佐藤一斎「(げん)志録(しろく)」その三 岫雲斎補注  

わが鳥取木鶏会で言志録四巻を5-6年前に輪読し学んだ。
このホームページに記載されないのが不思議だとの声が関西方面からあった。
言志禄は、指導者たるべき者の素養として読むべきものとされたものである。
言志四録の最後の言志耋録(てつろく)佐藤一斎先生八十歳の著作である。
岫雲斎圀典と同年の時である。

そこで、思いを新たにして、多分に、愚生の畢生の大長編となるのであろうが、
言志四録に大挑戦することを決意した。平成23530日 岫雲斎圀典


平成23年8月度

1日 57

 
実学二則
その一

草木を培植(ばいしょく)して、以て元気機緘(きかん)の妙を観る。何事か学に非ざらむ。 

岫雲斎
草木を育てるとその生々発育する過程に、森羅万象の気運とその微妙さが観察出来て大いに得るものがある。そこに活学がある。

2日 58.           実学二則 その二

山岳に登り、(せん)(かい)(わた)り、数十百里を走り、時有ってか露宿(ろしゅく)して()ねず、時有ってか()うれども(らく)わず、寒けれども()ず、()()れ多少実際の学問なり。()徒爾(とじ)として、明窓浄几(めいそうじょうき)(こう)()き書を読むが(ごと)き、恐らくは力を得るの(ところ)(すく)なからむ。 

岫雲斎

人間的実力を身につけるのは活学であり現場での体験であることの謂いである。

腹一杯食べて、きれいな冷暖房の効いた環境での学問は知識のみで実人生に役に立たぬ。

心身の鍛錬、社会の人情の機微も体験しなくては真のリーダーたり得ない。

現代日本の指導者に全く欠如している事象であろう。
 

3日 59. 
艱難は才能を磨く

凡そ遭う所の艱難(かんなん)(へん)()屈辱(くつじょく)讒謗(ざんぼう)(ふつ)(ぎゃく)の事は、皆天の吾才を老せしめる所以にして砥砺(しれい)切磋(せっさ)の地に非ざるは()し。君子は当に之に処する所以を(おもんばか)るべし。(いたず)らに之を免れんとするは不可なり。 

岫雲斎

艱難は八苦、変事や屈辱は世間では日常茶飯事、

人からの悪口は当たり前、合点のゆかぬことは毎日起きる。

これは天が自分の才能を鍛錬していると思うべし、免れようと思わぬことじゃ。

4日 60.  
経を離れるのも学問

古人は経を読みて以て其の心を養い、経を離れて以て其の志を弁ず。則ち、独り経を読むを学と為すのみならず、経を離るるも亦是れ学なり。 

岫雲斎

経典は、その真意を汲み取る事が肝要。
一字一句こだわり、囚われるように読むのは正しくない。

5日

61.

達人同士は話が通じる
 

一芸の士は、皆語る可し。 

岫雲斎
どのような道でも、一流に達した人同士は、通じ合うものだ。

6日 62.

聞き上手

凡そ、人と語るには、(すべから)(かれ)をして其の長ずる所を説かしむべし。我に於て益有り 

岫雲斎
(かれ)には詮索する意味はない、彼でよかろう。

人との会話では相手の長所を話題にすると自分の勉強になる。

7日 63.

為すべきことを避けるな
凡そ、事吾が分の已むを得ざる者に於ては、当に之を為して避けざるべし。已むを得べくして()めずば、これ則ち我より事を生ぜん。 

岫雲斎
自分の本分としてしなければならぬ事は敢然と為すべし。
避けてはならぬ。しなくても良い事を、やめないでしたならば問題を起す。

8日 64.

才は剣の如し
才は猶お剣のごとし。善く之を用うれば、則ち以て身を(まも)るに足り、善く之を用いざれば、則ち以て身を殺すに足る。 

岫雲斎
才能というものは、剣のようなものだ。善く使えば身を守ってくれる。悪く使うと我が身を殺すハメになる。才人、才に溺れると諺もある通りだ。

9日 65.     

