「KY」に就いての「一思考」
KYと言う言葉を聞かれたことがありますか。
今日は、そのKYに関する徳永の「一思考」であります。
空気の読めない人ですね、「場の空気」が読めない人。
いるんですよ、いい歳をしても居る。
そしてそのような方は、
いつまでも浮いている。
エライ人は、本当に尊敬とか親愛とか得られていないのに周囲からは遠ざけない。みな表面だけなのでしょうね。
どんな人でしょうかKYとは、私の長年観察した処では
1. 己の主張のみ人、
2. 上からの目線の人。
3. 人の意見を聞かない人、
4. 謙虚さの欠けた人、
5. 世間知らずの多い
相手が生徒でもないのに自分の事を自ら先生と言ってなんともない奇妙奇天烈な人間。
要するに
自分の、その場の立ち位置の読めない人、
自己主張の強い人、
社会的非常識な人。
こういう人は、いつまでも「その場で浮く」のですね。
本人は、気が付かない社会的幼稚な大人ですかね。
大体、場には、必ず、目に見えない「空気」が存在している。
株式会社の地位など、ゲゼルシャフトの世界ですからね、立派ばかりとは言えぬですがね。
元役員でも、退職後何年にもなり、現役時代の地位とは無関係の人間社会で生きているのですね。
これをKYと言うのですね。
出来た人は、私もそうですが、元部下の若い方にも、さんづけで、辞を低くして談笑しています。現役時代の地位をいつまで振りかざすのはこれKYですね。
日本では、新しい会議とか、新しい「場」に出ると
まず、当初から、己を出しませんね。
1. 場の雰囲気を観察する。
2. 全体の流れを観察する。
3. 場の空気を支配する源泉を把握する。
4. だから控えめにしている。自分の立ち位置を知ることとなります。
5. 控えめにすると「場」の好感を得る。
6. それが出来ないのがKY、空気の読めない人なのでありましょうか。
7. 場の空気を感じて、自分の立ち位置を、考えるのではないでしょうか。
8. そして出すぎぬように、徐々に自分を出して、全体の調和の中で生きて行く。
こんな感じがするのであります。
いつも申し上げますように、
1. 人間って、ドロドロした感情を持っている。
2. 思わぬ言語で自意識のないのに後年まで恨みを持たれる。
3. だから、理屈だけ、では人間集団の統治は不可能なのですね。
結局、人間的苦労知らず、人の気持ちの読めないのがKYだと結論づけておりますが、互いに注意したいものです。
皆さん、いかがでありましょうか。
令和元年7月1日
徳永日本学研究所 代表 徳永圀典