これが民主主義だ サンケイ政治部長 有元隆志

 限定的ながら集団的自衛権の行使を容認することは日本の法体系を国際社会の標準に近づけることを意味する。一部野党が「戦争法案」と情緒的な反対を訴えるなかで安全保障関連法案の採決に踏み切った与党側の判断は、国際情勢を考えると正しい。最後は多数決で決めるのが民主主義だ。

 外交評論家の岡本行夫氏が13日の衆院平和安全法制特別委員会の中央公聴会で、法整備の意義を端的に語っている。

 「外敵の暴力から身を守り合う仲間のコミュニティーに日本も参加すること」

 岡本氏が指摘するように、これまで日本は集団的自衛権の行使が認められないから他国の船を守れないとし「各国の善意と犠牲のうえに日本人の生命と財産を守ってもらい、それで『良し』としてきた」。

 中国が軍備を増強し、北朝鮮が核・ミサイル開発を続けるなか、戦後「世界の警察官」を自他共に認めてきた米国はオバマ政権発足後、財政難もあり急速に内向き思考を強めている。日本にも従来の関係から一歩踏み出し、米国との軍事的な連携強化を求めている。中国を警戒する米国が法案の衆院通過を歓迎しているのを野党第一党の民主党はどう受け止めるのか。

与党時代に尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖で起きた中国漁船衝突事件など国土の安全を脅かす現実を経験した。にもかかわらず「いつかは徴兵制」などとレッテル貼りをして反対し、健全な議論を妨げた。

 安全保障をめぐる本質的な議論が深まらなかった責任の一端は与党にもある。法案に反対する憲法学者を自民党が国会に招致したことで、法案が合憲か違憲かの入り口論に終始した。

 日本の防衛、周辺事態、国際平和協力と異なる事態について法案が一体として提出され、「存立危機事態」「重要影響事態」などわかりづらい概念が登場したことも、国民の理解がなお十分に得られていない原因といえる。政府には丁寧に説明する責務がある。

 1960年の安保条約改定のとき、日本の抑止力を高めることに賛成の保守勢力と、安保を改定すれば戦争に巻き込まれると反対した革新勢力が激しく対立した。あれから55年たち、どちらが正しかったかは自明の理であろう。

テロの脅威、サイバー攻撃、存在感を誇示する中国など今再び国際情勢が大きく変化するなかで、国際社会と歩調をあわせ日本の抑止力を高める必要がある。まさに「国のあり方を転換できるかどうかの歴史的な分岐点」(岡本氏)で、衆院は曲がりなりにも結論を出した。法案成立は確実になったとはいえ、参院での審議が残っている。半世紀後の人々の評価にも堪えられる論議を期待したい。