にいたらん

肉体は泡沫のようなもの、かけろうのようなものと知り、誘惑の魔の矢を破れぱ死王の姿を見ることのない聖地に行ける。

23日     47

わき目もふらず (はな)をつみ集むる かかる人をば

死はともない去る まこと 眠りにおちたる 村をおし(なが)す 暴流(おおみず)のごとく

愛欲に心を奪われて、ひたすらその華を摘み取る人は死に伴われてしまう。それは眠っている間に洪水で押し流されているようなものだ。

24日     48

わき目もふらず (はな)をつみ集むる かかる人をば もろもろの愛欲(たのしみ)に いまだ()かざるうちに 死はその支配(ちから)に ()せしむ

ひたすら愛欲の華ばかり摘む人は、愛欲に飽くことを知らぬ間に、死はその人を従え伴うてしまう。

25日     49

花びらと色と香を そこなわず ただ蜜味(あじ)のみをたずさえて かの蜂の飛び去るごとく 人々の住む村落(むら)に かく()(じり)は歩めかし

蜂が花や色や香を損うことなく、ただ蜜の味を捉えて去ってしまうように、智慧ある人間は村々を遊行するがよい。

26日     50

他人(ひと)邪曲(よこしま)を ()るなかれ 他人(ひと)のこれを()し かれの何を()さざるを ()るなかれ ただおのれの 何を()し 何を()さざりしを (おも)うべし

他人の過失や、他人がしてはならぬ事をしたり、しなくてはならぬ事を怠ったりした事は見ないことだ。自分が何をし、何を怠ったかを考えることだ。

27日     51

まこと いろうるわしく あでやかに咲く花に (かおり)なきがごとく 善く説かれたる(ことば)も 身に行わざれば その果実(このみ)なかるべし

色の美しい、心を動かすような花が香を失ったように、いかに巧みに語る言葉も実行が伴わなければ果実は無いと言える。

28日     52

まこと 色うるわしき咲ける(はな)に 香の伴うごとく 善く説かれたたる(ことば)は これを身に行うとき はじめて その果実(このみ)はあらん 

色が美しく目が覚めるような花に芳香があるように、巧みに述べられた言葉を実行すれば、そこで初めて実るというものである。

29日     53

うずたかき華堆(はな)より かずかずの(はな)(かざり)を 作りえん かくのごとく ここに生まれたるもの ここに死すべきものの なしとげうべき 善きことは多し

うず高く摘んだ花から沢山の(はな)(かつら)が作れるように、生まれた者はやがて死ぬが、なしておかねばならぬ多くの善行がある。

30日     54

(はな)()は 風にさからいては行かず 栴檀(せんだん)多掲(たが)()も 末利迦(まりか)もまた然り されど 善人(よきひと)(かおり)は 風にさからいつつもゆく 善き(ひと)(ちから)は すべての方に(かお)

花の香りは風に逆らっては匂わない。センダンもタガラもマリカでも同様だ。
然し善をなす人の香りは風に逆らっても匂う。
気高い人間の香りはどこでも匂う。

31日     55

栴檀(せんだん)多掲(たが)()と (しょう)蓮華(れんげ)と はた跋師(ばつし)()と このもろもろの (かおり)のなかに (いましめ)の香こそ 最上なり

栴檀とタガラのかもす香りはほのかであり遠くにはゆかない。
然し道徳の香りは遥かに神々の間にまで匂って例えようもない。