姦悪な小人

古今姦悪(かんあく)を為すの小人は、皆才、人に過ぐ、(しょう)(しん)の若きは、最も是れ非常の才子なり。微、()()(かん)の諸賢にして且つ(しん)有りと雖も、其の心を(ただ)す能わず、又其の位を()うる能わず。

(つい)に以て其の身を(たお)して、()かも其の世を()つ。是れ才の(おそ)るべきなり。 又其の位を()うる能わず。(つい)に以て其の身を(たお)して、()かも其の世を()つ。是れ才の(おそ)るべきなり。 

65姦悪な小人

岫雲斎補注

岫雲斎
昔から、悪賢い小者は人並みはずれて才智が勝れている。その典型的な商辛()の紂王は兄の微子の諫めを聞かず、叔父の箕子(きし)も逃げた。

()(かん)も叔父だが、諫言されて()き殺された。紂王は滅亡し子孫も絶えた。才智のみ勝れて学問しない人間は気をつけねばならないのは現代とて同様である。
10日 66
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小利に注意

(しゃく)(ろく)を辞するは易く、小利に動かされざるは難し。 

岫雲斎
清廉な人物と言われたい為に地位やお金を辞退するのは戦前迄のことで現代ではとても参考になるまい。
だが、小さな利益は油断があり心が動かされ易いものだ。

11日 67

利は公共のもの

利は天下公共の物なれば、何ぞ()って悪有らん。但で自ら之を専らにすれば、則ち怨を取るの道たるのみ。 

岫雲斎
分かり易い事例は、田中角栄は、大きくばら撒いたから怨まれていない。
小沢一郎は私物化しているから嫌われている。

12日 68
  
礼の妙用

情に(したが)って情を制し、欲を達して欲を(とど)む。是れ礼の妙用なり。 

岫雲斎
情というものは程よく制しなくては弊害が出る。欲望はある程度満たしたら限度を設けることが肝要。これが礼儀=慎みの妙用というもの。

13日 69. 

自他一套事(とうじ)

己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事(とうじ)のみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事(とうじ)のみ。 

岫雲斎
套事(とうじ)は同じこと。
自分の気持ちで治めることだと云うこと。自分を自ら欺くことは他人を欺くこと同じである。なぜなら自分の誠に反したことをしたことになるからだ。

14日
70

諫言二則 その一

凡そ、人を(いさ)めんと欲するには、唯だ一団の誠意、言に溢るる有るのみ。(いやしく)も一忿疾(ふんしつ)の心を挟まば、諫めは決して入らじ。 

岫雲斎

熱烈な誠意や態度が言葉に溢れるようでなくてはなるまい。腹を立てたり、憎むような心が少しでもあれば、相手は忠告は聞かない。

15日 71
諫言二則 その二
(いさめ)を聞く者は、()(すべから)らく(きょ)(かい)なるべし。諫を進むる者も亦須らく虚懐なるべし。 

岫雲斎

忠告をする者は、誠心を尽くし誠意を尽してわだかまりの無いものでなくてはならぬ。また、聞く者もそうなくてはならぬ。

16日 72

(がく)と礼
人をして懽欣(かんきん)鼓舞(こぶ)して外に(ちょう)(はつ)せしむる者は(がく)なり。人をして(せい)(しゅく)収斂(しゅうれん)して内に固守(こしゅ)せしむる者は礼なり。人をして懽欣鼓舞の意を整粛収斂の(うち)(ぐう)せしむる者は、(れい)(がく)合一(ごういつ)の妙なり。 

岫雲斎

音楽は、人を踊らせ喜ばせ伸び伸びさせる。また、礼は、人の身を整え、慎ませ、心に引き締めさせるものがある。この相反する楽と礼だが、合一して喜びの中に引き締めるものがその妙である。
岫雲斎は、毎朝、浄土宗勤行と般若心経を声高らかに朗誦する。祝詞も上げる、厳粛であり胆からの声で至って健康的と考えている。

