熊沢蕃山

中江藤樹の弟子、「敬の心」を政治に活かした人と言われる。

1619-1692も江戸前期の陽明学者。京都出身、岡山藩主池田光政に仕えたが病弱で辞職、
近江の祖父の実家で中江藤樹に邂逅した。池田光政に再び招かれて岡山藩家老となの藩政を指導した。

「政治は人々に仁政を施すことにある」と言う信念を実行した。
幕府の政治が仁政でないとして下総の国古河に幽閉されて病死した。