「この国を思う」その二 安岡正篤先生

平成21年7月度

 1日 民主主義


人格面で人間皆平等
次に近代民衆に、知識階級に、非常な感化を与えたものはいわゆる民主主義、デモクラシーの思想教養であります。 デモクラシーというのは今更論ずるまでもなく、ことに西洋のように奴隷制度の深刻なものを長く持っておった階級的社会にありましては当然起こらざるを得ない人道的思想であります。
 2日 人間平等の眼目は 例え、農奴であろうが、乞食であろうが、奴隷であろうが、何であろうが、とにかくいやしくも人間である限り人格を持っておる。すべて人格を具備するものであるということに於いては、人間皆平等である。 だから、一切の人間に人格を認め、出来るだけ人間の教養を高め社会を人間生活にふさわしい自由で平等で情愛のあるものに自治してゆこうということが眼目であります。
 3日 妙な悪平等主義 そのデモクラシーが大正時代から段々に歪められ変質されて参りまして妙な悪平等主義になって来たのであります。 それは、いかなる英雄も哲人も、やはり食欲もあれば性欲もある。その点においては普通一般の民衆と変わりない、一切の偉人も凡人も総て人間としては平等である。
 4日 英雄偉人の排斥 否、偉人なんというものは、多数の民衆を踏み台にし、これを食い物にして自分の欲望を恣にし、自己の特権を弄ぶものであって寧ろ民衆の敵だ。 だから大衆は斯の如き偉人だの英雄だのというような偶像礼拝から解放されなければ救われるものではないという英雄偉人の排斥、価値の否認、平凡の礼讃、そういう意味における悪平等思想が非常に流行って来たのであります。
 5日 歪んだ思想の蔓延 或は英雄、偉人の崇拝の盛んな東洋思想、東洋的社会なんというものは最も時代錯誤である、唾棄(だき)すべきものである。ことに日本などはその典 型的な存在だというので日本を特殊国、特殊人と呼んで、日本を国際的特殊国なりとして恬として恥なきというよりも、むしろ得意とする程であったのであります。
 6日 馬鹿げた日本人 それである模範中学校で卒業式の代表者が答辞を述べたものに「我々は今後大きくなって英雄になるのでも偉人になるものでもない。平凡にして且つ善良なる市民たらん事を光栄と致します」。というような答辞があった程 この思想は普及し、その当時のジャーナリズムはこれを日本の思想的進歩のように礼讃したものであります。日本人が日本を何事によらず嫌悪し外国人から日本人の被虐症と言われるような言論が盛んに流行するのは何も新しいことではなく、大正の時代既に今日あるを示しておるのです。
 7日 自由主義

自己責任が原則
この自由主義も、これを理論的に細かく論ずれば色々な系統もあり、義論もありますが、根本的に申しますと、前のデモクラシーと同じように、人間には人格の権威というものを認めて我々いやしく も人格を有する者である限り、一切他律的な力に強制圧迫されて心ならぬ行動をするというが如きことは屈辱であって、人間は飽くまでも自己の良心に従って、自己の判断、自己の人格の自主性に基づいて行動しなければならない。
 8日 自律が厳粛な心理

自分の厳粛な良心、至上命令に従って自らを律する生活をする。これが本当の自由というものである。なんら他の力に強制されて心にもない行動をするのではない。


自らの中に第一原因を有して自律的に行動し、自分で責任をとる、これが自由主義の原則であります。それならば古今東西に変わらない厳粛な心理であります。
 9日 本能の解放 その自由主義がデモクラシー同様妙に変質されて歪曲されて、およそ自己の良心とか或は自己の至上命令というものから離れて、何でも自分に圧迫強制を感じるものは全てこれを自由の敵であるというふうに考えた、 つまり束縛されたり強制されることのない状態に自己を置くことを以て自由であると言うふうに考え、その結果は当然、本能の解放、あらゆる伝統的道徳の否認、それから国法国権というものに対する反感、こういう気分、思想が非常に世の中に漲ったのであります。
10日 「国家」とは 例えば、大正末期、東大の森戸事件などつまりこれであります。勿論、表向きはクロポトキンの無政府主義論文を翻訳して大学の雑誌に掲載したということなんでありますが、それが問題になったというのは、一世の風潮に非常な刺激を与えたからであります。 近代の学者が色々な業績を樹てているが、中でもコロンブスの大陸発見以来の発見は、学者が「国家」というものの外に「社会」というものを発見したことだ。