17日 73           和暢(わよう)の妙

(いにしえ)(ほう)相氏(そうし)()を為す。熊皮(ゆうひ)(こうむ)り、黄金(おうごん)(もく)(げん)()(しゅ)(しょう)(ほこ)を執り(たて)()げ、百隷(ひゃくれい)(ひき)いて之を()つ。郷人(きょうじん)群然として出でて観る。蓋し、礼を制する者深意有り。伏陰愆(ふくいんけん)(よう)、結ばれて(えき)()と為る。之を駆除せんと欲するには、人の純陽の気に()るに()くは()し。

方相(ほうそう)気を()して率先し、百隷之に従う。状、恠物(かいぶつ)(ごと)く然り。(こう)(きょう)の老少、雑とうして、(あつま)り観て、且つ(おどろ)き且つ(わら)う。(ここ)に於て陽気四発し、疫気自ら能く消散す。(すなわ)(こう)(きょう)の人心に至りても、亦(よっ)て以て(かん)(ぜん)として和暢(わよう)し、()(じゃ)(とく)の内に伏欝(ふくうつ)する無し。蓋し其の()に近き処、是れ其の妙用の在る所か。 
73 和暢の妙

岫雲斎

岫雲斎
逐条解説しても余り現代的意味がなく空しいので取りやめる。要するに、礼と楽の一致した所に妙があると云う道化(どうげ)である。

疫病は、隠された陰気であり、これを追い出すのは人間の持つ純粋な陽気によるのが一番だという方相氏の疫病祓いの儀式の次第である。
18日 74.

平和時の政事
治安日に久しければ、楽時漸く多きは、(いきおい)(しか)るなり。勢の趣く所は即ち天なり。士女聚(しじょあつま)(よろこ)びて、飲讌(いんえん)歌舞(かぶ)するが如き、在在(ざいざい)に之れ有り。(もと)より得て禁止す可からず。而るを乃ち強いて之を禁じなば、則ち人気抑鬱(よくうつ)して、発洩(はつえい)する所無く、必ず伏して邪悪と()(かく)れて凶姦(きょうかん)と為り、或は結ばれて疾?毒(しつちんどく)(そう)と為り其の害殊に(はなはだ)しからん。(まつりごと)を為す者()だ当に人情を斟酌して、之れが操縦を為し、之を禁不禁の間に置き、其れをして過甚(かじん)に至らざらしむべし。是れも亦時に赴くの(まつりごと)然りと為す。 

岫雲斎

要諦は為政者は人心を汲み取り、禁ずるでもなく、うまく操り偏らないようにするのが時代に順応した政治だというのである。
それは平和が続くと楽しみ事が増えるのは自然で、男女が歓楽し歌舞することは止める訳には出来ない。
禁止して人心抑圧すれば、隠れてやるとか不満が溜ると色々の病気の元で、禁止するより甚しくなるからという前提の上の話である。

だが、放縦の現代は、徳川時代と異なり、この話題は全く該当しない。
 

19日 75.  
歓楽(かんらく)発揚(はつよう)の場

人心は歓楽発揚の処無かる可からず。故に王者の世に出ずる必ず(がく)を作りて以て之を教え、人心をして寄する所有り、楽しんで淫するに至らず、和して流るるに至らざらしむ。(ふう)移り俗(かわ)りて、(ここ)(じや)(とく)無し。当今(とうこん)伝うる所の雅俗の楽部(がくぶ)は、(ならび)(ふう)を移し俗を()うるの用無しと(いえど)も、而も士君子(しくんし)之を為すとも、亦不可なる無し。坊間(ぼうかん)詞曲(しきょく)の如きに至っては、多くは是れ淫哇巴ゆう(いんあいはゆ)、損有りて益無し。 

但だ此を捨てては則ち()()の男女、寄せて以て歓楽発揚す可き所無し。勢も亦之をしゃく停す可からず。

(これ)を病に(たと)うるに、発揚は表なり。

抑鬱(よくうつ)は裏なり。表を撃てば則ち裏に入る、救う可からざるなり。(しばら)く其の表を(ゆる)くして、以て内攻(ないこう)を防ぐに()かず。

此れ(まつりごと)を為す者の宜しく知るべき所なり。
 
岫雲斎

岫雲斎
政治の要諦を比喩で語ったもの。人間には適切な楽しみで発散する事が必要だという。徳の高い君主はそれを音楽に求めた話である。だが世間では猥らな音楽で、これを歌うと損ばかり招く、だがそれを止めると男女が心 

を寄せ合い発散する場所がなくなり強いて中止も出来ぬ。病気で言えば発散するのが表、押さえつけるのが裏、表を撃てば裏に廻りどうにもならなくなるから表を少し緩める呼吸を政治は心得たが良いという。
20日 76.    

