佐藤一斎 塾規三条
立志
諸友、学問心掛られ候趣意は、
第一、倫理を弁え、君子に成べきためにて候。
ここに志なき輩は仮令万巻の書を読破候ても、学問心掛候とは申がたく候。曲芸小技に至るまで、志なくして成就する事あたわず候。
況て倫理大学問、ウカト出来候義決して無之候。
其志さえ立候えば、書籍読み候事も、此志の内にこれあり候。
誠に入学第一の義にて、かりそめに思われ間敷候事。
励行
学者日用の間、逢う所触る所、朝昼暮夜行を離れ候事これなく候。兎につき角につき能く誠実に心を尽し、軽薄浮躁の態なき様次に心掛らるべき事に候。
朋友会合の際は言語の上尤も緊要にて候。朋友は互に益を求め仁を輔くる為に候。然るに無益の雑話に時を費やさば、益なくして損あるべし。雑話の上より自然と不遜にもなり、争端を起す事にも及び候。箇様の義一切無之様に心掛られるべく候。
且つ少者は長者を愛すべし。仮令少者たりとも業の勝れたるものは、業の先輩なれば、不敬なき様に相談あるべし。先輩たる者も其長を挟み、後進を軽侮すれば、やはり長者の徳なきゆえに、後輩にかわる事これあるまじく候。大抵朋友の義には兄弟に等し。其親愛の心より切磋あるべく候事。
遊芸
文学の事は、経説たりとも芸に属すべし。学問中の一事にて候。厳に過程を立て、其間に優遊涵泳すべき事尤もに候。もし実行なくして読書作文のみに流れては、何程経説に委しく、諸子百家に渉り、詩文を巧に致しても、技芸にかわる事これなく候。書籍を離れて候ては其余常人に等しかるべし。却て世人より謗を招く事数多これあり候。然れば実行ありての読書にて候。凡そ先輩に疑を質す。生きたる書を読むに同じ。書を読む事は、死したる先輩より訓を受くる也。されば経義を講明するに当りては、先輩老人に対し、まのあたりに質義する心に成り、己を虚くし、其語を身に引当てて沈潜すべし。軽率躁妄なるべからず。能くかくの如くなれば、読書も亦実行の一にて候。以上。
三条の約、諸友ともに確守いたすべく候。背馳これなきように心掛られ尤もに候事。