尭曰(ぎょうえつ) 第二十」

平成29年7月16日--7月20日 完了

原文 読み 現代語訳
7月16日 一、    尭曰(ぎょういわく)咨爾舜(ああ なんじしゅん)天之(てんのれき)暦数在爾躬(すうはなんじのみにあり)允執(まことにその)(なかを)(とれ)四海(しかいこん)困窮(きゅうせば)(てん)(ろく)(ながく)(おえん)舜亦以命(しゅんまたもってうにめいず)(いわく)()小子(しょう)(しり)敢用(あえてげ)(んぼを)(もちい)敢昭告于(あえてあきらかにこうこう)(たる)皇后(こうてい)(につぐ)有罪不敢赦(つみあるはあえてゆるさざらん)(ていし)臣不蔽(んおおわざるは)簡在(えらぶことていの)(こころに)(あればなり)朕躬(ちんがみに)有罪(つみあらば)無以(ばんぽうを)萬方(もってするなかれ)萬方(ばんぽうつ)有罪(みあらば)罪在朕躬(つみはちんのみにあり)(しゅう)有大賚(にたいらいあり)善人(ぜんにん)(これ)(とむ)(しゅう)(しんあ)(りとい)(えども)不如(じんじん)仁人(にしかず)百姓有過(ひゃくせいあやまちあれば)在予(よいちに)一人(んにあり)

尭(ぎょう)曰わく、咨(ああ)、爾(なんじ)舜(しゅん)よ、天の暦数は、爾(なんじ)の躬(み)に在り。允(まこと)にその中(ちゅう)を執れ。四海困窮。天禄(てんろく)永く終わらん。舜も亦以て禹に命ず。予、小子履)、敢えて玄牡(げんぼ)を用い、敢えて昭かに皇皇后帝に告ぐ。罪あるは敢えて赦さざらん、帝臣蔽わざるは、簡ぶ(えらぶ)こと帝の心に在ればなり。朕が躬に罪あらば、万方を以てするなかれ。万方罪あらば、罪は朕が躬に在り。周に大賚(たいらい)あり、善人これ富む。周親ありと雖も仁人に如かず。百姓、過ち有らば、予一人に在り。

尭が言われた。
『ああ、なんじ舜よ。天の運行・運命は汝の一身にかかっている。帝位に就くために程よい中くらいを守るようにせよ。四海の人民は困窮している、天の恵みが永遠に続かんことを』。舜帝もその言葉を禹に命じた。
商(殷)の湯は言った。
『われ、未熟なる履(湯の名)、ここに黒毛の牡牛をお供えし、はっきりと上帝に申し上げる。
「罪ある者(夏の桀王)は許さず。上帝の臣下は隠すことなく、上帝の御心のままに選びます。
わが身に罪のあるときは万民に罰を与えないように。万民に罪のあるときは、罰をわが身に与えてください」。
周には天のたまものあり、それで善人は富み栄えている。(周の武王は言った)。
「濃い血縁関係があっても、仁の人には及ばない。
人民に過ちがあれば、その責任は我が身一つにあるのだ」。』
7月17日

 二、    謹権量(けんりょうをつつしみ)(ほうど)法度(をつまびらかにし)修廃官(はいかんをおさめて)四方之(しほうのまつり)政行焉(ごとおこなわる)興滅(めっこくを)(おこし)(ぜっ)絶世(せいをつぎ)挙逸(いつみんをあ)(ぐれば)天下之民帰心焉(てんかのたみこころをきす)(おもん)重民食(ずるところはたみしょくそうさい)(かん)(なれば)

権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を修めて、四方の政行わる。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民、心を帰す。重んずる所は、民・食・喪・祭。

慎んで目方と升目の基準を整え、明瞭に法の尺度を定め、廃れた官を復活させれば、四方の政治は上手くいくようになる。
滅んだ国を復興させ、絶えた家柄を引き継がせ、隠棲者(世捨て人)を用いれば、天下の民は政治に心を帰属させる。重視すべきことは、人民・食糧・服喪・祭祀である。

 

 7月18日  

 三、    寛則(かんなればすな)(わちしゅ)(うをえ)信則民任焉(しんなればすなわちたみにんず)敏則(びんなればす)有功(なわちこうあり)公則(こうなればすな)民説(わちよろこぶ)

 なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任ず、敏なれば則ち功あり、公なれば則ち説ぶ。 寛大であれば大衆の人望が得られ、信があれば人民から頼りにされ、機敏であれば仕事で功績を上げ、公平であれば人民に喜ばれる。
 7月19日 四、    子張問政於(しちょうこうしにまつり)孔子(こどをとう)(いわく)何如斯可以従政矣(以下に背場すなわちまつりごとにしたがうべきか)子曰(しのたまわく)尊五美屏四(ごびをたっとびしあくをの)(ぞけば)斯可以従政矣(すなわちもってまつりごとにしたがうべし)子張曰(しちょういわく)何謂五(なにおかごびと)(いう)子曰(しのたまわく)君子恵而(くんしはけいにして)不費(ついやさず)労而不怨(ろうしてもうらみず)欲而(ほっしても)不食(むさぼらず)泰而不驕(たいにしておごらず)威而(いありて)不猛(たけからず)子張曰(しちよういわく)何謂恵而(なにおかけいにしてついや)不費(さずという)子曰(しのたまわく)因民之所利而利之(たみのりするところによりてこれをりす)斯不亦恵而不費乎(これまたけいにしてついやさざるにあらずや)択其可労而労之(ろうすべきをえらんでこれをろいせば)又誰怨(まただれおかうらみん)欲仁而(じんをほっして)(じんを)(えたり)又焉貧(またいずくんぞむさぼらん)君子(くんし)無衆寡(はしゅうかとなく)(しょう)小大(だいとなく)無敢慢(あえてあなどるなし)斯不亦泰而不驕乎(これまたたいにしておごらざるにあらずや)君子(くんしは)(その)(いかん)衣冠(をただし)尊其瞻視儼(そのせんしをとうとびげんぜんたれば)(ぜん)望而畏之(ひとのぞんでこれをおそる)斯不亦威而不猛乎(これまたいありてたけからざるにあらずや)子張曰(しちょういわく)何謂四(なにおかしあくという)(あく)子曰(しのたまわく)不教而殺(おしえずしてころす)謂之虐(これをぎゃくという)不戒(いましめず)(してな)(るをみる)謂之暴(これをぼうという)慢令致期(れいをゆるがせにしてきをいたす)謂之賊(これをぞくという)猶之与人也(なおこれひとにあたうるとき)出内之吝(すいとうのやぶさかなる)謂之(これをゆう)有司(しという)  

張、政を孔子に問いて曰わく、何如(いか)なればこれ以て政に従うべき。子曰わく、五美を尊び四悪を屏(しりぞ)ければ、これ以て政に従うべし。子張曰わく、何をか五美と謂う。子曰わく、君子、恵(けい)して費やさず、労して怨みず、欲して貪らず(むさぼらず)、泰(ゆたか)にして驕らず(おごらず)、威にして猛からず(たけからず)。子張曰わく、何をか恵して費やさずと謂う。子曰わく、民の利とする所に因りてこれを利す、これ亦恵して費やさざるにあらずや。その労すべきを択んでこれを労す、又誰をか怨みん。仁を欲して仁を得たり、又た焉(なに)をか貪らん。君子は衆寡と無く、小大と無く、敢えて慢る(あなどる)こと無し、これ亦泰にして驕らざるにあらずや。君子はその衣冠を正しくし、その瞻視(せんし)を尊くして儼然たり、人望みてこれを畏る、これ亦威にして猛からざるにあらずや。子張曰わく、何をか四悪と謂う。子曰わく、教えずして殺す、これを虐と謂う。戒めずして成るを視る、これを暴と謂う。令を慢く(ゆるく)して期を致す、これを賊と謂う。猶しく(ひとしく)人に与うるに出内(すいとう)の吝か(やぶさか)なる、これを有司と謂う。

 子張が孔子に政治についてお尋ねした。『どのようにすれば、政治に携われますか』。先生は言われた。『五つの美徳を尊び、四つの悪徳を退ければ、政治に携わることが出来る』。子張は聞いた。『五つの美徳とは何ですか』。先生は答えられた。『上に立つ者が、適切に与えてもばら撒かない、必要な動員はするが不満を起こさぬ。欲求を抱いて貪欲にならぬ。ゆったり構えているが傲慢でない。威厳はあるが猛々しくない、これが五つの美徳である』。子張が言った。『適切に与えてもばら撒かないとはどういうことですか』。先生は言われた。『人民が利益だとしていることをさせて利益を得させる、これが恵んでも費用をかけないことではないか。自分で苦労し働いているとしても自分で選んで働いているのだから、誰を怨むことがあろうか。仁を求めて仁を得るのだから、どうして必要以上に貪ることがあるだろうか。上に立つ者が相手の人数の多さや貴賎にかかわりなく決して侮らない、これがゆったりとしていて高ぶらないということではないか。上に立つ者が衣服や冠を整えて、その目の付け方が重々しく、謹厳実直に振る舞っていると、人民はそれを眺めて畏敬する。これが威厳があっても猛々しくないということ』。子張が言った。『四つの悪徳とは何ですか』。先生がお答えになった。『国民を教化せずに、罰則の処刑を行うのを「虐」という。国民に事前に注意をせずに、急いで何かをやらせようとすることを「暴」という。曖昧な命令を出しておきながら、期限を厳しく設定して徴集する、これを「賊」という。人民に平等に分け与えるのに出納がケチる、これを「お役所仕事」という』。
 7月20日  

五、    孔子曰(こうしのたまわく)不知(めいをしらざ)(れば)無以為君子也(もってくんしとなるなきなり)不知(れいをしら)(ざれば)無以立也(もってたつなきなり)不知(げんをしら)(ざれば)無以知人也(もってひとをしるなきなり)

 孔子曰く、
命を知らざれば、以て君子となる無きなり。
礼を知らざれば、以て立つこと無きなり。
言を知らざれば、以て人を知ること無きなり。
 

先生が言われた、
「天命を知らなければ君子となることは出来ない。
礼を知らなければ人の世を生きていけない。
言葉に就いて理解できない者は真に人間を理解できないであろう」。

 

       

平成28年3月9日 午後2時55分 完成す。感無量。

      徳永岫雲斎圀典