人心発揚

人君当に士人をして常に射騎刀さく(しゃきとうさく)の義に遊ばしむべし。蓋し、其の進退、駆逐、坐作(ざさ)(げき)()、人の心身をして大に発揚する所()らしむ。是れ但だ治に乱を忘れざるのみならず、而も又(せい)()に於て補い有り。 

岫雲斎

君主は武士に弓、馬術、刀や薙刀を使う武術を督励し、退いたり、走ったりさせて身体を元気にさせておくが宜しい。

平和ボケで有事を忘れさせないだけでなく、国政全般の遂行上の効果も期待できるのだ。

21日 77

古楽の滅亡
古楽は亡びざる能わず。楽は其れ(いずれん)の世にか始まりし。果して聖人より前なるか。若し聖人に待つこと有って而して後作りしならんには、則ち其の人既に亡くして而も其の作る所、安んぞ能く独り久遠(くおん)を保せんや。 
聖人の徳の精英、発して楽とある。乃ち之を管絃に被らせ、之を簫磬(しようけい)(ととの)え、聴く者をして之に親炙(しんしゃ)するが如くならしむ。則ち楽の感召(かんしょう)にして、其の徳の此に(ぐう)するを以てなり。今聖を去ること既に遠く、之を伝うる者其の人に非ず。其の漸く差繆(さびゅう)を致し、遂に以て亡びるも亦理勢(りぜい)の必然なり。 
(しょう)(さい)に伝わる、孔子高く心に(かな)えり。孔子深く心に契えり。然れども恐らくは(すで)に当時の全きに(あら)じ。但だ其の遺音(いおん)尚お以て人を感ずるに足りしならんも、而も今亦遂に亡びたり。 凡そ天地間の事物、生者は皆死に、金鉄も亦滅す。況や物に寓する者能く久遠(くおん)を保せんや。故に、曰く、古楽(こがく)亡びざる能わずと。但し元声(げんせい)太和(たいわ)の天地人心に存する能はずと。但し、天地人心に存する者に至りては、即ち聖人より前なるも、成人より後なるも、未だ(かつ)て始終有らず。是れも、亦知らざる可からざるなり
岫雲斎 聖人が亡くなった以上、聖人の作った古楽が何時までも残っているはずはない。聖人の徳が音楽になり人に感銘を与えたのは聖人の徳が音楽に寄寓していたからだ、死と共に亡びるのは理の当然。 天地の事物は、生じたものは死滅するし、金や鉄のようなものさえ滅してしまう。まして音楽ぞや。だが、天地人心の中に存在する至上の音楽は、聖人の現れる前も後も不変であることを知らねばならない。 
22日 78.

自然の楽と礼
気息(きそく)、 一笑話も、皆(がく)なり。一挙手、一投足も、皆礼なり 

岫雲斎
一呼吸も、自然の音楽も談笑も人心を和するのが音楽と言える。挙手も足を動かすのも皆、礼である。

23日 79.

上に立つ者の心得

聡明にして重厚、威厳にして(けん)(ちゅう)
人の(かみ)たる者は当に此の如くなるべし
 

岫雲斎
上の立つ人間は、聡にして明に物事を洞察し、しかも重々しくて穏やかでなくてはならぬ。その上に威厳を伴わなくてはならぬ。更に謙虚で、わだかまりの無い人物であらねばならぬ。

24日 80.  

