鳥取木鶏会 7月例会 レジメ 徳永圀典
安岡正篤先生「人づきあいの五箇条」
1.事無くして偶々訪う。2.随時物を贈る。
3.小信を忽せにしない。4..退いて怨誹なし。5.有事相済う。
1.
知識・見識・胆識 2.恥に就いて 3.たしなみ
4.人物を学ぶ 5.萬灯行 6.応対辞令
ここで言う「応対辞令」とは、人と相対し、人と応接する時の言葉遣いとか、態度のことである。
最近の60歳以下の日本人、殊に壮年、青少年、少女の中には、ビジネスの中に於いてさえ、言葉遣いが、全くなっておらないのが多見される。時に不愉快なことがしばしばある。不快千万な日本人が確実に増えた。 挨拶をするに際しても、「会釈」というものを伴わない。これは、日本人の伝統であった「長幼の序」というものが日本人の中に喪失した証左と思える。私達の年齢では、年長者には、それなりの敬意を潜在的に保有し、それなりの「礼」を以て接している。処が、戦後教育を受けた60歳代以下の日本人は、人間は対等と言う意識しか無いようである。
「勇気」と「敬」と「誠」
「有為にして而して無為なる之を敬と謂ふ。無為にして而して有為なる之を誠と謂ふ」
議論よりも何よりも先ず実践する勇気を持った優れた人々が、その位におることが必要であると申しましたが、それは今日の政府を見てもよく分かります。内閣の各大臣もそうですが、とりわけ首相、総理と言われる人はよほど勇気が無ければ何も出来ません。勇気の出処は。その勇気は何処から出るかというと、これは利害打算からは出ない。やはり人間としての敬虔な精神から出るものです。
敬というものは、分散した精神ではなくて道とか理想に対した時に、全精神から生ずるものです。