国家と社会は別だ。

国家というものは土地と人民と主権者から成り立っている。
11日

奇妙な国家論

これに対して「社会」は土地と人民との自由な組織である。つまり国家と社会との差違は、権力服従関係の有無にある。従って、国家の本質は社会に較べて見れば、 権力服従関係即ち人民の自由、大衆の自由を束縛する手枷足枷(てかせあしかせ)の如きものである点に存する。これ国家の特徴である。だからこの国家を打破して社会にしなければならない。そうしなければ大衆は救われないというような論であります。
12日 自由と放縦を混同 道徳というものに反感を持ち、軽蔑するのもそのためであります。こうしてはいかぬ、ああしてはいかぬ、かくすべし、どうすべしと人間本能に禁止と強制とを与える、是の如きものは自由の敵だというので、非常に従来の 道徳に対して反発的になった。
その結果、自由と放縦とを混同してしまった。果ては教育などにも自由主義教育が盛んになりまして、ある有名な自由主義教育の学校に私も参観に参ったことがありますが、先生は勝手に自分の仕事をしている。
13日 礼儀作法・躾の喪失 生徒は作文の好きな子供には作文を勝手に作らせる。読書の好きな者には勝手に読書させる。習字の好きな者には習字、子供は雑然紛然として騒いでいる。校庭に出て見ると、いたいけな子供が先生に対して「おい君」と云って飛びついている。何にも礼儀作法というようにものがない。 それを先生が頭を撫でて、うちの学校の子供は自由主義教育に養われてこの通り無邪気でなんら咎められておらない。すくすく伸びている・・・泥棒にも三分の理といいますが、口は調法なもので何とでも理屈はつくものです。そういう教育をやっていた。今日もそれを蒸し返しているのです。そこで大正頃からして「礼儀作法・躾」というものが欠け始めた。
14日 逆転した礼儀作法

ヨーロッパ、アメリカに参りましても、マナー、エチケット、ジェントルマンシップというようなことは厳しいですが、中国でもことに厳しい。

処が、それに較べると日本の知識階級、日本の紳士階級は甚だ礼儀作法がない。むしろ礼儀作法を屈辱のように考える。甚だ無礼です。これが為に、日本人が軽蔑した大陸民族、南方民族に逆に軽蔑された。
15日

(しん)言書判(げんしょはん)の中国

中国では人を見るに、あれは大学出であるとか専門学校出であるとかいうようなことはない。身言書判と言いまして、これが古来「人を見る四つの原則」でありました。身は言うまでもなく「風采人相」であります。

中国人くらい人相をやかましく言うものはない。例え資格試験に及第したとしても人相の悪い者は中国人はなかなか許さぬ。中国人の知識階級の生活を支配するものは想像以上に「人相」と「易」です。人相から始まって、風采、態度。
16日 (しん)言書判(げんしょはん) その二 それから「言」は言うまでもなく「言辞弁舌」であります。 書は「筆跡」、
判は、今日で言うと「知識」や「見識」です。
17日 自由主義のだらしなさ この(しん)言書判(げんしょはん)のようなことを全く時代錯誤的なもの、反自由主義、反デモクラティックなものとして日本人は軽蔑した。今日は一面書道なども盛んになって来ましたが、大体明治末期から、大正、昭和にかけて育った者は、文字なんというものを書ける人は幾らもない。皆、折釘みたいな字しか書けない。 文字そのものを粗末にしてこれを(にく)む。すべてこうしたわけでは、この時代に育った者は一様にだらしがない。
それは、この自由主義思想デモクラシー思想の変質され、歪曲されたもの、及び共産主義と資本主義とに通ずる唯物主義、金儲け第一主義、経済至上主義というようなものの影響であります。
18日 公共精神の欠如