人君の心得三則
その一

(くに)(おさ)むるに手を下す処は、?内(こんない)()に在り。淫靡(いんび)を禁じ、冗費(じょうひ)を省くを、最も先努(せんむ)()す。 

岫雲斎

諸大名が国を治める最初の施策は奥御殿を治めることなり。
みだらな奢侈を禁止し、無駄な出費を省くことが真っ先にやることである。

25日 81
人君の心得三則その二

人君閨門(けいもん)の事、其の好丐(こうたい)は、外人能く()って(ひそ)かに之を議す。故に風俗を正し、教化(きょうか)(あつ)くせんと欲するには、必ず(もとい)(ここ)に起こす。 

岫雲斎

大名の大奥の事の良否は、外の人がよく知って、こそこそ批評するものだ。
だから領内の風俗を立派にして教育を高めるにはこの大奥を正す事から始めるのが宜しい。

26日 82
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人君の心得三則その三

(じん)(しゅ)事毎(ことごと)(ひそか)に自ら令すれば、則ち威厳を()き、有司(ゆうし)()れば則ち人之を厳憚(げんたん)す。 

岫雲斎

大名が私ごとの如き命令を下していくと、威厳が無くなる。担当の役人経由の命令なら人々は謹んで受け容れるものだ。
組織のルートを活用しなくては菅直人クンのようになる。

27日 83

凡庸な上司

大臣の言を信ぜずして左右の言を信じ、男子の言を聴かずして婦人の言を聴く。

庸主皆然り。
 

岫雲斎
庸主とは平凡な上司であるが、近年は、大臣などボンクラだし、男子より女性の方が現実的で聡明なのが多い観すらある。決断出来ない部課長が多いとも聞く。この言葉は時代に合わず、最早や死語だ。

28日 84.  

下情と下事とは別

下情は下事と同じからず。人に君たる者、下情には通ぜざる可からず。下事には則ち必ずしも通ぜず。 

岫雲斎
下情に通じる、これは大切なことである。企業でも政治にもである。細々(こまごま)した下事に通じることは不用だが、現場の現実を知ることは大切だ。「現場を知る」、現場感覚はトップには不可欠な要素だ。現場を知り大局観ある人材を育てることが肝要。

29日 85

権は徳に在り

(くに)、道有れば、則ち君は権を譲る。権は徳に在りて力に在らず。邦、道無ければ、則ち君は大臣と権を争う。権は力に在りて徳に在らず。権、徳に在れば、則ち権、上に離れず。権、力に在れば、則ち権遂に(しも)に帰す。故に(まつりごと)を為すには唯徳礼を以てするを之(とう)としと()す。 

岫雲斎
国政に道理が通っておれば君主と大臣が譲り合う。
権力側に政治の道理が無ければ政権闘争になるのは徳がないからだ。
政権が徳を伴っておれば現代の君主である国民は離れない。
政治には、いかなる時代でも徳と礼が欠けたらお終いとなる。
悪政の見本は民主党・菅直人である。

30日 86. 

大臣の権を弄ぶ風潮

大臣の権を弄ぶの風は、多く幼君よりして起る。権一たび(しも)に移れば、()た収む可からず。主、年既に長ずれども、()お虚器を擁し、沿襲(えんしゅう)して風を成せば、則ち患、(こう)(こん)に遺る。但だ大臣其の人を得れば、則ち独り此の患無きのみ。  

岫雲斎

幼君のとき、大臣が権力を濫用して問題が起こる。
一度権力の味を占めたら退陣をしない菅直人君のようになる。
原理原則を間違えたら思わぬ支離滅裂な結果になる。

徳を備えた人物が総理になれば、このような災いは起きぬ。

31日

託孤(たっこ)の任

託孤(たっこ)の任に当たる者は、()(しゅ)(ちょうず)ずるに?(およ)べば、則ち当に早く権を君に還し、以て自ら退避すべし。(すなわ)ち能く君臣(ふたつ)つながら全からん。伊尹(いいん)曰く「臣、寵利を以て成功に居ること()かれ」と。是れ阿衡(あこう)が実践の言にして万世大臣の亀鑑なり。 

岫雲斎

 
託孤(たっこ)とは先君の遺児を託して国政を委ねること。

幼児君主の貢献人は、君主が成長して正常に政治を司れるようになったら、大権を返上して地位を退くがよい。
君子に可愛がられても、功なり名を遂げたら地位の引退をするべきだ。
これは大臣の手本となる言葉である。