利己主義に堕した日本人
それは要するに「利己主義」でありますから、どうも近代日本人は概して公共精神、犠牲的精神、道徳的感激性の人材が少ない。 頭が良いとか、才が有るとか、世渡りが巧いとかいう、個人主義的に優秀な人物は多いのです。
19日 現代に人なし それは子供の時から激烈な受験勉強、入学競争で揉まれその中を泳いで来て世の中に立っては、また大正の末期から失業の脅威、就職難というような脅威を受けて来たのでありますから、自分一人が出世する、或はそれに相応しい世渡り能力をつ けることにおいてはなかなか進歩している。
けれども己を(なげう)ち、或は己を抑え、そうして大義(たいぎ)に生きる、公共に生きるというような感激的精神、そういう道義は衰えている。
これが「現代に人なし」と言われる真因であります。
20日 現代文明の悲劇 人物なしというが、知識や技術、個人的な生活能力という点においては決して衰えているのではない。寧ろ進歩しているが、人生とか国家の大義にー大事に感激する、それに身を挺して当たるというような道義になって来ると確かに衰えている。そのために日本丸という船全体は難航漂流し ている始末なのです。
ノーベル賞を捧げられたシュバイツァーがストックホルムに赴いて行った講演の中に「近代の科学技術はまことに超人間的な業績であるが、それだけにこれに応じて精神道徳も超人間的発達がなければならぬ。それがまるで反対に堕落しているという不調が現代文明の悲劇である」としているのは至言であります。
21日 幕末明治の人物 現代の人物を幕末明治の人物と較べて見れば明らかでありまして、何と言っても現代人は知識とか技術とか乃至は私行というような点から考えて激変して進歩しております。
明治の人物などは酒は飲む、喧嘩はする、女は漁る、
品行なんかとても悪い、だらしがなかつたと申してもよいのでありまして、それに較べると現代人は酒は飲まなくなりました。喧嘩や女遊びは慎むようになりました。確かにその点は良くなっている。少なくとも陰でごそごそやるくらいで大びらに豪傑振りを発揮しない。
22日 私利中心の現代人 それから色々な知識とか技術かは非常に発達しまして、飛行機が飛び潜水艦が走る、科学機械の発達は幕末明治の際にはとても夢想も出来なかったのである。西郷南州でも、大久保甲東でも、地球は自ら西から東に回りながら太陽の周りを回っているというようなことは知らなかった。 水がH20であるなんていうことも知らなかった。そんなことは現代人は遥かによく知っておおります。しかし、一度民族とか国家という大事になると、確かに我々の祖先は感激性を持っておった、情熱を持っておった。また実にそういう大事に当って己を忘れ、己を没し、自己を抛ってその任に当たるというような気節、気概、徳義、そういうものに豊かであった。
23日 行き詰まりの真因

処が今日、大事に臨むと、自己の保身に汲々たるばかりである。明治末期から大正時代に入って創業の時代から機械化してしまった。その中で先程申したような機械的活動をしていて済んだ間はそれでよかったのでありますが日本が思いもかけなかった難局に当らねばならぬという事態に直面すると、滅私奉公の精神に燃えて、相克摩擦を廃し、己を空しうし、己を(なげう)って事に 

るという人物や道義でなければ国家は進まない。時局が打開しない。
利口な、器用な、小知恵の回る、つまり自分一身をどうするかや「求田間舎」と中国人は申しますが、田地を求めたり、家を建てたりというような、つまり私生活ばかりを考えておるような人間、その私生活のために事業や国を食い物にすることをとんと愧づかしがらないような人間ばかりになって来たことが、今日の日本のある面での行き詰まりになったのであります」。
 

24日

理論というもの

人生は情理

近来もまた理論を尊びますけれども、実は人生は理論では動かぬのであって、より多く、根強く感情で動くものであります。 従って、理論が人を動かすのも実は単なる形式論理で動くのではなく、感情の籠った理論―「情理」であって始めて人を動かすことが出来る。
26日 情操(じょうそう)陶冶(とうや)

そこで、人間の教養あるいは民族の発展という上において、情操(じょうそう)陶冶(とうや)ということが大切な問題であります。情操という問題になって来ますと、近代人は、世紀末文明の一つの特徴で、非常に感傷的です。パッショネートです。エキセントリックと申しますか、いわゆる激情的、煽情(せんじょう)的、ヒステリックです。

堅忍持久(けんにんじきゅう)ということが事を成すに必要なものですが、堅忍持久というものは感傷的な心理ではどうしても実行出来ない。
日本人が非常に感傷的になって、つまり気分本意で生きている。
感情の陶冶がないから自然脆弱(ぜいじゃく)になったわけであります。
27日 日本人と中国人の器量?

日本の労働者ならあれほどやられたら、尻をまくってサア殺せとか何とかいう始末になって、言うことを聞かないところだが、どうするかと思って見ていると雲突くような大きな男が、罵られて打た

れても、何かニコニコ笑いながら、まあ怒るなというような恰好をして、言われるままに、とにかく一生懸命になって車を曳っ張っている。この有様を見て非常に恐ろしくなったということでした。これは面白いことだと思います。
28日 中国の神経 話の質は少し変わってきますが、私が始めて(大正)満州を旅行致しました時にもそれを痛感しました。大連から旅順に立派な道路が出来ておりまして、その傍らに百姓家がある。ちょうど真夏でありましたが、陽のあたる所にいると目が眩むほど暑いが木陰はひやりとするほど涼しい。湿気がありませんから、冷熱の区別が非常にはっき りしている。
百姓が暑いものですから、アカシアなどの木陰で昼寝している。その辺に豚などがブウブウいって歩いている。私どもの乗った自動車が彼らの昼寝をしている枕元を疾走する。日本人ならとてもそんな道端にひっくり返って悠々と寝ているというようなことはない。彼らは平然として、ものうさそうに車を見返りながらまた乗っているかというような顔をしている。
29日 西瓜とハエ それから()(じゅん)に参りますと、苦役が西瓜を食っている。処がハエが一杯で、西瓜の赤いのが見えない、手を動かす毎にハエがぱっと散って赤い所が見える。それを平気で食っている。 案内しました人が、あの通り衛生思想も何もない、洵に憐れむべき民族でというような説明をしておりましたが、正にその通りでありますが、私は心中秘かに彼らのバイタリティ活力に大きな恐怖を覚えたことがある。今日、このハエが中国に退治されたと珍しがられてます。
30日

一体、シナ四千年の歴史は、侵略と征服の連続史であります。ことら蒙古族が侵入して宋を倒し元を建て、満州族が入って清朝三百年の覇権を樹立した。

この如く、少なくとも、二度は異民族に征服さされて、百年あるいは二百年、清朝の如きは297年でありますが、それくらい久しきに亘って支配された。 

31日 中国は多面的考察を 世界の歴史を見まして、かくのごとく絶えず異民族の侵略を被りながら乃至は百年、二百年の久しきに亘って征服されたというような民族は、或はアイヌの如く、あるいはアメリカ・インディアンの如く、憐れむべき残骸を留めるに至るのでありますが、漢民族というものは幾ら征服されても征服されても、悠々として少しも姓名を弱めない。のみならず、世界民族の爬虫類 と言われる程強靭なバイタリティを持ち、独特の文化を持って、逆に征服者をいつの間にかすっかり同化して彼の姓名を吸収して、そうして反対におっぽり出すというような凄い芸当を演ずるのであります。そのために征服しておきながら蒙古族も満州族も見る影もなく劣敗したのであります。この民族に対して、日本人が浅薄や性急な感情で考えたり言動したりすることは寧ろ危険であります。
ロシアとシナは特に長い目で多面的に深く考察せねばなりません。